47話 私の理由
私と露草先輩は、緊張感の張りつめた部室の中にいる。
下手に動くと、ピンと張った空気が一気に壊れてしまう一触即発という状況。
私は、息を呑み、ただ沈黙することしか出来なかった。
宿敵であるディアボロス、ケルベロスを前にして。
放課後。
私は、たまたま生徒会室から出てくる露草先輩を見つけた。
退魔部の部室の隣にある生徒会室。
間違って入ってしまったのかと思ったが、そんなことは無いと、すぐに頭で否定する。
「あら、朝生さん。今日、退魔部の活動は無いわよ?」
「えっ? そうなんですか」
「ウ・ソ♪」
「だと思いました」
「あらら、残念。朝生さんの反応は楽しかったのに、もう楽しめなさそうね」
「残念ですが、千里とは違いますよ」
「あらら。その台詞、樫木さんに告げ口しないとダメね」
「えっ?」
「ウ・ソ♪」
「……だと思いました」
少しだけ焦ったのは内緒。
それはともかくとして、ちょっとした疑問をぶつけてみる。
「そういえば、どうして生徒会室から出てきたんですか?」
「あら、知らなかった? 私、生徒会書記なのよ」
「えっ……?」
僅かな沈黙。
それから、いつもの台詞が来ると思って待っていたのに、全く来る気配がない。
「……あれ、いつもの嘘?」
「ホ・ン・ト♪」
「そ、そうなんですか」
ウ・ソ♪ が出るかと思っていた私。
ちょっと調子が狂ってしまった。
微妙な空気かと思ったが、露草先輩は気にしている様子は無い。
「あら、意外だった?」
「意外と言えば意外ですけど、ぴったりな気がします」
「うーん、褒めてる?」
「そのつもりです」
お互い笑いあう。
まぁ、意外に思ったのは、単純に退魔部のことがあるからだ。
私の中で、露草先輩は退魔部以外に掛け持ちするようなイメージが無かった。
退魔部は、人類全体の重荷を背負って行う部活だ。
それに専念しているイメージのほうが強かったというだけで、生徒会に入っている露草先輩の姿は、やはり想像するに難いものではない。
「でも、どうして生徒会に?」
「ウチの学校は、生徒会のメンバーを決めるのには選挙があるんだけど、みんな消極的でね。立候補者ってあんまり出ないのよ」
「あっ……なるほど。想像がつきました」
「まぁ、そういうこと。それで、私が推薦されたのよ」
露草先輩を推薦する気持ちは分かる気がする。
才色兼備という言葉がぴったりハマり、運動神経も良い。
性格だって良いし、ちょっぴりお茶目なところもある。
誰もが認める優等生と言ったところだろう。
それはよく分かる。
ただ、退魔部との掛け持ちというのはいかがなものだろう。
「ふふ、朝生さんは顔に出やすいわね。最初はね、生徒会長に推薦されてたのよ。でも、そこは退魔部の立場もあったからね。書記で勘弁してもらったわけ」
読心術のごとく、私の質問を受けずに答える先輩。
正直、寿命が縮まってるかもしれない。
見えないように深呼吸をしてから話を続ける。
「でも、推薦って、何だか卑怯な気もしますよね。自分はやらないで、他の人を槍玉に挙げるって、どうなんでしょう」
「うーん、そうね。そういう考え方もあるかな?」
ポンと軽く肩を叩かれる。
思わずビクついてしまうが、その手から伝わる暖かさと、送られる視線の柔らかさに安心する。
「でも、それはちょっと悪意のある捉え方だわ。私の場合はちょっと違うの。推薦っていうのは、推薦した人が責任を持って、ちゃんとした人を紹介しますってことだと思う。そのうちの1人に、私が挙げられたのだとしたら、私はその期待に応えるべきだと思ってる。とはいえ、生徒会長となると多忙で、退魔部に支障を来す場合があるかもしれない。だから私は、生徒会書記になったの」
「なるほど……」
「どう? そう思うと、推薦も悪いものじゃないでしょう?」
そう言われると、その通りかもしれない。
今まで、推薦というと、押しつけ合いのイメージが強かった。
というか、そういう場面しか見てこなかった。
でも、本来であれば、推薦する人にも責任はあるはずなのだ。
無責任に人に押しつけるのは、推薦ではない。
「まぁ、私は良い経験をさせてもらってると思うわ。きっと、自発的に生徒会に入ることは無かったでしょうからね。そういう機会を与えてくれたことに、むしろ感謝すらしているわ」
つらつらと、言葉を連ねる先輩。
その1つ1つの言葉は、私の胸に染み渡っていく。
何でこうも……
この人は、素敵な考え方をするのだろう。
私も、一度だけ、学級委員長を推薦でやらされたことがあった。
それこそ堪らないほど嫌で、嫌々やっていた仕事は、自分の身になっていたのか怪しい。
でも、こういった考え方が出来れば、もっと違った過ごし方が出来たのかもしれない。
そう思うと、何だかとても悔しく、自分に怒りすら覚えてしまう。
「ま、過ぎたことは誰も変えることなんて出来ないわ。悪魔でもない限りね」
「あはは、そうですね」
そう言いながら、部室の扉を開けたその瞬間。
「そう、我等なら変えることが出来るやもしれぬぞ」
部室の奥から、不躾な声が聞こえた。




