第74話 人身御供
胸から胴、肩しか無い鎧。
手には、大きな小手。
ロングスカート状の、細い金属を編み込んだ帷子。
それら全てが真っ黒に染まり、その中で揺れる銀髪が美しく揺れている。
長い髪が前に垂れており、顔をよく見ることが出来ないが、その奥から殺意の視線を突き刺さしてくる。
呼びたくない。
呼びたくない…………
返事が無いほうが良かったから。
でも、思わず口にしてしまう。
「…………森川先輩?」
目の前にいるのは、見紛うことなく……
森川先輩だった。
何かに怯えているのか、はたまた怒りに身体を任せているのか。
小刻みに身体を震わせつつ、私との鍔迫り合いを続けている。
こちらを押す力は強く、既に私は限界が近づいていた。
何とか押し返すか、上手く捌こうにも、それをさせてくれない。
「も、森川先輩……もう、やめてください…………!」
懇願するも、それは知らぬとばかりに、より力を込められる。
そして、強く剣を叩きつけられ、私は身体ごと吹っ飛ばされた。
飛んでいく身体を受け止めてくれたのは、露草先輩だった。
露草先輩は、まだローレライの歌の影響が残っているのか、あまり顔色が優れない。
「露草先輩、無事だったんですね」
「まぁ、何とかね……それにしても、これは一体どういうことなの?」
露草先輩は、まだ頭が混乱しているのか、私にそんな疑問を投げかける。
だから、私自身も確認するように答える。
「私にも分かりません……でも、確実に言えることがあります」
「……それは?」
「それは……森川先輩は今、私達に刃を向け、敵意……いえ、殺意を持っていることです」
怒り狂うように、奇声を上げ、周囲を轟かせる。
空気が恐怖に怯えるかのように揺らぎ、その振動は身体に響き渡る。
雄叫びを上げ、再び突進してくる森川先輩。
露草先輩が七支刀を出し、私を突き放した。
「厘さんは私がっ! 朝生さんは、他の悪魔をお願いしますっ!」
「は、はいっ!」
殲滅戦のはずなのに、まだ大量の悪魔が押し寄せてくる。
一体どこからこんなに湧いてくるのか。
いつもは不思議に思うだけだったけれど……
今はこれほどまでに憎いと思ったことはない。
「煌めけ、シング……」
シングメシアを放とうとした瞬間。
背筋に寒気が走った。
嫌な予感とか、そんな生易しいレベルのものではない。
生命の危機を彷彿とさせる、危険信号。
そんな感覚が身体を巡り、四肢は勝手に止まっていた。
どうして……
こんな時に、動いてくれないのだろう。
動かさないといけないのに。
それでも、本能がそれを拒否していた。
ふと横を見ると、愛さんが泣いているのが見える。
京さんの身体を、そして千里の身体を元に戻そうと、必死にくっつけようとしているようだが、そう簡単に戻るはずもないようだった。
「京ちゃん……今、くっつけてあげるからっ!」
「あはは、ありがと愛ちゃん。でも、これはもうダメかも分からんね」
「京ちゃん……」
「あはは、こりゃ参った。こんな状態だって言うのに、本当に全然痛くないや……」
京さんの上半身を、座ったまま抱き抱える愛さん。
涙を流す愛さんの頬を、丁寧に涙を拭う。
「ねぇ、愛ちゃん。ボクらの使命は、扉を閉めること。そうだよね?」
「うん…………」
「残念だけど、ボクにはもう、それが出来ないんだ。だから、愛ちゃんが引き継いでくれないかな……?」
京さんの言葉に、驚きを隠せない愛さん。
目は刮目し、絶句し、身体も動きを止めている。
それも1秒程度のこと。
愛さんは、すぐに我を取り戻した。
「うん……分かったよ、京ちゃん」
更に涙を流す愛さん。
それを、何度となく、愛おしそうに拭う京さん。
「ごめんね、愛ちゃん」
「ううん、大丈夫。だって、これが私の使命だから」
京さんの身体をゆっくりと地に置き、僅かに隙間のあるゲートを、前に見据える。
直立したまま空を飛び、ゲートの目の前まで来ると合掌した。
そして、何か呪文を唱える。
「強制的に「バルティナの歪み」を終わらせる。これが、門番である狩野の最終奥義…………」
呪文を唱え終わると、一拍大きく手を鳴らし、最後の言葉を放つ。
「人身御供!」
愛さんの身体全身が眩い光を放つ。
その光が、ゲートの闇に吸い込まれていく。
それは同時に、愛さんの身体がゲートに引き寄せられていることを意味していた。
「あ、愛さ……!」
叫ぶ間もない。
愛さんは、闇に引きずり込まれるようにゲートに入ってしまう。
そして、僅かな隙間があったゲートが、ゆっくりと閉じられていった。




