第77話 呼び声
「アアアァァァァアアア!!!」
「……行きます」
お互いに跳躍し、真ん中でぶつかりあう。
剣と剣が交錯し、再び鍔迫り合いとなる。
獣のような呼吸をし、私を睨みつける森川先輩。
そんな先輩の冷酷な眼を覗き込む。
それだけでも恐怖に身を震わせてしまうような森川先輩に、私はゆっくり語りかけた。
「先輩…………先輩は言ってましたよね。弟さんの病気を、自分の力で治してあげるんだって。そう言ってましたよね。でも、悪魔になってしまったら、そんなことは出来ないですよ!」
「アァァァァ……」
私の言葉は聞こえているのかどうか。
ただ、わずかに反応はしているように思える。
それに希望を託すように、私は声を掛け続ける。
「先輩、世界を変えるって言ってたじゃないですか。こんな馬鹿げた世界、変えてやるんだって」
歯軋りのような音が聞こえる。
髪に隠れて表情が見えないのが歯痒い。
「私も、そう思ったし、そう言える森川先輩はすごいと思いました。きっと森川先輩になら出来る。そうも思いました」
全身が震えている。
握る剣にも、その振動がハッキリと伝わっている。
きっと、森川先輩も戦っているんだ。
魔が蝕んでくる心と。
それなら、ここで何とかするしかない。
渾身の力を込めて、森川先輩に語りかける。
「あの言葉は嘘なんですか? 答えてください! 森川先輩っ!」
「アァァ……ァァァァァアアアアアッッ!!!」
私から離れ、剣を落とし、両手で頭を掴み横に振り続けている。
明らかに動揺している。
確実に聞いてくれている。
そして、戦ってくれている。
森川先輩も、自分の中の悪魔と。
それならば…………
呼びかけていれば、きっと森川先輩も戻ってくれるかもしれない!
「森川先輩っ! 帰りましょう……私たちのところへ、そして弟さんのところへ!」
「オオオオァァァアァアアアアアァァアアア!!!!!」
声にならない叫びをあげ、吶喊してくる。
でも、それも今までのものと比べれば、とても弱々しいものだった。
剣に入れる力も、さっきの5分の1にも満たない。
剣の軌跡も読めているから、受け止めるのはたやすいことだった。
「厘さん……!」
「森川先輩……!」
「リンリン先輩……!」
みんなの呼びかけに、なおも苦しい声を響かせる。
でも、信じている。
この苦しさの果てに、きっと森川先輩が元に戻るという未来を。
私たちに出来ることは、こうして呼びかけることだけかもしれないけれど。
たったそれだけだけど。
きっと森川先輩は戻ってきてくれる。
そう信じてる。
「へぇ。まだ悪魔になりたてだと、それなりに理性が働くんだね。それとも、厘ちゃんだからかな?」
正に悪魔の囁きが響いた。
真上にいる、ディアボロスの声が、私たちの声の中に混じる。
「仕方ないなぁ。じゃあ、ちょっとだけ後押ししようかな?」
「邪魔はさせない!」
剣を構え、ローレライ目指して跳躍する。
だが、それはとても間に合わなかった。
「響け……カタストロフィー!」
ローレライが歌い始めた途端、前回と同じように、身体に不調を来たしていく。
あと少しで届いた剣も、自分の耳を塞ぐために両手を使わざるを得なくなり、落としてしまう。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
同時に、森川先輩の叫びが響き渡っていた。
理性など吹っ飛んでいるようにしか思えない。
獣と同じ叫び。
森川先輩の、最後の理性が叫んでいるかのような、悲痛な叫び。
「やめ、ろ……」
身体に染み込んでくる悪魔の歌。
私は必死の抵抗をする。
落ちている剣を何とか拾い上げ、それをローレライに投げつける。
突き進む剣。
歌っている間は周囲を気にすることが出来ないのか。
ローレライは、何をするでもなく歌い続けている。
「……っ?!」
剣は、見事ローレライを捉えた。
直前に感づかれ、かすり傷程度になってしまったけれど、歌を止めることには成功した。
どうやら、バリアも展開出来ないようだ。
「ちっ……やっぱり他のやつと違って結構動けるね、お姉ちゃん」
「やっぱりっていうことは、何か条件でもあるわけね」
「あら、聞きたい? それを聞くと、お姉ちゃんショックかなと思って、あえて言わないでおいたんだけど」
「今更どんなことを聞いても驚けない気がするわ」
「ふぅん……じゃあ教えてあげる」
実際のところは、ショッキングなことだらけで、聞きたくも無かった。
でも、今しなければならないことは、きっと時間稼ぎだ。
あのお喋りな口を開かせることで、森川先輩が正気に戻る時間と、みんなが復帰するための時間を稼ぐ。
そのくらいしか考え付かないでいた。
「カタストロフィーはね、カルマの汚れに応じて効力が変わってくるの。お姉ちゃんは、もう結構汚れちゃってるからね。だから、カタストロフィーを聞いても大丈夫なんだよ」
「えっ……」
私のカルマが汚れている……?
それはどういう意味なのだろうか。
「ふふ、悩んでるね。まあ、あとはお母さんにでも聞いてみるといいよ。あとは自ずと答えは出るはずだし」
お母さんと言われて、思わずドキッとしてしまう。
ローレライが言う人と、私が思い浮かべている人が同一人物であると思うと、気が気ではなかった。
「あ、あともう一つ。カタストロフィーは、悪魔たちの士気を鼓舞させる効果もあるから。今の厘ちゃんは、興奮してもう手がつけられないかもしれないね」
そう言われて、森川先輩を見る。
さっきまでの葛藤している様子が無くなっていた。
私に殺意を剥き出しにし、衝動を抑えられないのか、剣をがむしゃらに振り回している。
髪が前に垂れ、表情は見えないが、その両目に光る冷酷な視線は隠しきれていない。
「キィィィィィォォォォォオオオオオオオオ!!」
咆哮。
同時に私を目標に切り込んでくる。
一瞬の油断。
剣を出すのが僅かに遅れてしまう。
このまま剣を出しても、力不足で弾き飛ばされる。
間に合わなくとも出すしかない。
反射的に剣を繰り出した。
その瞬間。
僅かな時間だけ、森川先輩の剣が止まった。
そのおかげもあってか、何とか鍔迫り合いにまで持って行けた。
「…………せ、先輩?」
最接近して、ようやく見ることが出来た森川先輩の表情。
私は、面食らってしまう。
頬を流れる涙。
歯を思い切り食いしばり、眉間に皺を寄せる。
こんな苦痛にまみれた表情は……
今まで見たことが無かった。




