第70話 蹂躙
「……っ! 来るぞ、ローレライだっ!」
London bridge is falling down♪
Falling down falling down♪
London bridge is falling down♪
My fair Lady♪
童謡、ロンドン橋の歌に合わせて霧のように現れるローレライ。
その容姿は、美しいはずなのに、やはりどこか気味が悪い。
見ているだけで、恐怖を覚えてしまう。
しかし、そんな恐怖を与えるローレライが現れた場所は、ローレライにとって最悪の位置となった。
「正に、私に消されるために出てきた場所だな。貴様がゲートを潜る前に、私が引導を渡してくれる……っ!」
現れた場所は、森川先輩の正面。
距離にして10mほど。
こんな絶好の機会……
逃して良いはずがない。
「唸れ……シングメシアァァァァァアアアアッ!!」
一瞬にして輝く剣。
そして放たれる光。
後ろを向いている私の視界すら光に覆われ、周囲が見えなくなった。
そんな時間も束の間。
光は一瞬で過ぎ去る。
回復しきっていない視界の中。
認めたくない姿を見てしまう。
「……あー、眩しい」
何事も無かったように、ゆっくりと飛んでいくローレライ。
作られた笑顔の仮面。
黒く長い髪と黒いローブを揺らして飛ぶ姿は、怖いというよりも、おぞましさを感じる。
森川先輩とのすれ違い様に小さく笑い声を響かせると、凄まじい風と共に過ぎ去っていった。
「通さないわよっ!」
必然的に、露草先輩の前に来るローレライ。
仮面のせいでどんな表情をしているかも分からないが、冷酷な冷たいオーラは隠し切れていない。
「邪魔よ。ちゃんと願いを持ってるんだから、ゲートを通過させてよ」
「…………っ!? それを聞いたら、なおさら通すわけにはいかないわっ!」
「あら、やぶへび」
ローレライの言動は、露草先輩の神経を逆撫でする。
その様子が悦に入ったのか、不気味な笑い声が響く。
「笑っていられるのも今のうちよ。受けてみなさい、早露が秘剣……」
七支刀が輝き出す。
左、右と剣を振り、そして。
「奥義、草薙!」
鋭く繰り出される真空波。
その攻撃を、ローレライは最小限の動作で避ける。
そして、そのまま風を切って、露草先輩の横を抜けていく。
露草先輩も、草薙を避けられた絶望感か。
ローレライが目の前に迫っても微動だにしない。
「相変わらず読みやすい軌道よね。おかげで助かったわ」
横を通過する瞬間。
何もしない露草先輩を見下すような口調で言う。
通り過ぎるローレライ。
その悪魔の軌跡を追いかけるように。
身体を翻し、そして光り輝く剣を振る。
「露草が秘奥義……草薙・重!」
剣が振られるのと同時に放たれる、2発目の草薙。
半分ほどの大きさになっているが、全てを切り裂くその性質は変わっていないように思える。
完全に油断し、後ろを振り返る気配も無いローレライ。
これはいける。
誰もが確信した、次の瞬間。
一瞬にして消えたかと思うと、再び現れたローレライ。
何が起こったのかは分からない。
ただ、ローレライは、あの一瞬のうちに回避行動を取ったようで、草薙は虚しく空を切り、そして消えていった。
「あら危ない」
ヌケヌケと言い放つ。
そして、髪をかき上げながら、呆れたような声で。
「ダメだよ。奇襲を掛けるつもりなら、ちゃんと殺気を消さないと。バレバレだってば」
嘲笑とも言える笑い声を響かせ、次は千里の前に来る。
千里は、既に羽織りから鎧に換装し、聖剣を持って待ち構えていた。
「覚悟するです!」
「あら、角を倒したエクスカリバーね。ちょっと怖いかも」
両手の掌から、無数の真っ黒な棘の鞭を伸ばす。
妖しく蠢く様は、見ているだけでも不気味で、おぞましいものだ。
「遊んでる時間は無いから、手早く行くわね」
一斉に襲いかかる鞭。
以前に森川先輩が戦った時と同様、全方位からの攻撃が千里を襲う。
「くっ……!」
その攻撃を見るや否や、とっさに左手を前に出すと、聖剣の鞘を召還する。
その鞘により、完璧に防ぐバリアを展開していた。
しかし……何とか身を守ってはいるが、剣を繰り出す余裕は無く、やはり防戦一方のようだ。
「しばらく遊んでてね。私は行くから」
「くっ……ま、待つですっ!」
鞭は無限に繰り出しつつも、そのままゲートへ飛んでいく。
さすがの千里も、全方位防御をしながらの攻撃は出来そうにない。
しかし、そのままでは埒があかない。
ついに、千里が勝負に出る。
「ハァァァァァァァアアアアアッ!!」
距離も開き、鞭の攻撃が少し弱まったその瞬間。
全ての攻撃を受けつつも、剣に金色のオーラを纏わせる千里。
その光は、聖剣の力を解放するものだった。
一瞬のうちに完成するエクスカリバー。
あらゆる魔を消し去る、聖なる光。
それを、ローレライ目掛けて放つ。
その直前。
「ごめんね、これが狙いだったからさ」
既に、千里の目の前に立っていたローレライ。
手には、細く束ねた棘の鞭。
その鞭が常に回転するように動いている様は、鞭で作られたドリルそのものだった。
そう。
最初から、エクスカリバーを放つ、この直前を狙っていたのだ。
「バイバイ♪」
ローレライの腕が動く。
千里は、何もすることが出来ない。
何が起きているのかも、理解出来ていない。
あと、1秒もしないうちに、ローレライの棘は、千里の喉を貫くだろう。
それを、指をくわえて見ているしかないのか。
そんなはずはない。
私に出来ることがある。
だって。
ローレライの動きを予測して、既に阻止出来る位置まで来ていたんだから!




