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僕は化け物の胃の中  作者: 漣職槍人
第一章
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002.滅亡の確定した世界を僕は化け物と過ごす

本話の最期に今回の話に絡んだちょっと短い閑話が載っています。よろしければどうぞ。

 世界滅亡が確定した世界の中で親兄弟のいない僕には行くあてはない。

 自然と足は報告もかねて胃世界調査組織の本部へと向い。今回の結果報告を含めた用事を済ませると僕の足は住み慣れた居住エリアへと進む。


 リビングでソファーにもたれかかる。

 ぼんやりとしていると、

「お帰りなさい」

 数房の後ろ髪を引かれて挨拶された。こんなことをするのは一人しかいない。痛くはないけれど掴まれたままでも困るから、

「ただいま。パリアン」

 挨拶を返しながら掴む手を払って後ろへ振り返る。


 案の定。少女の姿をした化け物。エンシェントスライムのパリアンが立っていた。

 あっ、と悲しい声を出して引き戻せない手を残し、とても名残惜しそうな顔をしている。毎度のことながら髪を掴む手を払うと彼女はそんな顔をする。後ろ髪を掴むのはかまって欲しいときに死んだ妹が出すちょっかいに似ている。名残惜しい顔が寂しそうにも見えて。死んだ妹を思い出すだけに悪いことをした気がしてくるから厄介だ。

 彼女は五年前に化け物との戦争時に出会い、後に玄武と共に組織立ち上げ時に仲間になった化け物でここの居住区を管理する古参メンバーの一人だ。見た目。歳は十四、五歳くらい。自分と同じ黒髪の東アジア系少女。背中にかかるぐらいの肩下までの長さのロングヘアーで瞳の色は黄色身がかった黄茶色。神話上人の姿になれるとされる化け物はみんなそうなのだが、創造した神々の趣味なのかみんな整った容姿をしている。パリアンもそうだ。

 居住区を管理する関係から掃除や給仕で汚れてもいい服装。胃世界調査組織で用意されるシンプルな衣服でしわのない黒シャツとズボン。そこに給仕用の茶色の腰巻エプロンと洒落た喫茶店の定員のような格好をしている。


 世界滅亡確定の告知はされていたはずだ。彼女がどこかへ行ってしまっていてもおかしくはない。

でも彼女はここにいた。会えて無意識に、ほっ、としている自分に気がつく。気恥ずかしくなりながらもそれを受け入れる。天涯孤独の僕が世界滅亡まで唯一最期を一緒に過ごすならと思う相手がパリアンだったからだ。そのくらい僕は彼女に親しみを感じている。


「ユーゴはどこにも行かないのですか?」

 最初のころ舌がうまく回らず、僕の名前の間に挟まる『う』がうまく発音できなくて、彼女に『ユゴ』と呼ばれていたのだが、それぐらいなら伸ばせと僕がいったことからユーゴと呼ぶようになった。その関係もあって親しい人たちにもそれは伝染してユーゴと呼ばれている。

 恐る恐るといった不安そうな声の質問に僕は答えた。


「僕が天涯孤独の身なのはパリアンも知っているだろ。世界滅亡が確定した今でもここ以外に僕に行く宛てなんてないんだよ。世界滅亡のときまでここにいるつもり」

「パ、パリアンも同じです!パリアンもここで最期を迎えるのです!」

 なぜだか元気よく答えられた。

「だ、だから・・・ユーゴの側に最期までいてもいいですか?」

 彼女が言いたかったことが分かり。同じ気持ちだったんだとうれしくなる。

「僕もパリアンと最期を過ごしたい、かな」

 バカ正直に答えるのが気恥ずかしくて最期を濁してしまった。それでも、ぱあっ、と花が開くように明るくなった彼女の表情に言えてよかったと思う。


「お茶を入れてきますね」

「紅茶をお願い。できればさっぱりしたいからアイスでお願いできるかな」

「いつもどおり茶葉はダージリン。ブドウ糖にシトラスの果汁をたらして。ですね」

 僕の沈黙を肯定と受け取ってルンルン気分で足取りも軽やかにお茶を入れに行く彼女を見送る。

 思えばパリアンに最初に出会ったのは八年前にパンドラの箱の開封で天涯孤独の身となってから、憎しみのままに化け物を殺すため戦場を駆け回っていたときだった―――


 殲滅対象はトロール。玄武に教えられたことだが箱には一種族一匹のしか入っておらず、同種族の個体が複数いることはなかった。ただ、トロールとはデンマーク、アイスランド、フィンランドと各地域で伝承の数だけ種類がたくさんいて。小さくてすばしっこいトロール。大きくて傷の直りの早いトロール。と各種族の個体がたくさんいた。

