第78話 シングメシア
「ヴァァァアアアアアッ!!
そんな顔が垣間見えたのは一瞬のこと。
私は、凄まじい力で押されてしまう。
その押される直前。
確かに聞こえた、森川先輩の声。
聞き間違いじゃない。
まるで、深海の奥深くから聞こえてきたかのような、野太くも微かな声。
その声は、確かに言っていた。
殺せ。
思わず、剣を握る力が弱まる。
急に怖くなってきた。
上辺だけは、覚悟は出来た、なんて言うことが出来た。
でも、いざ、森川先輩を手に掛けると思うと…………
力が入らない。
脚が震え、身体も上手く動かなくなってくる。
「アアアァァァァ……ァァァァァアアアアアッ!!」
突っ込んでくる森川先輩。
ハッと我に返り、剣を捌きに掛かる。
「くっ!」
途端に、攻撃を受けるのが厳しくなる。
私の身体が上手く動かないせいもあるけれど、それ以上に森川先輩の攻撃が激しさを増していた。
さっきまでは手加減していたかのように、剣を振る速度、重さに差が出ている。
数回、剣を交えただけで、既に限界が来ていた。
剣を弾き飛ばされると思った、正にその直前。
雨のような攻撃がピタリと止み、一気に後退していった。
そして。
「…………一子オオオオオオオ!!!」
その叫び。
森川先輩の最後の理性が、私に向けた心の叫び。
目には殺意を放ちつつも、大量の涙を湛えていた。
もう、限界が来ている。
これ以上、人を傷つけたくない。
仲間を、友を傷つけたくない。
私を止めてくれ。
人で有りたい。
有り続けたい。
悪魔に堕ちたくない。
殺せ。
殺してくれ。
お前の手で殺してくれ。
最後に残った理性が放った叫びは、私の身体を浸透し、森川先輩のメッセージを否応無しに伝えてくる。
…………
…………
迷わない。
もう迷ったりはしない。
こうしてあげることが、森川先輩にとって一番良いことなのだから。
「やあぁぁぁぁぁああああああ!!
「オオオオオオオオォォォォォ!!」
シングメシアに力を込める。
それに合わせるように、森川先輩もシングメシアと思しきものを発動させる。
銀色の光ではなく、漆黒の闇が纏う。
だが、それも、放つ直前で止めているようだった。
それはきっと、森川先輩の最後の理性。
森川先輩が、それを止めているのだ。
私のシングメシアはまだ完成していない。
だから、森川先輩は止めてくれているんだ。
魂からの、身の危険を知らせる警告は振り切った。
それからは、何かが吹っ切れたように力が注がれていく。
まだ大丈夫。
そう自分に語りかける。
今、私に出来る、最大の力を込めて…………
今、シングメシアが完成した。
「…………先輩。テスト勉強、ありがとうございました」
口に出せたのは、その一言だけ。
もっと伝えたいことはたくさんあるはずなのに。
余裕が無い今、惜別の時を噛みしめる暇も無い。
視界がぼやける。
目の前にいる森川先輩がよく見えない。
最後には、目を閉じることで、その姿を視界から消す。
「唸れ…………シングメシアァァァァァアアアアア!!」
光が包み込むと同時に響く断末魔。
纏っていた闇も、全てが銀色の光に飲み込まれ、そして消えていった。




