第52話 勝ち取ること
放課後になり、周囲が夕焼け色に染まる頃。
私と露草先輩は、部室で2人きりだった。
今、この時間は、ケルベロスを待つ時間だった。
昨日と同じように、私と露草先輩、千里以外は、みんな討伐に出ている。
私が立ち会うのは、露草先輩の希望だった。
緊張が張りつめる空間。
そんな時間に耐えられなくなった私は、こんな質問をしてみる。
「露草先輩……何でこんなに、ケルベロスの討伐にこだわったんですか?」
「あら、聞いてなかった? 私は、これが絶好の機会だと思ったからよ」
「それだけですか? 何だか、鬼気迫る感じもしたので」
「そうかしら。至って普通だと思ったんだけど」
一区切り置いてから、ふと思い当たったのか、私の方へ向き直る。
ちょっと意外な行動に、思わず身体が反応してしまう。
「そう驚かないでいいわよ。私はね、今回絶対にケルベロスを討伐すべきだと思った。だから、それが出来るように、ひたすら手を尽くしただけなのよ」
「はぁ……つまり、自分がやりたいことをやり遂げるために、っていうことなんですか?」
「ズバリ、その通りね!」
人差し指をこちらに向け、ウインクする。
「私は、自分の希望を通すために、全力を尽くすわ。それは何も、強引に人を押し退けたりするものじゃないの。例えば朝生さんが、とても欲しい物があるとするわ。でも、自分にお金が無くて、親からお金を出して貰うとする。そうしたら、頑張って親を口説き落とすでしょう? 今回、私がやったことは、それと全く同じよ」
そんな身近な例を出されると、確かにその通りだ。
ケルベロスを倒すという目的のために、みんなを説得した。
ただ、それだけのことだ。
「私は結局、ワガママなだけよ。自分がやりたいことに、皆を巻き込んだだけなの」
「そ、そうなんですか?」
「極論を言えばそういうことよ。私自身は、それが当たり前だと思うし、そうするべきだと思うわ。自分が、本当にやり遂げたいと思うことは、勝ち取っていかないといけないのよ」
「やり遂げたいことを勝ち取る……?」
「えぇ、そう。今回の私みたいにね」
違和感を覚えるその言葉。
でも、その隻語は、まるで私の心を抉るかのように食い込んでくる。
「私達は、自分一人で生きてるわけじゃない。自分一人で生きているように思えて、大事な人たちが周りに必ずいるわ。自分が何かを決めて行動する、ということは、その大事な人たちを巻き込む、ということでもある。だから、きちんと話をして、納得してもらわないといけない。そうじゃないと、そこで無理を通しても、最終的には上手く行かないわ。だからこうして、ちゃんと話をして、それ相応に準備をして、それでみんなを納得させる。それが、勝ち取るということよ」
私の脳に刻まれていく先輩の言葉。
そうだ。
それこそが、自分で道を選択するということなんだ。
自分で感じて。
自分で考えて。
自分で学び。
自分で努力する。
その成果を見せて。
表して。
認めてもらい。
そして、己の道として確固たるものにしていく。
それが、自分で決めるということなんだ。
今までの自分はどうだっただろう?
親の薦められるままに進路を決めて。
親が薦めた部活に入り。
相応にこなしてきて、相応に結果を出してきた。
それなりにやってはきたけれど。
それは、やっぱり自分で決めたことじゃない。
自分で決めて。
結果を出して。
それを認めてもらう。
そうやって勝ち得ていかないといけないんだ。
そう思うと、途端に今までの自分が恥ずかしく思えた。
何も考えていなかった自分に、腹が立った。
でも、これからは、もっと自分で選択しようと。
そう思えた。
「何か良い顔してるわね。人生でも悟った?」
「えっ?」
「ウ・ソ♪」
ふと、視線を逸らして、宙を見る先輩。
「ま、その良い顔もそこまでね。目の前にいる敵に集中しましょうか」
その視線の先。
そこには、いつの間にか。
今回の宿敵が立っていたのだった。




