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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第3章 露草五十鈴 ~ケルベロス討伐録~
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46話 露草先輩の信念

挿絵(By みてみん)

「ところで、朝生さんは今、夢中になってるものってある?」


「えっ?」


 突然話が変わり、反応に戸惑う。

 そんな反応を楽しむかのように、露草先輩は笑っている。


「私ね、他の人が夢中になってることを聞くのが好きなの。朝生さんは、今なにをしてるのが一番楽しい?」


「え、えっと。うーん……」


 いきなりの質問に何だろう、と思いつつも、懸命に考えてみる。

 すると、あることが思い当たった。


「今は、退魔部の活動をしてるのが一番楽しいです!」


「なるほどなるほど。他には無い?」


「え、えーっとぉ…………」


 そう言われて他を考えてみても、今は思いつくものがなかった。

 露草先輩は、それを表情で見て取ったようだ。


「うふふ、ごめんね。そうですか、そんなにウチのことを好きになってくれて嬉しいです。でも、この部は、どっちかというと仕事みたいなものだし、もっと別のものに夢中になってもいいんじゃないかなって」


「例えば、先輩のゲームみたいにですか?」


「あら、言うようになりました」


 あっけらかんと言う露草先輩。

 ちょっとこの言葉は不用意だったかなと思ったんだけど、さらっと流してくれて助かった。


「まぁ、そういうことよ。仕事が生き甲斐、なんていうのは、ちょっとナンセンスだと、私は思うわ。だから、様々なものに興味を持って、色んなことをやってみて、色々なことを経験するのが大事だと思うわけ」


「確かにそうですね」


 やらないよりは、やったほうがいい。

 何事も経験。


 よく言われることではあるけれど、それを実践出来ている人は少ないように思う。

 かくいう私も、引っ込み思案で、積極的に物事を経験しているとは思いがたい。


「で、私が夢中になってることを聞きたい理由は2つあってね。1つは、夢中になっている事を話していると、その人が一番輝いて見えるってこと」


 それはその通りだろうと思う。


 自分が好きなこと、夢中になれるくらい大好きなこと。

 それを話す人間は、例えどんなに無口な人でも流暢に話してしまうものだ。


「そしてもう1つ。私のやりたいことにしたいからよ」


「えっ?」


 意外な一言が飛び出てきて、思わず聞き返してしまった。


「あら、そんなに意外? 私は、人が夢中になってることを、真似してみるの。だって、その物事は、その人を虜にするだけの魅力があるっていうことでしょう? それなら、私もやってみようってならない?」


「まぁ、確かに、よくあることですけど」


 よくする世間話の1つであるのは分かる。

 ただ、真似するのが目的でそういう話を振る人はいないだろう。

 私の違和感の元は、そこにある。


「その話で出てきたことは、必ずやるんですか?」


「えぇ、もちろん」


「それって、すごいですね」


「うーん、そうかなぁ」


 素直に出た私の言葉。

 それを受けて、露草先輩は腕組みしながら疑問の声を上げる。


「私としては、それだけ夢中になるものを見つけることが出来た、その人こそ、すごいと思うんだけど」


「えっ……」


 私としては、行動力のある露草先輩がすごいと思った。

 でも、それ以上に凄いというのはどういうことなのだろう。


「私はね、もっともっと夢中になる、自分に出来る一番のことを探すためにやっていることなの。今現在、それを探せているその人は、きっと私よりもずっと素晴らしいはずよ」


「な、なるほど……」


 果たして何回、こんな反応をしてしまうのか。

 ただ、露草先輩の発想は意外過ぎて、私には目から鱗の事柄が多すぎる。


「あなたはどう? 退魔部の他では、何か夢中になれるものは出来そう?」


「うーん、まだちょっと……」


「じゃあ、私が今夢中になってるものをやってみる?」


「えっ、それって……」


「もちろん、コレよ。コ・レ♪」


 鞄から取り出すは、携帯ゲーム機。

 思わず苦笑いを浮かべる。


「でも、朝生さんは、こういうのには疎そうですね」


「あはは、そうですね」


 そう助け船を出してくれたことに安心していると、露草先輩の眼がじっとこちらを見据えてくる。


「でもね。だからこそ、やってみるべきだと思うの」


「えっ……でも、ゲームですよ?」

などと言ってしまい、またも不用意だと思った。


 何というか、さっきから気をつけているつもりで、上手く気が回らない。

 というか、回せるだけの余裕がない。


 ただ、露草先輩は、それを全く気にする様子は無い。

 むしろ、私に対して、どんどん食いつくように迫ってくる。


「そう、ゲームよ。じゃあ、もし朝生さんにゲームの才能があったとしたら?」


「う、うーん。そんなことがあるんでしょうか……」


「無いかもしれない。むしろ、その方が確率は高いかもしれないわね。あったとしても、才能が開花するのはまだまだ先かもしれない」


「じゃあ……」


 ゆっくりと目を閉じ、私の言葉を遮るように。


「それでもね、やってみないと分からないのよ」


 ドクンと。

 私の鼓動が高鳴った。


 そう。

 言われてみればその通りなのだ。


 何事も、やってみないと分からない。

 何事も、経験してみなければ分からない。


 ましてや、自分に向いているか何て、分かるはずもない。

 そんなことは分かっている。


 分かっているはずなのに。


 じゃあ、何で私は先輩の誘いを断っているのだろう。

 誘われているのがゲームだから?

