第56話 前哨戦、そして死闘へ
5日後。
ユニコーン討伐をした迎撃戦は、そのほとんどを倒すことが適わなかった。
それこそ、これまで行ってきた「討伐」も相当数の悪魔を倒してきたはずだ。
だが、当然ながら、それこそ数多の悪魔がこの世界に散ってしまっている。
そんな、覚悟を決めて臨む殲滅戦の日となった。
「それじゃ、作戦概要だけど……」
露草先輩は、いつも通りの振る舞いをしている。
そして、皆はいつも通りに露草先輩の話を聞いている。
私は、その姿を見ると、少しばかり心が痛む。
先日、森川先輩から聞いた露草先輩の過去。
それは、私の心を感傷的にするには充分過ぎる内容だった。
また、ケルベロスに持って行かれた露草先輩の願いについても、約束通り、皆には黙っている。
だから、次に待つケルベロスとの戦闘も、皆はキーパーの願いが掛かっている戦いであることを知らない。
そのあたりの事情も、露草先輩を見ていると痛心に堪えない理由だった。
ただ、先輩曰く。
「皆にはそのうち教えるから大丈夫よ」
とのことだった。
でも、皆に話したような素振りは無い。
そんな状況に、何故か私がヤキモキしている。
「朝生さん、聞いてた?」
「えっ?」
「その様子では聞いてないわね」
「ご、ごめんなさい」
露草先輩から注意され、私は素直に謝る。
「今回は予定通り、樫木さんは出せない。そうなると、どうしても小さいのを取りこぼす可能性が高いわ。そこで、朝生さんには、それを拾って欲しいわけね。その相談なんだけれど」
「あ、はい、大丈夫です。私が千里を模倣するのですね」
その練習については、既に行っていた。
いつもなら、「バルティナの歪み」の時間を早めるべく、京さんと一緒に締める役に徹するはずだったのだけど……
今回は、千里がいないことから、私が取りこぼした悪魔を撃ち落とす役割をするのだ。
千里に色々と聞いて、弓の引き方や、鷹の目の見方などのイメージを教えてもらった。
練習に充てられる時間は短いながらも、それなりに格好はつくようになったはずだ。
「それじゃあ、お願いするですよ、一子」
「うん、任せといて。千里よりも上手くやってくるよ!」
「言うようになったですねー、一子。お手並み拝見でーす!」
「とはいっても、私の勇姿は見せられないけどね」
「そうでした。残念です」
しょげた顔をする千里。
その裏には、今回、自分が「バルティナの歪み」に出られないことの無念があることくらい、私も理解しているつもりだ。
だからこそ、冗談のように言った。
そして今度は、胸を張って応える。
「じゃあ……いってくるね」
「私の代わりに頑張ってです」
右手同士でハイタッチしてから、私は隣の暗室へと向かっていった。
その日の「バルティナの歪み」は、無事に終わった。
1番前の森川先輩が悪魔の約7割を消し飛ばす。
2番目の露草先輩の護方結界が3割程を消滅。
最後にいる私が、ごく一部の取りこぼした悪魔を撃ち落とす。
その間に、愛さんが京さんを守り、京さんがゲートを閉める。
千里の立ち位置が、私に代わっただけの、いつもの布陣。
悪魔は全てを取り除くことに成功したのだった。
どうしてそれが分かったかと言えば、こんなやりとりをしたからだ。
「私が入部してから今まで、悪魔がゲートを通ったことがあるんですか?」
その問いに答えてくれたのは、愛さんだった。
「えぇ、今のところは大丈夫ですよ。悪魔がゲートを通った時は、ゲートの奥が淡く光るんです。今のところ、その光を見ていないですから、悪魔は通っていません」
常にゲートと向き合っている愛さんが言うのだから間違い無いのだろう。
それにしても、「バルティナの歪み」が終わった後の、
「これからは樫木さんの代わりに朝生さんにお願いしようかしら」
「えぇっ?!」
「ウ・ソ♪」
という、私と千里を交えた遣り取りは、本当に心臓に悪かった。
そんなことがあったのが、飛び石連休となっていたゴールデンウイークの平日の月曜日。
楽しい休みも、部活という名の作戦会議とケルベロスとの模擬戦であっと言う間に過ぎ去り、飛び石連休の名に相応しい金曜の登校日が来る。
この日こそ、ケルベロスとの決戦日だった。
放課後になり、全員が集合する。
皆が皆、緊張した面もちで互いの顔を見合わせていた。
そんな空気を断ち切るかのように、露草先輩が一つ咳払いしてから続ける。
「皆、3日間のお休みは身体をリフレッシュ出来たかしら?」
