第80話 逃げ行く先は
「両親に確認したところ……私には、妹がいたみたいです」
「そう……」
病院に入院したのは2日ほど。
露草先輩は1日で退院し、相変わらず部室のいつもの席に座っていた。
しかし…………
今日はもう、これ以上人が増えることはない。
京さんは依然、意識不明。
千里は、意識こそ回復したものの、全身麻痺状態。
そして、愛さんと森川先輩は…………
もう、戻ることはない。
露草先輩も、生気が無く、どこか呆けている。
私の言葉も、半分届いていないように思える。
「妹さん……やっぱり、あのローレライなのよね」
「おそらく……いえ、間違いなくそうですね……」
私が入院している間に聞いた、母からの話。
私は…………
いや、私達は、双子で生まれるはずだった。
しかし、生まれる直前に、母が体調を崩し、急遽帝王切開することになる。
結果、片方を取り上げることが出来たが、片方は死んでしまった。
生きていたのが私。
死んでしまったのは、私の妹。
零華と名付けられるはずだった、私の妹だった。
そして今は、ローレライと呼ばれる悪魔として私達の前に現れている。
退魔部を、壊滅と言って過言でない程に追いつめたディアボロス。
それが、私の妹。
顔がそっくりという、状況証拠だけの状態から、決定づける証拠を突き付けられ、私自身もどうしていいか分からなくなる。
私のせいではない。
私のせいで、退魔部はここまで追い込まれたわけではない。
それは、論理的にも、感情的にも分かっているはずなのに。
どこか自分を責めている。
「……私、どうしたらいいんでしょう」
「…………そうね」
露草先輩の言葉は、これから何か発言する、というよりも、ただ反射的に出た相槌。
頬杖をつきながら、どこか遠い目をしている。
絶望的な状況に打ちひしがれているのは、露草先輩も同じだった。
不用意な言葉を警戒しているようにも思える。
それとなく呟いた言葉が、思わず願いの言葉になりかねないと。
次の「バルティナの歪み」は、どう足掻いても私と露草先輩の2人だけだ。
迎撃戦ではあるけれど、あの数の悪魔を果たして処理しきれるのか。
愛さん、京さん。
千里。
そして、森川先輩。
みんないない。
その残酷な現実が、私の感情を蝕む。
考えれば考えるほど押し寄せる負の感情。
考えないようにしようとしても、徒労に終わる。
むしろ、余計に考えが広がっては、私の心を闇に沈めようとしてくる。
ただただ、不安だけが私を襲ってくる。
ただただ、恐怖が私を支配する。
そして、ひたすらに。
逃げたくなる。
気づけば、部室を出ていた。
フラフラと外に出て、どこに行くでもなく歩いている。
そうしてたどり着いた場所。
そこは病院だった。
誰に会おうというのだろう。
こんな時に、私は誰に救いを求めようというのだろう。
こんな時に……
私は、誰に甘えようというのだろう。
そんなことは、言うまでも無かった。
言われるまでも無かった。
私は、無意識のうちに、誰かに救いを求めている。
足の向いている先も、分かり切っている。
入院している病室は記憶していたから、たどり着くのは難しいことではない。
個室のドアを、ノックも無しに開く。
中から聞こえた談笑が、一時的に途絶える。
私の耳に届いた第一声は、私が求めていた人のものだった。
「あっ、一子っ! お見舞いに来てくれたですか?」
今の私には、その片言の日本語が、とても耳に優しい。
フラフラとベッドに近寄り、千里の身体に縋る。
そのとき、ようやく側にいる人に気づいた。
「朝生さん、お見舞いに来てくれてありがとう。この通り、千里も喜んでいるよ」
1人は知っている人。
千里のお父さんだ。
だが、隣にもう1人いる。
椅子に腰掛ける姿は、中学生くらいのように見える。
「樫木さん、この人は?」
「同じ退魔部の朝生一子。私の親友でーす!」
「あっ……は、初めまして」
席を立ち、深くお辞儀をする。
「僕は、森川奈由多です。姉の厘のことは……聞いています。本当に、どう言えばいいのか…………」
この子が、森川先輩の弟さん。
首から下が麻痺していたという弟さん。
今、こうして動いているということは……
森川先輩の願いは、聞き届けられたということだ。
「千里…………」
「一子、私は大丈夫です。この通り、元気ですよ。身体が動かないのは不便ですけどねー。でも、みんながお世話してくれるから、そこはちょっといいかもでーす」
強がっている風など微塵も見せない千里。
その姿を見ていると、不思議と涙が目尻に溜まってきた。
見せつけたいわけじゃないのに。
そんなことをしたいわけじゃないのに。
泣いているところをこれ見よがしに見せつけてしまっている。
「一子…………」
その様子を見た千里が、ゆっくりと目を閉じた。
そして、笑いながら言う。
「ごめん、パパ。それに奈由多君。ちょっと2人で美味しいプリンを買ってきて欲しいでーす」
「えっ、美味しいプリンって?」
奈由多君の当然の疑問に、千里のお父さんが答える。
「あぁ、分かっているよ。いつも千里が食べているものだね? でも、ちょっと遠出しないといけないな。少し時間をくれるかい?」
「もちろんでーす。私は寝ているだけですから、時間はたっぷりあるですよ。いっぱい買ってきてください」
「分かった、じゃあ行ってくるよ。車なんて無いから、随分時間が掛かりそうだ」
お父さんは、奈由多君を連れて外へ出て行く。
その間際、こちらに振り返る。
「…………千里」
「うん。じゃあね、パパ」
手を振るお父さんの顔は、どこか寂しげだった。




