第51話 門番大作戦
「では、これより門番大作戦の概要を説明します」
「期待しているぞ」
次の日の朝。
作戦概要を説明するべく、全員が集まった。
夕方の放課後にはケルベロスが来てしまうだろうから、朝に集合するのは仕方ないことだった。
千里が非常に眠そうにしているのは、無理もないことだ。
「まず、何で私がここまでケルベロス討伐にこだわるのか。それは、奴のゲートの通過率が、今現在100パーセントだからよ。あれほど危険なディアボロスを放置するわけにはいかないわ」
「それは同感だが…………」
「だから、最も倒しやすい環境にある今回で蹴りをつけたいのよ」
口ごもる森川先輩に、次の句を言わせないように続ける露草先輩。
それに圧倒されたかのように、言葉を止められていた。
僅かに間を空けてから、森川先輩はようやく質問を飛ばす。
「……その根拠は?」
「まず、向こうが申し込んでいるということ。だから、戦うことについて、条件をつけることが出来るわ。優位な立場にあることを、最大限まで利用するのよ」
なるほど、と納得すると同時に、みんなの顔つきが変わる。
「だから、今度戦うのは「バルティナの歪み」以外の時にする。そうすれば、ケルベロスは、魔界へ逃げ出すことも出来なくなるわ。それだけじゃなく、いつもなら普通の悪魔たちを相手にしながら戦わなければならないところを、今回はケルベロスだけに集中出来る。これは、かなり大きな差だと思うの」
「あ、そっか…………そうですよね」
愛さんが目から鱗の顔をしている。
京さんからも、小さく感嘆の息が漏れる。
「もう一つの条件として、樫木さんが復帰するまで待って貰える可能性が高いことよ」
「えっ、何ででーすか?」
千里の疑問に、露草先輩は質問で返す。
「ケルベロスの目的は何?」
「私達を倒すことです?」
「それだけじゃ言葉が足りないわ。ケルベロスは、万全な私達と戦って勝ちたいのよ。だから、樫木さんのことも待つはずよ」
「なるほど……それなら、私もみなさんと戦えるですね!」
嬉しそうな声を出す千里。
思わずこっちも笑みをこぼしてしまう。
「そして最後に。対ケルベロス戦闘における、門番大作戦が私の中で完成したわ。その概要は、それこそみんなの力があってこそだと思う。特に、愛さんの負担が大きいけれど、そこはお願いしたいわ」
「……分かりました」
愛さんと視線を合わせた露草先輩は、その覚悟を見てとってから、概要を話し出した。
「とはいっても、作戦そのものは至ってシンプル。みんなの立ち位置はこんな感じ」
ホワイトボードに書き込んで行く。
ちょうど、サイコロの5の目のようになっているが、真ん中には丸が2つあり、愛、京と書き込まれている。
「私達が専守防衛していれば、ケルベロスは確実に仕掛けてくる。そこが逆に私達にとっては付け入る隙になるわ」
「ふむ……具体的にはどうする?」
「この陣形は、本当にただの防衛陣形なの。どういう運営をするかというと……」
ホワイトボードに書き加えたのは、1つの丸と、そこから伸びる、私達を示す丸への矢印。
「ケルベロスが仕掛けてくる瞬間に、愛さんに合図を送るの。それで、雷を防ぐのよ」
「ちょっと待て。そんな一瞬のうちに出来るものなのか?」
「出来るわ。ケルベロスと戦っていて、分かったことがもう一つあるの。それが、奴の攻撃方法」
「攻撃方法って、あの雷か?」
「そう、あの雷よ」
全員の空気が一変する。
それも無理のないこと。
雷という攻撃手段が、どれほどまでに恐ろしいものか、よく分かっているからだ。
放たれた、その一瞬後に到達する電撃。
僅かでも触れれば丸焦げにもなりかねない攻撃力。
それが、雷。
誰しもが本能的に恐れる自然現象であり、最強の攻撃手段と言っても過言ではない。