「五体満足でーす!」
「いや、それは違うでしょ」
思わず突っ込みを入れる。
さすがは千里の天然日本語ボケというべきか。
その一言で、狩野姉妹の表情が随分と和んだ気がする。
「さて、ついに3体目のディアボロスを討伐する日が来たわ。今日、私達は必ず勝つ。いいわね?」
「無論だ。お前こそ、引き分けで良いなどと思うなよ?」
「少なくとも、勝利以外の道は想像していないわね」
お互いに口許を緩めた笑いを向け合う先輩たち2人。
「さて、今回の門番大作戦はもう大丈夫よね?」
全員が首を縦に振る。
それを見て、小さく深呼吸をしてから、露草先輩はゆっくりと話す。
「私達は、既に2体のディアボロスを倒しているわ。それと同じことをするだけよ。みんなの力を合わせれば絶対に出来る! 行くわよ!」
「おー!」
全員が、拳をあげると、それぞれが暗室へと向かっていった。
その最後尾に付いていたと思っていた私が、ふと後ろを見ると、露草先輩がこちらを見つめている。
その様子は、まるで1人家に取り残された子供のようで。
小さく震えているように見えた。
「……どうしたんですか?」
「ううん、何でもないわ。ほら、行くわよ」
先輩に背中を押されながら、今度こそ暗室へと入っていく。
その私の背中は、少し震えている露草先輩の手を感じ取っていた。
既に見慣れたゲートのある空間。
でも、そこには、いつもとは違う緊張感が張り詰めていた。
約束の時間までは、あと僅か。
いつ襲ってくるかもしれないケルベロスの強襲を警戒するかのように、全員が四方八方に視線を駆け巡らせている。
「そうまで警戒しなくとも、不意打ちなどせぬぞ」
そんな空気をあざ笑うかのように、私達の目の前に現れたケルベロス。
確実にいなかったその場所に、それこそ最初からそこにいたように立っている様は、私の背筋を凍らせる。
「約束通りね。さすがというべきかしら?」
「悪魔は約束を守る。人とは違ってな」
「さも、人は約束を破るって言いたげね」
「そう言っているのだ。このように、悪魔は嘘もつかぬ」
「その言葉が最早嘘っぽいけれど」
「そうではないのが、我等悪魔ということだ」
露草先輩は沈黙する。
言葉を返す気が無いのか、露草先輩は次の句を待っている。
「なるほど。戯れ言は程々に。さっさと約束を遂行しろということか」
「さすがね。よく空気が読めること」
「唯一の得意技ゆえな。さて、ではお披露目と行こうか」
私を指差して、ゆっくりと話す。
「こいつには、血の分けた妹がいたのだ。そして、その妹は今、悪魔になっているぞ」
ケルベロスの言葉に、私の心を揺さぶられることなど無い。
私に妹なんていないのだから、それこそ戯れ言というものだ。
「その可能性は無いようなんだけれど」
「むしろその可能性が無い、ということを否定してやろう。何しろ、貴様は既に実の妹と会っているのだしな」
「はぁ……?」
思わず、間の抜けた返事をしてしまう。
一体何を言っているのだろう。
私に妹などいない。
いるはずがない。
そんな記憶もあるはずがない。
だって、実際にいなかったのだから。
「その言葉は信憑性に欠けるわね。本人が、妹なんて居ないと言っている以上、その可能性は否定されるわ」
「残念だが露草の巫女よ。悪魔は嘘を言うことはないぞ。貴様等が知っていることよりも、知らないことのほうが多くあることを知るべきだな」
「ご忠告は感謝するわ。でも、こちらには、それを裏付けるものが無いの」
「ならば、親にでも聞いてみることだ。そこの新人、貴様には本当に妹が居ないのかどうか。まぁ、確認出来れば、の話だがな」
「それはどういう意味?」
「今ここで死ぬという意味だ」
邪悪な笑いを浮かべるケルベロス。
そして、これ以上の議論は無しという表れか、それ以上口を開くことは無かった。
「ま、ここで私達が勝つのは間違いないから、それは良しとしましょう。ところで、みんなに1つ、言っておかないといけないことがあるの」
「……? 何だ、こんな状況で、改まって」
不機嫌というより、不信感を露わにする森川先輩。
その森川先輩に対して平然と。
「ケルベロスは私の願いを持っているわ。だから、より頑張ってね♪」
「なっ……!?」
驚く間もない。
ケルベロスは動き始めていたのだ。
「時間だ。存分に楽しませよ……守護する者共よっ!」
4時44分。
死闘の幕が切って落とされたのだった。