 末端の一兵でしかない僕は集団先頭の巨体ではなく、個体の相手を任せられていた。

 小型のトロールはすばやかった。しかし神話の遺物の発見と科学の更なる発展によって製作された小型レーザー銃LC3を主武器とし、数で勝負できる人類は強い。

 光速のレーザーを避けるのは難しい。しかもレーザー銃は神話の遺物によって発見、収束レーザー光を一定量閉じ込められる量産可能な化合鉱石により出力調整次第で連射も可能。レーザー銃LC3は実弾銃以上にLC3個々での射線精度の微細なズレが少ない。修練さえ積んでいればはずすこともなく、倒せる相手だ。それでもやつらは狡猾で森の中を自由に駆け回り奇襲してくる手練れでもあった。武器の優位があろうとも人類に出る被害も少なくない。仕掛けられる奇襲におびえながらも憎しみを動力源に僕は進んだ。

 目の前で振り子のように飛んできて目の前の仲間が連れさらわれる。特殊繊維の防護服さえ切り裂く強靭な力で振られる刃。飛んでくる矢。仲間がどんなに殺され死のうとも犠牲覚悟で戦った。


 そんな中で僕はパリアンと出会う。

 ある一匹の足を打ち抜くことに成功した僕はそいつに止めをさすために近づいた。しかし手負いの化け物はおそろしい。出力を上げたレーザーで頭を吹っ飛ばしたものの。最期の気力を振り絞り振られたナイフで左腕に切り傷を負わされてしまった。

 次はどいつだと探して立ち上がったとき異変に気づいた。

 左腕が上がらない。ナイフに毒が塗られていたようだ。ご丁寧にも傷口が分かり易く紫色に。

 助けを求めて周囲を見回すもだれもいない。僕は孤立していた。

 まあいい。右腕さえあれば戦える。

 ここで死んでしまうというのならせめて一匹でも多く。


「あの~大丈夫ですか?」


 死を覚悟した僕の耳に場違いな女の子の声が届いた。

 視界に入ったのは突然戦場に現れたずたぼろの服を着た少女。ガリガリに痩せた体に大きさの合わない服がずれ堕ち。開いた首周りからあばら骨が浮き出た胸元が見える。

 驚く僕に彼女はこんな場所でそんな姿でにこやかに笑って言ったのだ。


「私エンシェントスライム。私悪いスライムじゃないよ!」


 偶然にも化け物への憎しみで戦っていた僕の心に彼女がヒビを入れた瞬間だった。

 普通ならそんな言葉一つでなんてありえない。でも僕にとっては違ったんだ。

子供のころにやった有名な日本RPGの四作目。その作品中に似た台詞を言う人間に成りたがるスライムがいた。そのスライムはとても優しいモンスターで純粋に人間に憧れているだけなのにモンスターというだけで歩み寄ろうとしても迫害される。悲しいところがあった。それでもそのスライムは最後にはその尊さから人間に成るのだが。僕のゲームを眺める妹に質問されてこのスライムの話をしたとき、『モンスターだからって悪い子ばかりじゃないんだね。友達になって見たいな』と妹が言った台詞を不思議なことに思い出したんだ。

 憎しみで蓋をしていたのにヒビが入って急に溢れかえった思い出に僕はその場で泣き出してしまった。彼女は一度おろおろとした後で思いついたように泣き崩れた僕を泣き止むまでぎゅっと抱きしめた。


 心の整理とでも言えばいいのだろうか?感情の起伏が収まったとき、僕は急に怖くなって彼女を突き飛ばした。だけど出された手は彼女の中にむにゅりと埋まる。明らかにガリガリに痩せて見た目骨と皮しかない彼女に胸の膨らみはない。彼女が本当にスライムなのだと実感した。

 僕を抱きしめる腕を解き、

「怖かったですか?ごめんなさい」

 ぎこちない笑みで謝るなさけない彼女。

「え~っと。私化け物ですけど。弱いんです。そりゃあもう簡単に殺せるんですよ。火を近づけられただけでじゅわあって蒸発しちゃうし。何せ水分を飛ばして小さくなったいまの私なんて、いまの人間さんが持ってる火を吐く武器なんか使えばすぐ死んじゃうんですよ」

 なぜだか自分の弱さアピールをはじめる彼女。

「側にいても危険じゃない安心な化け物なんです」

 今度は危険じゃないアピール。

「あ、左腕怪我してるじゃないですか。私が直してあげますね」

 勝手に人の手を取って治療を始める彼女。触られた傷口は肌色を取り戻して見る見るうちに塞がった。

「だ、だから」

 だから何なんだよ。


「私を仲間にしてください!」


 ああ、彼女もあのゲームのスライムと同じなんだ。

 断ることもできたけど。ゲームでは僕はスライムを仲間にしたっけ。

現実ではどうする?


