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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第3章 露草五十鈴 ~ケルベロス討伐録~
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第54話 失うこと

「あの願いのことは内緒にしてね」


 それはもちろん、ケルベロスに持って行かれた露草先輩の願いについてのこと。


 そう釘を刺されてしまうと、私も同意を意味する沈黙で返す他無い。

 でも、私の中では不安がいっぱいだ。


 果たして、キーパーが願いを持って行かれるとどうなるのか。

 それが分からない状況下で、あのような約束をして良かったのだろうか。


 本当にケルベロスに勝てるのだろうか。

 そんな不安が、思わずこう口にしていた。


「あの、先輩……本当に良かったんですか?」


「うん? 何が?」


「先輩の願いをケルベロスに持たせたこと……大丈夫なんでしょうか」


「あぁ、そんなこと?」


 長く黒い綺麗な髪をふわりとたくしあげると、私の目をまっすぐ見つめてくる。


「大丈夫よ。今回、私達が必ず勝つわ」


「でも、もし負けちゃったら……」


「その時は、私の願いで皆は生き返る。特に問題はないでしょう?」


 確かにそう思える。

 でも…………


「ケルベロスは、本当に願いを叶えてくれるんでしょうか。それに、キーパーの願いを持って行かれた世代は、全滅してるって」


「そうね。でも、それは無いわ」


 私の言葉を制するように。


「私達は、勝つもの」


そう、きっぱりと言った。


「どうして、そう言い切れるのだろう。万に一つとか考えないの? っていう顔をしているわね」


「えっ、あ、その……」


「ウ・ソ♪」


「もう……冗談はやめてください」


 力なく言う私を、少し笑った後に、すぐに真面目な顔になる。

 そして、私の目をじっくりと見据えた。


「そういうのはね、考えるだけ無駄なのよ」


「えっ……でも」


 私の言葉を続けさせないように、露草先輩は続ける。


「もちろん、リスク管理は大事だわ。やることが大きければ大きいほど、不安は一層増していく。でもね、そういうことにばかり気を取られていては、結局何も出来ないわ。踏み出すのも大事なことなのよ」


「それにしたって、今回のリスクはあまりにも!」


「朝生さん」


 私の揺れる感情に対して、直立しているかのような先輩。

 そんな視線を受けていると、自然に気が安らいでくる。


 そして、先輩の一言一句を聞き入れる。


「何かを得るために、私達は何かを犠牲にしている。例えば、私達は、生きるために、動植物を犠牲にしているわ。今の例は、それこそ原始的に生きるための話し。もっと社会的な面で見るなら、貴女が、この学校に入るのだって、何人のライバルを落としたか分からないでしょう? 何かを得るための犠牲は、いつだって付いてくるものなの。それは、今回のことについても同じこと。私が、ケルベロスを倒したいという結果を得るために必要なリスク……つまり、犠牲がこの願いなのよ。その覚悟が出来ない人間は、結局何も得られないわ」


 心臓の鼓動が速まる。


 露草先輩の言葉が。

 思考が。

 そして覚悟が。


 私の脳を焼く。


 ただ、得ることだけを求めていてはいけない。

 得るために、失うものを覚悟しなければいけない。


 そして、それを恐れおののく者には、結果として何も得られるものは無いのだという。




 今までの私はどうだっただろう。


 得られること。

 与えられること。


 そればかり慣れていた気がする。


 親が、それこそ色々なことを教えてくれた。

 先生が、授業の中で、国語や算数といった社会に必要なことを教えてくれた。

 友達から、そして先輩たちから、大事なことをたくさん気づかせてもらった。

 貰うことに慣れすぎている自分に気がついた。


 そして、失うことを酷く恐れていることにも気付いた。


 いつも、自分が何かを失わないようにしてきたんだ。


 親に言われるままに部活を選んだのも。

 親に言われるままに学校を選んだのも。

 親からの信頼を失いたくないからだ。

 友達に嫌われるのも嫌だ。

 自分が得たものを失うのが嫌だ。


 そうして生きてきて。


 結果として、自分というものがよく分からなくなっていた。


 だから、自分で決めなければならない、という状況になったときに、決めることが出来ない。


 自分で決めたことが無いから。


 周りに言われるままに。

 失わないように、ただ日和見していただけだから。

 そうやって自分を持っていなかったから。


 今、私はそんな状態になっていた。


「ねぇ、朝生さん。朝生さんは、どうしたい?」


 露草先輩に問われた、この質問。


 すぐに頭に浮かんだ一つの答え。


 これは、誰に言われたものでもなく。

 誰かのためのものでもなく。

 私自身のためのもの。


 私の答えは……


「露草先輩を守ります。そのためにも、私はケルベロスを倒します!」


「うん、満点ね♪」


 笑顔の露草先輩は、いつもよりとても輝いて見えた。

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