第76話 託された思いと願い
「一子、無理はダメです!」
後ろから聞こえた千里の声。
それを聞いた途端、剣に込めた力が逆流し、私の元に戻ってきた。
そして、気がつけば、背後には金色の光が照らしている。
「エクス……カリバァァァァアアア!!」
迫り来る悪魔たちに、金色の波が襲いかかる。
前に見たものとは、明らかに小さい聖剣の光。
でも、それで充分だった。
次の瞬間には、目の前にいた悪魔たちは跡形もなく消え去っている。
両腕を斬り飛ばされた千里がどうやって剣を振ったのか。
反射的に振り向くと、そこには、剣を口にくわえている千里の姿があった。
聖剣を口から吐き捨てると、剣はゆっくりと消失していく。
「よかった……一子、無理すると死んじゃうですよ?」
「千里…………」
思わず千里の身体を抱き寄せる。
ただでさえ小さい身体が、更に小さくなっている。
声も、いつものような元気は無く、それこそ死ぬ直前のようだ。
自然に涙が流れてくる。
そして、やはりローレライが許せなくなった。
こうなってしまった、全ての元凶はローレライだ。
あいつを倒さなければ、気が済まない。
自然に視線がローレライに行く。
あいつを睨みつける。
その視線に気づいたのか、笑みを浮かべて返してきた。
「よくも……!」
「一子、冷静になるです」
抱きかかえている千里の一言。
その言葉は、魔法にでも掛かったかのように、頭を冷やしてくれた。
「今、一子がやることは、ローレライを倒すことじゃないです。一子には、露草先輩を……そして、森川先輩を助けて欲しいです」
「森川先輩を……助ける? 元に戻す方法があるのっ?!」
一縷の希望を託す。
その言葉に縋る。
何とかして、森川先輩を元に戻してあげたい。
その一心で。
しかし、千里の首はゆっくりと横に振られる。
「それは無理です。汚されたカルマを元に戻す方法なんてないです。それはつまり、森川先輩を戻す方法も無いということです」
「そんな……じゃあ、何で助けるなんてっ!」
「……一子も、分かってるはずです」
千里の言葉は、私の胸を潰す。
そう。
分からない振りをした。
千里には、あえて望みを託すように言った。
私も、心のどこかでは分かっていた。
森川先輩を救うということ。
それはつまり…………
「露草先輩と森川先輩では、絶対に勝ち目なんて無いです。でも、一子。一子なら、森川先輩と戦えるです。そして、森川先輩を助けることが出来るです」
千里の頬から落ちる涙。
それを拭うも、上から落ちる涙が更に頬を伝っていく。
気づけば私も泣いていた。
もう、たくさんの感情が入り交じってしまって、とてもじゃないけれど自分の想いを把握し切れていない。
そんな複雑な心を、千里の言葉が少しずつ解してくれている。
「ごめんね、一子。本当は、私がやるべきことです。普通の女の子だった一子に、人を殺める行為をさせたくなかったです……でも、今出来るのは、一子だけなんです」
千里の、肩の付け根のあたりが動いている。
腕があったら、私の涙を拭ってくれていたのだろう。
私は、千里を強く抱きしめる。
「お願いです。森川先輩を救ってください。私にも、露草先輩にも出来ないことを……一子にお願いしたいです」
「うん…………私やるよ。今、私がやらないといけないことだから」
千里の身体をゆっくりと置く。
そして、森川先輩と同じ大きな剣を構え、剣戟の鳴る方へと跳躍した。
「アアアアアアアアアアアアァァァァッ!!!」
「厘さん……お願い、もうやめて!」
懇願しながら、防戦一方の露草先輩。
それは、森川先輩を攻撃したくないという気持ちだけではなく、防御に徹しなければ捌けないという方が正しい。
傍目から見ても、その懸命な防御も崩されているように思える。
そして、やはりそれは瓦解した。
「あっ……」
七つに分かれた剣が弾き飛ばされる。
その隙を逃すまいと、剣を振りかぶる森川先輩。
声を上げる間もなく、無慈悲にもその剣は襲いかかる。
「させないっ!」
振り下ろされたのも一瞬の出来事。
しかし、何とか間に割り込み、露草先輩を救うことに成功する。
「朝生さん……!?」
「先輩、下がってっ!」
森川先輩のターゲットは、自然に私へと移る。
「アアアァァァァッ!!」
目にも止まらない攻撃。
私はそれを、軽く受け止める。
更に繰り出してくる連撃。
それも、私は軽く捌くことが出来た。
千里の言うとおり、森川先輩を救うことが出来るのは私だけだ。
露草先輩も千里も、剣の実力はとても追いつかない。
私だって、追いついている、なんて大それたことは言えない。
でも、私が得意としているのは、皆の真似事。
つまり、森川先輩の太刀筋すらも真似に過ぎない。
故に、追いつけるはずはない。
ただ、太刀筋を知っているということは、対処もしやすいということ。
攻撃が来る場所が読めるなら、それだけでも露草先輩を大きく上回るアドバンテージを持っているということになる。
「ガアアアァァァァ……!!」
「やぁぁぁぁぁああああああ!!」
鏡を見ているかのように、同じ場所に攻撃を繰り出す私と森川先輩。
それに苛立ちが募っているのか、声には若干の怒気が見て取れた。
突然、森川先輩が距離を取り、私を観察している。
「朝生さん、無理はしないでっ!」
端から見れば冷や冷やする光景なのだろう。
露草先輩は、焦りの色を見せて叫んでいる。
「私は大丈夫です。それに、千里に頼まれました。露草先輩と森川先輩を救ってくれって。露草先輩は助けられたので、次は森川先輩の番なんです」
「……あなた、それがどういう意味か分かって」
「もちろんです。でも……その前に、呼びかけてみます。森川先輩が、元に戻ることを願って」
剣を構え、森川先輩を見据える。
なんという変わりきった姿だろう。
剣を一振りする度に揺れていた綺麗な銀髪。
鋭く、突き刺すような視線の中に秘められていた優しさ。
どこまでも気高く凛々しい姿は、私だけでなく、みんなに信頼され、みんなの憧れであり、みんなの拠り所だった。
ところが、今は…………
銀色の髪は、奇妙に逆立っており、おぞましささえ感じる。
殺気しか宿していない視線。
騎士のような甲冑は全て真っ黒になって全身を覆う。
鎧そのものが既に皮膚となっているのか。
血管にも似た赤い線が鎧に走っており、僅かに脈打っている。
誰しもが恐怖を覚えてしまう狂戦士。
今、目の前にいる森川先輩は、そういうものだった。