「友達でもOKです!はっ、もしかしてそちらのほうがハードル高いですか?」


 必死な姿に毒気をすっかり抜かれた。

僕は彼女を攻撃することがどうしてもできなかった。


 ―――それから仲間の中に化け物を憎んでいるものが大勢いるからと一度断ったけれども、しょんぼりする彼女にいつかまた会いにくるからと言い残してしまった。約束の証に名前が欲しいという彼女にパリアンという名前までプレゼントしてしまったほどだ。

 その後パリアンと会って化け物への認識が変わってしまった僕の前に彼女から噂を聞きつけた玄武と僕は人類で初めての化け物とのファーストコンタクトをすることになる。

 そのおかげもあって僕は重要人物として一調査部隊の隊長を任されるまでになった。隊長としての勉強が大変だったけどね。

 でもその忙しさのせいで皮肉にも彼女に会いに行く時間がなくなってしまった。

 また会いに行くといったのにさ。

 行けなかったんだ。

 そしたら。待ちきれなくて。

 結局パリアンのほうがとある任務中に自分から会いに着たんだ。


「どうぞ」

 戻ってきたパリアンが目の前でティーポットからカップにお茶を注ぐ。

 お茶を置くためにかがんだパリアンの豊かな胸元が目に付いて視線を逸らす。出合った時はガリガリだったのに。仲間になってから肉付きがよくなった。あまりにも急激に大きくなった胸を指摘した女性隊員がいたが、ここにはもしものときに生き抜くための栄養が詰まっているのです、という言葉に男性人が耳をそばだて、ある一定の女性人が物に当たったりしたのを覚えている。ラクダのこぶみたいだなと僕は苦笑してしまったけど。


 出されたお茶を飲み始めると隣に座ったパリアンは気分がいいのか歌い始めた。


 パ~リアンアン、パ~リアンアン

 愉快、ゆ~かい

 エンシシェントスライムのパ~リアンは

 スライム界の、プリンセス

 炎には、よわいけど

 毒物、劇薬、なんでもこ~い

 なんでもこ~い


 ぶふっ、と紅茶を噴出してしまった。


「大丈夫ですか?」


 むせて咳をする僕の口周りを手で拭いスライムの彼女に水分が吸収されていく。僕の口に入ったものとか汚いだろうに。何でか彼女はいつも直に吸水する。他の男性に同じことがあった場合には手拭や雑巾でふき取るのに。

 パリアンが歌っていたのは子供のころに見た有名な漫画『怪○くん』のアニメのオープニングをまねた音程も怪しい替え歌だった。

 そもそもなぜ愉快が二回続く。お前は芸人か?

 予想外の歌に思わず驚いて紅茶を噴出してしまった。しかしなぜその歌を知っているのだろうか?本部は日本の外。海外にあるというのに。


「パリアンはどこでその歌を?」

「テレビで流れていた日本のアニメを見て知りました」


 日本の昔のアニメが海外で流れているとはよく聞くが、人類滅亡から持ち直したいまでも記録が残っていたのかな。今の世界情勢でと考える人もいるかもしれないが。こんな殺伐としてしまった世界だからこそ。アニメのようなものが子供たちには必要なのかもしれない。と思った人がきっと流してくれているのだろう。


「とても面白いアニメでした。怪物と人が仲良く暮らしてるんですよ」

 怪物と化け物を重ね合わせているのかもしれない。

 もう十分仲良くなれているよ。と言ってあげたかったが、せっかく仲良くなれたのに、としぼんでしまうイメージしかわかない。世界滅亡が迫る中で余計な未練を残させたくもなかった。


 僕の拭き散らかした紅茶を片付けたころ。

「ねえユーゴ」

 パリアンがおどおどと緊張した様子で口を開く。

「世界が滅亡するのでしたら最期にお願いがあるんですけど」

「なに?」

 世界滅亡だけにかなえられることならかなえてあげたい。


「ユーゴを食べてもいいですか?」












============================================


 とある日の午後。

 胃世界調査でみなが出払っている間ヒマだったパリアンはテレビを見ていた。

 流れていたのは日本のアニメ。

 日本はユーゴの出身国だと知っていたパリアンは会話の話題になるかと思いそのアニメを見ることにした。

 結果。自身の世界観とあまりにもある差異にカルチャーショック受けることになった。

 思わずその後の仕事中にも歌を口ずさむ。

 しかし一度見ただけで貸しなど覚えられるはずが無い。うろ覚えのメロディーを口ずさみながらパリアンは思いつくままに歌詞を口ずさんだ。


 パ~リアンアン、パ~リアンアン

 愉快、ゆ~かい

 エンシシェントスライムのパ~リアンは

 スライム界の、プリンセス

 炎には、よわいけど

 毒物、劇薬、なんでもこ~い

 なんでもこ~い

 水分吸収、ぽ~よよんぷるるん

 たちまち巨大化、ビックス~ラ~イム


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