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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第3章 露草五十鈴 ~ケルベロス討伐録~
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第50話 露草先輩の本音

「じゃあ、そのケルベロス討伐作戦が決まったら教えてくれ」


「ちょっと長ったらしいから、作戦名を決めましょ」


「遊びではないんだぞ」


「いいじゃない。遊び心は大事よ」


 言い出したら聞かない。

 そう知っている森川先輩は、ため息混じりに言う。


「……で、何にするんだ」


「そうね……門番大作戦ってどう? 私達は門番であるキーパーだし、ケルベロスも地獄の門番だし」


「大して変わらないだろうに。まぁ、何でも良い。では、その門番大作戦とやらが決まったら教えてくれ」


 話しながらゆっくりと立ち上がり、隣の暗室へ向かう。


「私は討伐に行ってくる。今回の迎撃戦はかなり素通りさせてしまったからな。外に蔓延る数がいつもの比ではない」


 事実、その通りだった。


 最近は、愛さんと一緒に討伐をしに行っている。

 外には、それこそたくさんの悪魔がいた。

 倒した悪魔は数知れず。


 森川先輩曰く。


「これだけ多いのは異常だな」


 とのこと。


 幽体から戻った下校中にも、それこそあちこちにいるため、最近は下校中もみんな口数が少ない。

 ポロッと願いを言わないか、どうあれ不安だから、無理もないことだった。


「それじゃあ、よろしくね」


「任されよう。じゃあ、五十鈴は作戦を煮詰めてくれ。愛、京、一子。行くぞ」


「はい!」


 真面目な声と元気な声が混じった返事。

 私もそれに混じり、一緒に隣の暗室に向かおうとすると。


「あ、朝生さんだけ貸してもらえる?」


 その言葉に、呆れ顔の森川先輩。


「まったく、物じゃないんだぞ……もちろん、一子の意思次第だ」


 急に振られたが、私は反射的に返事をする。


「えっ、私は別にいいですよ?」


「よかった。断られたらどうしようかと」


 露草先輩は、冗談混じりに言う。


「面白いことを言うものだ。断られる未来など見ていなかったくせに」


「そんなことないわよ。朝生さんが鬼の形相で「だが、断る」って言うかもしれないじゃない?」


「言いませんよ!」


「ウソウソ♪ じゃあ、悪いけど、討伐組はお願いね」


「あぁ。じゃあ行ってくる」


 私と露草先輩、そして千里を除くみんなは、今度こそ暗室へと向かっていった。


「じゃあ、私は帰るですねー。また明日でーす!」


「うん、またね千里」


「お大事にね」


「風邪でもないのに、お大事にっていうのはちょっと面白いですねー! それでは、失礼しまうまーです」


 もちろんというか、何というか。


 千里が帰るのには理由がある。


 前回のユニコーンとの戦い。

 聖剣エクスカリバーを顕現させた千里だったが、それが想像以上に魂を削ってしまったらしい。

 あまり無理をすると、魂の再生が為される前に磨耗し、最後には消えてなくなる可能性があるという。


 故に、討伐はおろか、今回の「バルティナの歪み」にも出ることが出来ないという。

 ユニコーンを消し飛ばすだけの力を出すというのは、相応の代償が必要ということなのだろう。


 というわけで、私と露草先輩の2人が部室に残った。

 露草先輩は、いつもの席に座り、肘を机に突いて手を組み、そこに額を乗せている。

 私の立ち位置からでは、表情は見えない。


 沈黙が続き、空気が若干重くなってきたところで、私がその空気を断ち切るべく口を割る。


「そ、それにしても、すごいですね。ケルベロスを倒す作戦が出来てるなんて。さすが露草先輩ですよ」


 それを聞いているのか、聞いていないのか。


 姿勢を全く崩さない先輩。


 どうしようかと、ちょっと外を見たその瞬間。


「実はね。作戦なんて考えてないんだ」


「…………えっ?」


 耳を疑う言葉が聞こえた。

 半分、放心状態の私などお構いなしに、露草先輩は言葉を続ける。


「前のケルベロスとの戦いもね。正直なところ言えば、がむしゃらにやってただけ。覚えてることなんて、何一つ無いの。ただ、無我夢中で戦って、偶然生き残れたっていうだけ」


 あれだけ見栄を切った先輩。

 その先輩が、今こうして語る本音。


「ごめんね、急にこんな話をして。でもね、今の厘さんには話せないし、愛さんと京さんに話をしても不安にさせちゃうだけ。樫木さんは、今、とても大変な時だし、どうしても朝生さんにしか話せなかったの」


