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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第4章 森川厘 ~ローレライ討伐録~
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第79話 惨状

 目覚めた時には、見知らぬ天井があった。


 部室でも、教室でも……

 もちろん、自分の部屋でもない。


 まだ夜なのか、周囲はとても暗い。


 身体を動かそうにも、全く動かせないでいた。

 まるで石にでもなっているかのよう。

 首の一つも動かせず、ただ眼球運動だけで周囲を見渡す。


 カーテンの間仕切り。

 自分の部屋よりも大きなベッド。

 この独特の雰囲気。

 そして、匂い。


 どこにいるのかは、容易に想像がついた。


「…………生きてる」


 そんな呟きも、寂しく響く。

 独り言が木霊してしばらくすると、人が近づく気配がする。

 間もなく、カーテンを開けて入ってきたのは、看護士さんだった。


「あら、朝生さんお目覚めね。気分はどう?」


「…………大丈夫」


 何とか返事をする私。

 それを見て取った看護士さんは、優しく語りかける。


「そう、ならよかった。でも、あまり無理して喋らないでね。あなた、幽体でかなり無理したって聞いてるから」


 そうか。

 ここが、狩野の家の息がかかった病院。

 おそらく、ユニコーンとの戦いの後に、千里がかつぎ込まれた病院だ。


 色々と事情を察してくれるのは、やはり楽なものだ。

 説明をする手間も無ければ、症状について訝しげに思われることもない。

 点滴を見ながら、そんな物思いに耽る。




 あの悲劇から間もなく。


 身体に戻った時からの記憶は、無いに等しい。

 ただ、京さんと千里の、この世の物とは思えない悲鳴が、耳の奥底に残っている。


 身体に戻ったその瞬間、私は気を失った。


 不調、などという一言では表すことが出来ない、全身を巡った痛みと疲労。

 私の身体は、防御本能により昏倒したのだ。

 露草先輩も、恐らくまともに動けていないだろう。

 どうやってそんな地獄絵図を収めたのかは、私には分からない。


 ただ、今こうして生きていることに、感謝するしかない。



「起きたのね」


 病室の奥から現れた人影。


 声からして、露草先輩であることは分かっていたが、返事は出来なかった。

 カーテンをめくって現れた露草先輩は、キャスターで併走する点滴をつけている。

 外傷こそ見えないものの、その顔にいつもの覇気は無く、真っ白になっていた。

 声にも生気を感じることが出来ない。


「とにかく無事でよかったわ。今日は、もう少ししたらご両親もいらっしゃるはずよ。今はゆっくり休んでちょうだい」


 両親が来る。

 そう聞くと、今のこの状況を、どう説明するかということに考えを巡らせてしまう。


「そんな顔しなくても、事情は私から説明するから大丈夫よ」


 私の不安を見越したように、そう口にする露草先輩。

 思わず安堵の息を漏らしたいが、それすらも適わない。


「ちなみに……京さん、樫木さん、共に意識不明の重体。外傷があるわけじゃないから、治せるものでもない。こればかりは、あの2人の意志に任せるしかない」


 力なく、そして悔しそうに呟く。

 私は、それを黙って聞いていることしか出来ない。


「まさか、キーパーがディアボロスになっちゃうなんてね。文献にも残らないはずよ。その代が全滅しちゃう理由も分かる。私は、厘さんを殺すことが出来なかったしね」


 途中から涙声に変わっていく露草先輩の消え入りそうな声。

 私の手を取り、その手を顔に埋める。


「そして私は……厘さんを殺すその役を…………朝生さん、あなたに押しつけてしまった。私は、それを謝りに来たの」


 小さく震え、嗚咽混じりに深謝する。


「ごめんね……本当にごめんね。あなたに、背負わせてはいけない業を背負わせてしまった…………本当に、ごめんなさい」


 最後の方は、掠れて声が出ていなかった。


 露草先輩は震えている。

 涙に濡れていく私の手。

 本当にたくさんの感情を乗せたその涙が、私の手に染み込んでいく。


 親友を亡くした辛さ。

 後輩を守れなかった悲しみ。

 己の不甲斐なさ。

 手を汚すことを押しつけた罪悪感。


 数多の感情が、濡れる手から伝わってくる。



 何か言葉を返したかったけれど、何も言うことが出来ない。


 私に出来たことは、一緒に涙を流すことだけだった。

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