7話 リバーサル・カデンツァ
凄まじいスピードでゲートを目指す悪魔たち。
樫木さんのラインをスピードで越えていく。
露草先輩の、結界の薄い部分を強行突破していく。
森川先輩がシングメシアを撃ったその直後を狙って、一瞬の隙を付いて突き抜けていった。
全員がゲートから「出てくる悪魔」に集中しており、逆を行く悪魔が居ることを基本的に想定していないようだった。
そうでなければ、あれだけ完璧であるはずの構成が、こうも容易く突破されるはずがない。
あと少しで閉まるゲート。
それでも、彼らが通るには、充分すぎるほどの時間がある。
先頭の悪魔がゲートの入り口に差し掛かった。
「だめっ! 間に合わないっ!」
愛さんの叫び。
私は、あまりのことに声にならない。
願いを言うな。
そうは言っても。
こんなこと。
こんなことですら願いと捉えられるなんて、思いもしなかった。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう……!
刹那。
「リバーサル・カデンツァ!」
森川先輩の声と共に迫る光の津波。
その光は、その場にいる者を例外なく飲み込んだのだと思う。
不確かな言い方になったのは、あまりの眩い光に、周囲が見えなくなったから。
目を覆い、ただ反射運動の赴くままに、視界を閉ざす。
閉ざさざるを得なかった。
あまりのことに、頭すらもぼんやりしている。
ようやく視力が回復した時には、ハデスゲートはしっかりと閉じられ、あの悪魔たちも姿が見えなくなっていた。
静寂。
ハデスゲートの前で、全員が沈黙を守る。
私はといえば、まず、自分が無事でいることを認識することに専念した。
森川先輩の放った凄い技……
リバーサル・カデンツァは、悪魔に対してあれだけの力を発揮していたのだ。
幽体である自分に、影響が無いとは言い難い。
しかし、それは徒労に終わったようだ。
自分が自分だと認識出来るし、自分の思い通りに身体を動かすことが出来る。
胸をなで下ろしていると、森川先輩がこちらに近づいてきているのが分かった。
すごい形相。
怒りの表情を、そのまま表している。
それはそうだろう。
「何も願うな」と。
そう言われていた私に対して、怒りを露わにしている。
無理もないことだと思う。
それだけ危険なことだったのだ。
森川先輩はそれを救ってくれた。
どんな叱咤叱責を受けたとしても、仕方のないこと。
森川先輩を正面に見据える。
険しい表情のままの森川先輩。
ゆっくりと歩みを進める。
そして、掴み掛かった。
「あんたね……っ!」
胸ぐらを掴み、睨みつける森川先輩。
でも、私は痛くも痒くも無かった。
だって……
相手は露草先輩だったから。
激しく身体を揺さぶり、睨みつける森川先輩。
それでもなお、顔色一つ変えずに、受け止める露草先輩。
「……何とか言え」
「じゃあ、遠慮無く」
抵抗らしい抵抗として、手を払いのけた。
「今回、ディアボロスの出現は無いと予測していた。それは厘さんも分かっていたはずよ。そして樫儀さんも初陣。となれば、今回が一番良い機会だったことは、誰が見ても明らかだわ。理論よりも実践、そして経験が人を強くする。今回、朝生さんが体験したことは、100回の講義をするよりも、良い教訓を得ているはずよ」
「…………」
「乱暴なのは承知の上。でも、私たちには時間が無い。部員も、例年と比べると、今年は極端に少ないわ。そんな状況で現れたキーパーを、すぐにでも育てたいの。それは厘さん、あなただって分かっているはず」
「…………」
しばらくにらみ合う2人。
やがて、森川先輩が踵を返した。
「……先に戻る」
そう言って、ゲートとは反対方向に歩いていく。
その途中、私を睨みつけるようにしていった。
「それにしても、リンリン先輩の返し刃、さすがですねー」
「ほ、本当にね。本命のシングメシアからの返し技であんなに力が出るんだものね」
重苦しい雰囲気を、明るい声で破ったのは京さんだった。
それに乗っかるように愛さんが相槌を打つ。
「露草先輩、まーたリンリン先輩怒らせちゃったね」
「まぁ、仕方ないわ。厘さんが言わんとしてることは分かるもの。あなたにも、大変な思いをさせてしまって、申し訳ないと思っているわ。朝生さん」
「あ、いえ。何というか、びっくりしたというか、何も出来なかったというか」
私も混乱してる。
自分で自分の言ってることが分からない。
「でもさー、露草先輩ももう少ーし、本音を出してあげたほうがいいと思うんだよねー」
「あら、私が本音を言ってないと言いたげね。おあいにく様、そんな器用な真似は出来ないようになってるのよ」
「だとしたら、無意識にやっちゃってるとしか思えないなー。何でこう、2人とも、もう少しだけ素直になれないかなって」
「こら、京ちゃん。あんまり踏み込まないの。先輩たちには先輩たちの考えがあるんだから」
「へいへい。愛ちゃんにそう言われたら、退散するしかないなー」
あ、でも。と言葉を継ぐ。
「せめて「最後のは期待してた、ありがとう」くらいは言っておかないとー。どうせ全部計算通りだったんですよね?」
「ふふん、当たり前でしょ?」
「さっすがー!」
「ウ・ソ♪」
ようやく笑顔を見せてくれた露草先輩。
そして、一言。
「さて、私たちも帰りましょう」
踵を返し、歩いていく露草先輩の後ろを、返事をしたあとにみんながついていった。