第79話 惨状
目覚めた時には、見知らぬ天井があった。
部室でも、教室でも……
もちろん、自分の部屋でもない。
まだ夜なのか、周囲はとても暗い。
身体を動かそうにも、全く動かせないでいた。
まるで石にでもなっているかのよう。
首の一つも動かせず、ただ眼球運動だけで周囲を見渡す。
カーテンの間仕切り。
自分の部屋よりも大きなベッド。
この独特の雰囲気。
そして、匂い。
どこにいるのかは、容易に想像がついた。
「…………生きてる」
そんな呟きも、寂しく響く。
独り言が木霊してしばらくすると、人が近づく気配がする。
間もなく、カーテンを開けて入ってきたのは、看護士さんだった。
「あら、朝生さんお目覚めね。気分はどう?」
「…………大丈夫」
何とか返事をする私。
それを見て取った看護士さんは、優しく語りかける。
「そう、ならよかった。でも、あまり無理して喋らないでね。あなた、幽体でかなり無理したって聞いてるから」
そうか。
ここが、狩野の家の息がかかった病院。
おそらく、ユニコーンとの戦いの後に、千里がかつぎ込まれた病院だ。
色々と事情を察してくれるのは、やはり楽なものだ。
説明をする手間も無ければ、症状について訝しげに思われることもない。
点滴を見ながら、そんな物思いに耽る。
あの悲劇から間もなく。
身体に戻った時からの記憶は、無いに等しい。
ただ、京さんと千里の、この世の物とは思えない悲鳴が、耳の奥底に残っている。
身体に戻ったその瞬間、私は気を失った。
不調、などという一言では表すことが出来ない、全身を巡った痛みと疲労。
私の身体は、防御本能により昏倒したのだ。
露草先輩も、恐らくまともに動けていないだろう。
どうやってそんな地獄絵図を収めたのかは、私には分からない。
ただ、今こうして生きていることに、感謝するしかない。
「起きたのね」
病室の奥から現れた人影。
声からして、露草先輩であることは分かっていたが、返事は出来なかった。
カーテンをめくって現れた露草先輩は、キャスターで併走する点滴をつけている。
外傷こそ見えないものの、その顔にいつもの覇気は無く、真っ白になっていた。
声にも生気を感じることが出来ない。
「とにかく無事でよかったわ。今日は、もう少ししたらご両親もいらっしゃるはずよ。今はゆっくり休んでちょうだい」
両親が来る。
そう聞くと、今のこの状況を、どう説明するかということに考えを巡らせてしまう。
「そんな顔しなくても、事情は私から説明するから大丈夫よ」
私の不安を見越したように、そう口にする露草先輩。
思わず安堵の息を漏らしたいが、それすらも適わない。
「ちなみに……京さん、樫木さん、共に意識不明の重体。外傷があるわけじゃないから、治せるものでもない。こればかりは、あの2人の意志に任せるしかない」
力なく、そして悔しそうに呟く。
私は、それを黙って聞いていることしか出来ない。
「まさか、キーパーがディアボロスになっちゃうなんてね。文献にも残らないはずよ。その代が全滅しちゃう理由も分かる。私は、厘さんを殺すことが出来なかったしね」
途中から涙声に変わっていく露草先輩の消え入りそうな声。
私の手を取り、その手を顔に埋める。
「そして私は……厘さんを殺すその役を…………朝生さん、あなたに押しつけてしまった。私は、それを謝りに来たの」
小さく震え、嗚咽混じりに深謝する。
「ごめんね……本当にごめんね。あなたに、背負わせてはいけない業を背負わせてしまった…………本当に、ごめんなさい」
最後の方は、掠れて声が出ていなかった。
露草先輩は震えている。
涙に濡れていく私の手。
本当にたくさんの感情を乗せたその涙が、私の手に染み込んでいく。
親友を亡くした辛さ。
後輩を守れなかった悲しみ。
己の不甲斐なさ。
手を汚すことを押しつけた罪悪感。
数多の感情が、濡れる手から伝わってくる。
何か言葉を返したかったけれど、何も言うことが出来ない。
私に出来たことは、一緒に涙を流すことだけだった。




