第61話 逆襲からの逆襲
「な、何が起きた……」
「雷の使い手とあろうものが分からないのか。では、冥土の土産だ。解説してやろう」
煙のように現れた森川先輩は、ケルベロスの目の前に立った。
「雷が発生する条件というのは、簡単に言うと、雲の中に溜まった電子が、耐えきれず雲の外へ放電する状態だ。その時、雲の中の上側ではプラス、下側ではマイナスの電子が来る。そのマイナス電子が放電し、また地上からプラスの電子が放たれる。それが本来電気を通さない空気中の通り道となり、雷は落ちる。この、地上からの放電は、お迎え放電なんていう言い方もするんだが……今回、お前は見事お迎えされたということだ」
「……どういうことだ。さっぱり理解出来ぬ」
要領を得ていないケルベロス。
その発言に、ため息混じりに解説を続ける。
「もう少し勉強したほうが良いぞ、犬っころ? つまり、京が放った、数珠による放電。そいつも自然現象と同様に、プラスの電子とマイナスの電子を上下に展開させる。すると、文字通り、お前をお迎え出来るということだ」
「いやー、ボクもびっくりましたよ。雷を下に撃つ準備をしとけ、なんて言われて!」
「この空間は、地面があるようで無いからな。それも可能だというわけだ」
なるほどー、と京さんが感嘆の息を漏らす。
一方のケルベロスは、なおも疑問を吐き散らした。
「そうだとしても……何故だ。俺は、雷を操る力を持っているだけで、雷そのものではないのだぞっ!」
「そう思っているだけだ。お前は、移動する際、雷そのものになっているんだぞ」
その言葉に、ケルベロスは目を見張る。
「なんだと……?」
「そうでなければ説明が出来ない。お前は、自分が移動している時の姿を見たことがあるか?」
眉をひそめ、長考した後、短く答える。
「…………無い」
「そうか、それもそうだろう。亜光速の速度で走り抜ければ、例え悪魔の身体であっても、タダでは済まないだろう。お前たちは、私達のような幽体とは違い、質量を持っているからな」
その説明を理解出来ているのかは分からない。
だが、ケルベロスは無言のまま、森川先輩の言葉に傾聴している。
「だが、雷そのものになれば納得の行く話だ。お前は、一定速度以上の高速移動をする際には、雷そのものになっている。だから、移動中の光景は見えていないし、移動先を確認しながらでしか動けない。そこに、自分の姿を投影し、「作り直す」必要があるからな」
「……なるほどな。貴様には、それが見えたということか」
「正確に見えたわけではない。だが、そのように見えた。そして、それが事実であることは、今、貴様自身の身体が物語っている」
そう。
雷でなければ、今こうして引き寄せられるはずが無い。
正に、ケルベロスの身体自体が、一時的に雷となっていたことを物語っているのだ。
完全に拘束したケルベロスに、剣を突きつける。
「終わりだ、ケルベロス。せめて我らの手に掛かることを光栄に思え」
それに併せて、露草先輩が七支刀を構えた。
「母の仇、取らせてもらうわ」
2本の剣を前にして、ケルベロスは不敵に笑う。
「ふふ……なるほどな。これは興味深い。俺のことでありながら、俺自身が何も知らなかったというわけか……」
これほど絶望的な状況で、何をそんな余裕の笑みを浮かべているのか。
言い得ぬ恐怖が、私の背筋を凍らせる。
しっかりと捕まえているはずだ。
力など弛められない。
弛められる時間も無い。
私は、ケルベロスをしっかり拘束している。
「観念なさい、ケルベロス」
剣を突きつけられても、なお余裕の笑みを浮かべる。
その笑みは、少しずつ大きくなり、やがて大笑いを始めた。
「観念か……それはむしろ、貴様等に掛けるべき言葉だな。ちょっとお喋りが過ぎたようだ。口は災いの元という言葉の典型とも言うべきところだ」
ケルベロスの身体に走る雷が、一気に放電した。
すると、ケルベロスは一瞬にして私の手をすり抜け、上空へと逃げていた。
「ふはははっ! つまり……雷となってしまえば、こんな貴様等の拘束など無意味ということだっ!」
私は決して力を抜いたわけではないのに。
どうやって抜けたのか。
考えるまでもない。
ケルベロス自身が雷となった以上、捕まえることなど出来るはずがないのだ。
質量など無いような電撃。
そんなものを掴んでいられるはずがない。
「そして、もう1つ。俺に、攻撃の方法を伝授してくれたな。移動の際に雷へと変化しているというならば……俺の移動ラインに、貴様等を巻き込めば、それで攻撃となる!」
その言葉に、私は顔を青ざめた。
そうだ。
私達は、ケルベロスに対して、更なる攻撃手段を与えてしまった。
そして、その攻撃は……
光の速さで襲い来る攻撃であって。
避けることなど、適うはずもない。
そんな状況に死すら覚悟する私の耳に、森川先輩の声が響く。
「そう、その通りだ」
上空で講釈垂れているケルベロス。
その左右には、露草先輩と森川先輩が、剣をすぐに振れる状態で待っていた。
「お前は、それを自覚していなかった。だから、教えてやれば、それを利用すると思った。その上で、手に拘束されていたあの状況。動けるのは上だけだ」
「だからどうしたというのだ。拘束から逃れられれば、俺は再び移動するだけだ」
その言葉を終えたケルベロスを切りつける。
露草先輩は左から右へ凪いで首を飛ばし、森川先輩はケルベロスの心臓を貫いた後に、そのまま右脇腹まで斬って捨てる。
「な、なんだと……何故雷となって移動が出来な…………」
飛んだ首が、そんな語るような断末魔を上げる。
これが、ケルベロスの最後の言葉となった。
「一応、教えておいてやろう。お前が移動した後……雷と化してから本来の身体を形成した後に、もう一度高速移動を行うには、1.5秒のタイムラグがあるんだ。今度があるなら、己の力をきちんと把握してから使うべきだな」
ついてはいない血糊を捨てるように剣を一振りする。
「一子、今だっ! お前の持つ力を注ぎ込み、この悪魔を消し飛ばせっ!」
そうだ。
まだ斬っただけ。
ティターンのような例もある。
僅かな可能性も残してはいけない。
全てを消し去る必要がある。
魔を浄化する、聖なる光でっ!
「やぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
制服から、一瞬で甲冑を身に纏い、シングメシアを構える。
銀色の光があたりを照らす。
今持っている全てを注げ。
絶対に倒さねばならない。
あの時、力を残してしまった私の……
私にしか出来ない事だっ!
「唸れ……シングメシアァァァァァァアアアアア!!」
宙に舞うケルベロスのトルソ。
その破片全てが光に飲まれると、塵となって消えていった。




