第71話 仮面の下は
「千里っ!!」
棘が貫く、正に寸前。
私の剣であるシングメシアが、ローレライの動作を阻害する。
「あら、邪魔されちゃった」
図々しく言い放つローレライの言葉。
その言葉は、いちいち私の感情が逆立たせる。
「これ以上、勝手にはさせないっ!」
「威勢はいいわね、お姉ちゃん」
「黙りなさいっ!」
千里に向けられた棘を払いのける。
すると、ローレライは一旦距離を取り、私を観察し始めた。
ほかの皆と比べれば随分劣っていると思うのだけれど……
私を警戒しているのか。
仕掛けてくる気配も無ければ、無視してゲートに向かうようなこともしない。
仮面の奥にある表情は、見て取ることも、想像も出来ない。
「ねぇ、お願いだから通してよ。例えディアボロスでも、700日に1回くらい、願いを持って行かないと消えちゃうんだ。前の願いを叶えてあげたのも、大体700日くらい前。だから、今回通れなかった場合……もしかしたら、消えちゃうかもしれないんだ」
「それなら、尚更好機。あなたを倒さなくても、今回ゲートを通さなければ、消滅するっていうことよねっ!」
「残念。懇願しても無駄なのね」
感情を乗せずに、さっぱりと言う。
そんなローレライに、シングメシアで切りつけるも、常に周囲を覆っているバリアにより弾かれてしまっている。
「無駄だよ、お姉ちゃん。自分を持たないような……真似事しかしてない人間の攻撃なんて、私には通じない」
「それは……やってみないと分からないっ!」
実際のところは、分かっていた。
私の力では、恐らくローレライのバリアすら剥がすことが出来ない。
それは、森川先輩の力を込めたシングメシアの直中を、このバリア1つで涼しい顔をして通過していったことから見ても明らか。
でも、やれることはある。
ゲートを閉める作業は京さん任せになっちゃったけれど。
そのゲートが閉まるまでの時間を……
少しでも、その時間を稼ぐ。
それこそが、今……
私に出来ることだ!
「無駄なんだけどなぁ。いつまでやるつもり?」
「もちろん……あなたを倒すまでっ!」
「それは無理そうだけど」
正鵠を射る言葉に、私の心は僅かに折れる。
そう。
確かに私の剣は、直立不動のローレライに一切触れられていない。
「うーん、あんまり遊んでる時間は無いんだよね……また今度遊ぼうね、お姉ちゃん」
「あっ、こらっ!」
子供を叱りつけるような言葉になってしまう私。
だが、状況は決して良くはない。
スピードを上げて向かっているのは、もう止める術を持たない愛さんと京さんが待つゲート。
ならば、後ろから無理矢理にでも攻撃するしか手段が無い。
「やぁぁぁぁぁああああああっ!」
力を込めろ。
ここで失敗したら、ローレライはゲートを潜ってしまう。
京さん1人では、まだ完全には閉め終わらない。
ならば、私が出来るのは時間稼ぎだけ。
森川先輩のシングメシアですら破れないバリアだけれど。
このまま指をくわえて見ているわけにもいかない!
「唸れ……シングメシアァァァァァアアアアッッ!!」
ローレライは、僅かにこちらを振り向いた。
その表情こそ見えないものの、きっと馬鹿にしているに違いない。
森川先輩でダメだったのに、あんたのものは尚更意味など為さないと。
そう高を括っているに違いない。
だからこそ、ローレライは足を止めた。
それを、より見せつけるために。
私の狙いはそこだ。
少なくとも時間稼ぎを。
そして、上手く行けば……
ローレライ。
お前を仕留めて見せる!
「無駄もいいところ……」
私のシングメシアに飲み込まれていくローレライ。
その1秒後。
「……ひゃっ!?」
何かに驚き、年相応とも思える少女の声が光の中から響いた。
手応え有りだ。
私の作戦は、見事に成功したのだった。
私が撃ったのは、シングメシアであって、シングメシアではない。
確かに、ど派手に見せるために光を増幅させたシングメシアではあった。
ただ、それはカモフラージュに過ぎない。
私は、シングメシアを撃つと見せかけて、露草先輩の草薙を放っていた。
ローレライは、森川先輩のシングメシアですらも何の苦労もなく通り過ぎていった。
でも、露草先輩の草薙は「避けて」いた。
それはつまり、あの鋭い攻撃は、バリアでは対処出来ないということを意味している。
私への油断。
シングメシアへの異常なまでに高いバリアの効力。
それらの事由は、ローレライを過信させ、慢心させる。
それが今、仇となった。
真似事しか出来ない私の。
真似事だからこそ出来た、私の奇策。
得意げな顔を浮かべていたつもりだったが。
「…………な、何?」
光が晴れたその瞬間。
私は…………
いや、誰もが目を疑っていた。
信じることなど出来やしない。
でも、その目が見ている事実を、誰が否定出来るだろう。
目を擦り、何度もその光景を見る。
例え変わらないことが分かっていても。
それをせずにはいられない。
ローレライの真下に落ちた破片。
顔につけていた無機質な笑顔の仮面が、真っ二つに割れて落ちていった。
「あらら……壊れちゃった」
のんびりとそんなことを言うローレライ。
その素顔は。
私の顔が、鏡に写ったかのようだった。