 いつも頼りになる先輩。


 飄々としていて、それでもしっかり押さえるところは押さえて。

 冗談を言ってはウソと返して惚けられる。

 そんなお茶目で素敵な先輩が。


 いつもは大きく見える露草先輩が。

 今は、とても小さく見えた。


 私が今やるべきことを考えた。

 ほんの僅かな時間だけれど、あまり無い脳味噌をフル回転させて。


「何で、ここでケルベロスを倒そうと思ったんですか?」


「これは、本当にチャンスなのよ。向こうからの要望で、こちらに戦いを挑んできた。それはつまり、こちらの条件をつけられるということよ」


「条件ですか?」


「そうよ。まず、「バルティナの歪み」以外で戦うことが出来る。普段は、他の悪魔を相手取った上で戦わなければならないけれど、今回は完全にケルベロスだけを相手にすることが出来る。これは大きいわ」


 私がやるべきこと。


 それは、露草先輩の相談役をする。

 そのために、露草先輩の考えを整理させるような質問をしていく必要がある。


 それが、今、露草先輩に名指しで残された、私の仕事なのだ。


「他に、どんな利点が?」


「まだあるわ。条件をこちらが指定出来るということは、つまり樫木さんの復帰を待つことも出来る」


「それをケルベロスが呑むでしょうか?」


「呑むわ。そうでないと、全力の私達を相手に出来ない」


「なるほど。確かに、その可能性は高いかもしれないですね。でも、勝負に持ち込んだとして、果たして勝ち目はあるんですか?」


「そうね……」


 僅かに考え込む露草先輩。

 その表情に、曇りはないように見える。


「ケルベロスのスピードは、本当に速いわ。この前相手をして再確認したけど、あれに無理についていこうとしたら、確実に負ける。私も、防戦一方だった。でも、その中で、見えたものがあるの」


「……それは何ですか?」


「……まだよく分からない」


 やはり、そのあたりはよく見えていないようだ。

 ここは、もう少し具体的に切り込んだほうがいいのかもしれない。


「じゃあ、露草先輩。前回のケルベロスとの戦いでは、何を意識していましたか?」


「私は、とにかく守るだけで精一杯だった。それ以外のことは、本当によく覚えていないわ」


「でも、先輩は守りきりました。それは眼前の事実です。無意識のうちに意識していたんですよ、ケルベロス攻略の鍵を」


「そうね……思い出してみるわ」


 残念ながら、私も私で、千里と一緒にユニコーンを倒していたので、露草先輩がどうやって攻撃を凌いでいたのかは分からない。


 こればかりは、露草先輩自身に思い出して貰う他無い。


 腕組みをして、どれほどの時間が経っただろうか。


 突然立ち上がった先輩に、私の心臓が一瞬飛び出たかに思えた。


「…………攻撃が直線的なのよ!」


「……直線的?」


 露草先輩の記憶を呼び起こす目的というより、私の理解が追いついていない意味で、そう問いかける。


「あの性格と、雷という特性。それにあのスピード……あいつは、真っ直ぐな攻撃しか出来ないのよ!」


「えっと、つまり……?」


「例えばそうね……京さんが笑いながら走ってくるとして、それをどう避けるのか。朝生さんならどうする?」


 その例えはどうなのか。


 内心で呟きつつも、笑いながらこちらに突っ走ってくる京さんのことを思い浮かべつつ、素直に答える。


「う、うーん……普通に走ってくるのを避けますかね?」


「そう、それだけでいいのよっ! 京さんなら、直前に避けたところで、意地でも両腕を伸ばしたりして当たりに来るでしょうけど、ケルベロスはそういうことはしない……ううん、出来ないのよ!」


 うーん、やっぱりなんで京さんなのかが気になるところだけれど。

 露草先輩なりの答えが出たようで、私は胸をなで下ろす。


「スピードが速い分、その対処に追われて、それこそ一心不乱だったけど、防御出来ないものじゃない。それさえ対策出来れば、後は攻撃手段だけ。となると……」


 なにやらホワイトボードに色々と書いていく先輩。

 何か書いてはバツをつけて、何か書いてはバツをつけている。

 きっと、頭の中で描いたものを書き殴っては、ボツを出しているのだろう。


 その様子を見て、私はゆっくりと部屋を出ようとする。

 そんな私の背中に。


「ありがとう、朝生さん。あなたを相談役に選んで本当に良かった。私、絶対に倒す方法を見つけるからね」


そう言われ、私は満足げに部室を後にした。

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