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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第4章 森川厘 ~ローレライ討伐録~
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第82話 送る言葉

「きっと、次の「バルティナの歪み」は露草先輩と2人だけです。でも、一子は色々なことが出来ます。露草先輩だって、とっても頼りになるです。まだ絶望するには早すぎるですよ」


「でも……」


「絶望の中にいるから、悪いことしかみえないんです。そんな中で対抗出来るのは、希望を持つことです。逃げてもいいです。弱音を吐いてもいいです。でも、絶対に……希望を、夢を忘れてはいけないです」


 そんな言葉は、綺麗事にしか聞こえない。

 現実に置かれている立場は絶望的だ。


 こんな中で希望を持てと。

 そんなこと言われても、出来ない。


 所詮は他人事だからいえること。


 そう思ってしまう。


「やっぱり、今の一子はとても視野が狭まってます。珍しいですね。いつもなら、周囲をしっかり見渡しているのに」


 小さく笑う千里に、私は呆気に取られてしまう。


 私は、そんなに周囲を見ているという意識が無い。

 むしろ、注意力は散漫のような気がする。


「私も京先輩も、ずっとこのままではないです。それこそ、あと少しの間だけ、2人で乗り切って欲しいのです。一子と露草先輩なら、絶対出来ます」


「でも……もう森川先輩もいない。愛さんもいない」


「そうですね。それはとても……とても残念なことです」


 一瞬涙声に変わる千里。

 しかし、すぐ切り替えるように声は元に戻る。


「でも、一子と露草先輩なら出来るですよ。それは、私が2人を見てきたから分かります」


「そんな根拠も無い言い方じゃ…………」


「根拠があやふやなのは謝るしかないですねー。でも、私の知っているお2人は、この程度の困難は簡単に乗り越えられるはずです。女の悪寒ってやつですよ」


「……勘でしょ」


「あ、それでしたー」


 いつもの調子の千里。

 思わず私の口角が少しだけあがる。


「イギリスのことわざにこんなものがあるです。「緩やかすぎる海は、船乗りを成長させることが出来ない」。困難は、自分を成長するための大事なこと。大変ですけど、その困難に立ち向かえればいいのです」


 千里の言葉に違和感を覚える。

 その正体は、その語尾にある。


 立ち向かえればいい。


 普通は、立ち向かわないといけない、とか言わないだろうか。


 何でこんな言い回しをするのだろう。


「困難を乗り越えないと……希望は、夢は、未来は掴めません。いくつの困難があるかも分からないです。その時に、一子は逃げてもいいのです。大きい困難から逃げて、小さいことを乗り越えていくうちに、その困難を乗り越えられるときが必ず来るです」


 何事も立ち向かわないといけない。


 そう思っていた私の固定観念が、徐々に崩れていく。


「人を頼っても全然オッケーです。私も先輩たちも、みんな人を頼っています。みんな、一子には頼りっきりですよ?」


「そんな……私なんて全然…………」


「それは自覚してないだけです。一子は、たくさんの人たちに影響を与えてます。かくいう私も、一子にいっぱい教えてもらったです」


「えっ…………」


 そんなはずは無い。


 私は与えられてばかりだった。


 京さんから。

 愛さんから。

 千里から。

 露草先輩から。

 そして、森川先輩から…………


 みんなから、たくさんのことを教わった。


 何も返せていない自分に、とても腹立たしく思っていた。


 それなのに……


 千里は、私から何かをもらっているという。


「実は、今の一子の気持ちはとっても分かるです。ユニコーンとの戦いのとき、私は絶望にまみれていました。でも、あの時、諦めずに戦えたのは、一子のおかげです。一子が励ましてくれたからです。そして、ついにユニコーンを倒すことすら出来ました」