 ゲームなんてやっても無駄だと思ってるから?


 いや、違う。

 そんなことは考えていない。


 私が今考えていることは…………


「私にゲームなんて、向いてないから……」


 そう、露草先輩に呟いている自分がいた。


「うん、そう考えてると思った」


 それを見透かしているように言う露草先輩。


「でも、その考えはきっと捨てるべきものよ。向いてないかどうかは、やってみるしかない。それは、私にも、そして朝生さん自身も知り得ないことなの」


「知り得ない……」


「そう、誰しもが自分の持つ可能性を知らない。だからこそ、それを自らの手で開発していかないといけないわ。でも、それを実行している人は、そう多くは無いと思う。かくいう私も、最初は随分と奥手だったから、朝生さんの気持ちはすごくよく分かる。だから、自分で決めたのよ。聞いたものは全部やってみようってね」


 それが先輩のやり方。


 何でもやってみる。

 それが、どれだけ難しいことなのかは、今私が痛感している通りだ。


 たかがゲーム。

 でも、それを取り組むことに、私は躊躇している。

 確かに、ゲームだからっていうこともあるんだろうけど。


 でも、私はそれ以上に、自分の中でもっともらしい理由をつけて、断ろうとしているに過ぎないんだ。


 露草先輩は、そんな葛藤をすることすらやめた。

 そんな葛藤などやめて、すぐに取りかかる。


 こんなことが出来るなんて、凄いことだと思う。


 なんて強さなんだろう。

 それが、露草先輩の意思力なんだ。


「ま、確かにゲームっていうのは、さすがに良くないかな。私も、ゲームをやってても、そこまでプラスになるとは思えないしね」


「えっ、そうなんですか?」


「言い方は悪いけど、やっぱりゲームっていうのは、気晴らしや気分転換をするためのものよ。もちろん、これで食っていける人もいるし、共通の話題には事欠かないし、良い面だってたくさんある。でもね、そればかりに囚われると、後で痛い目見るような気がするわ。だから私は、マロンドに来たときだけやるの」


 その辺りも、やはり意思力ということなのだろうか。

 凄腕でありながら、ゲームというものを冷静に分析して、あくまでも「気晴らしのもの」としている。


 でも、そんなもの、と斬って捨てることもなく、きちんと良い面も捉えている。


「ま、そういうわけで、興味が湧いたらいつでも言ってね。私か、京さんに言ってくれれば、いつでもこっちの世界に歓迎するわ」


「あ、それってつまり……」


「うん? あぁ、そうよ。私をゲームの世界に引き込んだのは京さん」


 なるほど。

 なんか、京さんはゲームが好きそうだ。


 後ろにお金持ちが付いてるわけだから、いっぱいありそうだし。


「最初のうちは「露草先輩に勝ったー!」って喜んでたけど、やっていくうちに暗雲立ちこめてきてね。最後には「世の中不公平だー!」って、叫んでいっちゃったわ」


 あぁ、京さん。

 正直、その気持ち……すごく分かります。


「先輩はすごいですね。そうやって、色々なことにチャレンジして」


「ううん。何度も言うようだけど、私はただ、挑戦してるだけよ。本当にすごいのは、夢中になるものを見つけた人。それを真似してるだけに過ぎないんだから」


「いえ、それだけの行動力は、すごいと思います」


「いい経験をさせてもらってるだけよ。それにね、そうやって色々と手を出すのは……やっぱり私自身も、将来は何をすればいいか決めかねてるってだけだよ」


「えっ……?」


「あら、その反応は何かしら」


「あっ、えっと……すみません」


 ちょっと怒気を込めた言い方で返答する先輩に、私はたじろぎながら謝罪する。


 その様子を見て、くすりと笑う露草先輩。

 小悪魔のような笑顔を浮かべていた。


「ふふ、ごめんね。その言葉の裏腹は、分かってるつもりよ。ウチはね、狩野の家みたいに厳しい血筋の管理はしないし、樫木さんの家みたいに、ずっと一家で教会をやってるわけじゃないの。本家早露の家は、家構えこそ小さいけど、すごい神社でね。それこそ、世界を股に掛けるくらいの、すごい宮司がいるんだけど、それ以外の家はそうでもないの。まぁ、中には、神社をやってる人もいるけど、ほとんどが、いわゆる一般家庭なの。だから、そういう意味では、朝生さんと立場は同じ」


「そうだったんですか」


 何だか、退魔部にいる人たちは、みんなそういう家系にあって、そういう道に進むものだと思っていた。

 それ故に、意外だった。


「まあ、焦る必要も無いわよね。そうやって何でも取り組んでいれば、そのうち見つかるかもしれないし。朝生さんも頑張りましょ」


「は、はい。そうですね。頑張ります!」


「じゃ、まずはこれかな~?」


 鞄から取り出す携帯ゲーム機に、思わず苦笑いを浮かべてしまっていた。

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