「確かに、それが奴の、唯一の攻撃手段だが……その雷だけで、今まで何人のキーパーがやられていると思うんだ」
「でも、それに弱点が見つかったのよ」
「…………ふむ」
その言葉には興味津々の森川先輩。
露草先輩は、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「あれはね、撃つ前に必ず立ち止まって、全身に走る雷を一点に集める必要があるのよ」
「そ、そうなのか……気付かなかった」
森川先輩の、詠嘆の息が漏れる。
さすがの森川先輩も、この発見には、ただただ感心するしかないようだった。
「時間的には、約1.5秒ほど。短いようで、体感すると結構長いわ。奴は、この弱点を見破られないように、事前に動き回って攪乱し、視線が合わない場所で雷を撃つ傾向があるわ」
「なるほど。だから見抜けないわけか……奴も、その弱点をよく心得ているということだな」
「そうね。だからこっちは、視線を全方位に向けて、死角を作らないようにするの。ケルベロスの姿を見た人は、愛さんに合図を送り、防御してもらう。残念だけど、奴の雷は、愛さんの防御壁を集中させたものでないと、防げないからね」
「だから愛の負担が大きい、ということか。しかし、これでは本当に防御することしか出来ないんだが……」
それは私も思っていた。
防御としては見事なものだと思う。
ただ、人の合図で動く以上、完璧では無いだろう。
愛さんだって、確実に防いでいける保証は無い。
であるならば、攻撃に転じることが出来なければ、どこまでもジリ貧だ。
「そうね、いつまでも防御していてはダメ。攻めに転じる必要があるわ」
露草先輩は、その質問を待っていたと言わんばかりに、返答してくる。
「そこで、外側を向いている私達4人は、いつでも最大攻撃を……草薙、シングメシア、エクスカリバーを集中攻撃出来るように準備しておいて欲しいのよ。来るべき時に備えてね」
「その来るべき時とは?」
森川先輩は、誘導されているかのように、次の疑問をぶつけていく。
「それは、京さんにお願いするわ」
「えっ、ボク?」
指名された京さんがびっくりしている。
無理もないこと。
この流れで、攻め手ではない京さんの名前が出るとは思いもしなかったからだ。
「そう、京さんよ。最初のうちは、ケルベロスの攻撃を防御するのに精一杯だろうけれども、そのうちに慣れてくるわ。そこからが反撃のチャンスなのよ。ケルベロスが雷を撃つ直前の1.5秒。その隙に、京さんの手でケルベロスを拘束する。掴まえていられる時間は僅かだろうけど、その一瞬のうちに、全員で総攻撃を仕掛ける。さすがのケルベロスも、これなら終わりよ」
「しかし、京がケルベロスを捕まえられるという保証はあるのか? あのスピードだが」
「そこは京さん任せになってしまうわ。でも、奴の攻撃パターンは至って単純よ。だから、そのパターンにもいずれ慣れてくるわ。それに、さっき言った雷を撃つ前の1.5秒程の時間。その間に掴むことは、さほど難しくないと思うわ。それこそ、行けると思った時にだけやってもらえばいい」
「なるほど……」
全員が、声を揃える。
沈黙が続く。
皆、色々と考えを巡らせているようだった。
露草先輩は、その皆の次の句を待っている。
でも、その表情に不安は見えない。
まるで、次に来る言葉を全て想定しているような。
この場の全ての手玉を取っているかのような表情をしていた。
そんな露草先輩に、森川先輩が折れたように言う。
「……わかった。少し不安もあるが、五十鈴の作戦に賛同しよう。他の皆はどうだ?」
これは、ほぼ決まりを意味していた。
狩野姉妹、千里が大きく首を縦に振る。
思わず小さく拳を握る露草先輩。
それを見ると、不思議と笑顔になっている自分がいた。