「そんなことないよ。あの時は、千里が頑張ったから…………」


「そう言うなら、頑張る原動力をくれたのが一子です。私1人では、絶対に出来なかったことです」


 そんなに大それたことをしたつもりは無い。


 千里が頑張ったから出来た。

 千里のおかげで倒せたんだ。

 それこそ、千里の勘違いでしかない。


「自分に自信を持ってください。一子は、一子であればいいです」


「私でいるからこそ、きっと無理だよ……」


「その弱音を言うには早すぎです。ちょっと冷静になってください。一子の置かれている状況を、もうちょっとだけ冷静になって見てください」


「冷静にって……」


 そう言われても……


 状況が最悪なのは変わらない。


 森川先輩が死んでしまい……

 愛さんはゲートの中に閉じこめられ。

 千里はこの通り、寝たきり。

 京さんは意識不明。

 動けるのは、私と露草先輩だけ。


 その事実は、どこまでも変わらない。


「やっぱり、最悪な状況しか…………」


「でも、悪魔の方も、ディアボロスは1体だけになったです。つまり、普通の悪魔だけ倒せばいいのです」


「あっ……」


 発想の転換というべきなのか。

 千里の言うことは、的を得ている。


 今まで、自分たちのほうにしか目を向けていなかったけれど、相手の方に目を向ければ……

 その戦力は、確実に落ちている。


 ただ、それは。


「でも、それってローレライがこないことが前提だよね……」


 そういうことだ。


 ローレライは今度も来るかもしれない。

 そうなれば、今度こそ私達は全滅してしまう。


「ローレライはきっと来ません。来ても、それは一子に会いに来るだけだと思うです」


「……?」


 あまりの言葉に、疑問符を浮かべることしか出来ない。

 どうしてそう言い切れるのだろう。


「そういえば、ローレライはやっぱり一子の姉妹なのですか?」


「うん……そうみたい」


「そうだったですか。やっぱり……」


 あの顔を見れば、自然の発想だろう。

 瓜二つという言葉は、このためにあると言って良いほどに、私とローレライは似ている。


 顔が双子のようにそっくりであること。

 私が、普通の子であるはずなのにキーパーになったこと。

 それらの状況から、姉妹であるという予測は容易に立つ。


 と、思っていたのに、千里の言葉は、私の予想を超えていた。


「何だか雰囲気が似ていたですからね。初めて見たときから、そんな予感がしてたです」


「えっ……」


 雰囲気が似ている?

 あのローレライと?

 それに、初めて見た時は、ローレライはまだ仮面を被っていたはず。

 顔の雰囲気なんて分かるはずもない。


「…………やっぱり、一子の姉妹が…………悪い子には、思えない……です」


「やっぱりって……」


 そんな馬鹿なことを、と言おうとした瞬間。


 千里の様子がおかしいことに気づく。


 にこやかな笑顔。


 その笑顔のまま、固まっている。


「……千里?」


 声を掛けても返事はない。


 身体をゆすっても、気づかない。


「千里……ねぇ、千里ってば」


 身体をゆすり続ける私の腕。


 その腕を、優しく止める誰かの手。


「もう……休ませてあげてくれないか」


 千里のお父さんの優しい声。


 腕は、やはりお父さんのものだった。

 その声は、優しいまま、さらに言葉が続く。


「魂に刻まれた痛みは、そう簡単に消えることはない。きっと、この子の腕や脚には、耐え難い激痛が襲い続けていたはずなんだ。気を取り戻したのは、きっと限界を感じ取ったからだと思う。そんな一時を、君という友人と過ごした千里の選択は、きっと正しかったと思うよ」


 あまりに残酷な優しい言葉。


 その言の葉の意味を、一つ一つ噛みしめると同時に、私の血の気が引いていく。


 滲む視界。


 水滴で濡れていく千里の顔。


 その顔は、とても安らかな笑顔だった。



 堰が切れた。


 感情が、何の制限も掛からないまま、漏れていく。


「千里……千里ぃぃぃいいいい!!」


 どんなに叫んでも。

 どんなに泣いても。


 笑顔のままの千里が、目を開けることはなかった。

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