46話 露草先輩の信念
「ところで、朝生さんは今、夢中になってるものってある?」
「えっ?」
突然話が変わり、反応に戸惑う。
そんな反応を楽しむかのように、露草先輩は笑っている。
「私ね、他の人が夢中になってることを聞くのが好きなの。朝生さんは、今なにをしてるのが一番楽しい?」
「え、えっと。うーん……」
いきなりの質問に何だろう、と思いつつも、懸命に考えてみる。
すると、あることが思い当たった。
「今は、退魔部の活動をしてるのが一番楽しいです!」
「なるほどなるほど。他には無い?」
「え、えーっとぉ…………」
そう言われて他を考えてみても、今は思いつくものがなかった。
露草先輩は、それを表情で見て取ったようだ。
「うふふ、ごめんね。そうですか、そんなにウチのことを好きになってくれて嬉しいです。でも、この部は、どっちかというと仕事みたいなものだし、もっと別のものに夢中になってもいいんじゃないかなって」
「例えば、先輩のゲームみたいにですか?」
「あら、言うようになりました」
あっけらかんと言う露草先輩。
ちょっとこの言葉は不用意だったかなと思ったんだけど、さらっと流してくれて助かった。
「まぁ、そういうことよ。仕事が生き甲斐、なんていうのは、ちょっとナンセンスだと、私は思うわ。だから、様々なものに興味を持って、色んなことをやってみて、色々なことを経験するのが大事だと思うわけ」
「確かにそうですね」
やらないよりは、やったほうがいい。
何事も経験。
よく言われることではあるけれど、それを実践出来ている人は少ないように思う。
かくいう私も、引っ込み思案で、積極的に物事を経験しているとは思いがたい。
「で、私が夢中になってることを聞きたい理由は2つあってね。1つは、夢中になっている事を話していると、その人が一番輝いて見えるってこと」
それはその通りだろうと思う。
自分が好きなこと、夢中になれるくらい大好きなこと。
それを話す人間は、例えどんなに無口な人でも流暢に話してしまうものだ。
「そしてもう1つ。私のやりたいことにしたいからよ」
「えっ?」
意外な一言が飛び出てきて、思わず聞き返してしまった。
「あら、そんなに意外? 私は、人が夢中になってることを、真似してみるの。だって、その物事は、その人を虜にするだけの魅力があるっていうことでしょう? それなら、私もやってみようってならない?」
「まぁ、確かに、よくあることですけど」
よくする世間話の1つであるのは分かる。
ただ、真似するのが目的でそういう話を振る人はいないだろう。
私の違和感の元は、そこにある。
「その話で出てきたことは、必ずやるんですか?」
「えぇ、もちろん」
「それって、すごいですね」
「うーん、そうかなぁ」
素直に出た私の言葉。
それを受けて、露草先輩は腕組みしながら疑問の声を上げる。
「私としては、それだけ夢中になるものを見つけることが出来た、その人こそ、すごいと思うんだけど」
「えっ……」
私としては、行動力のある露草先輩がすごいと思った。
でも、それ以上に凄いというのはどういうことなのだろう。
「私はね、もっともっと夢中になる、自分に出来る一番のことを探すためにやっていることなの。今現在、それを探せているその人は、きっと私よりもずっと素晴らしいはずよ」
「な、なるほど……」
果たして何回、こんな反応をしてしまうのか。
ただ、露草先輩の発想は意外過ぎて、私には目から鱗の事柄が多すぎる。
「あなたはどう? 退魔部の他では、何か夢中になれるものは出来そう?」
「うーん、まだちょっと……」
「じゃあ、私が今夢中になってるものをやってみる?」
「えっ、それって……」
「もちろん、コレよ。コ・レ♪」
鞄から取り出すは、携帯ゲーム機。
思わず苦笑いを浮かべる。
「でも、朝生さんは、こういうのには疎そうですね」
「あはは、そうですね」
そう助け船を出してくれたことに安心していると、露草先輩の眼がじっとこちらを見据えてくる。
「でもね。だからこそ、やってみるべきだと思うの」
「えっ……でも、ゲームですよ?」
などと言ってしまい、またも不用意だと思った。
何というか、さっきから気をつけているつもりで、上手く気が回らない。
というか、回せるだけの余裕がない。
ただ、露草先輩は、それを全く気にする様子は無い。
むしろ、私に対して、どんどん食いつくように迫ってくる。
「そう、ゲームよ。じゃあ、もし朝生さんにゲームの才能があったとしたら?」
「う、うーん。そんなことがあるんでしょうか……」
「無いかもしれない。むしろ、その方が確率は高いかもしれないわね。あったとしても、才能が開花するのはまだまだ先かもしれない」
「じゃあ……」
ゆっくりと目を閉じ、私の言葉を遮るように。
「それでもね、やってみないと分からないのよ」
ドクンと。
私の鼓動が高鳴った。
そう。
言われてみればその通りなのだ。
何事も、やってみないと分からない。
何事も、経験してみなければ分からない。
ましてや、自分に向いているか何て、分かるはずもない。
そんなことは分かっている。
分かっているはずなのに。
じゃあ、何で私は先輩の誘いを断っているのだろう。
誘われているのがゲームだから?
ゲームなんてやっても無駄だと思ってるから?
いや、違う。
そんなことは考えていない。
私が今考えていることは…………
「私にゲームなんて、向いてないから……」
そう、露草先輩に呟いている自分がいた。
「うん、そう考えてると思った」
それを見透かしているように言う露草先輩。
「でも、その考えはきっと捨てるべきものよ。向いてないかどうかは、やってみるしかない。それは、私にも、そして朝生さん自身も知り得ないことなの」
「知り得ない……」
「そう、誰しもが自分の持つ可能性を知らない。だからこそ、それを自らの手で開発していかないといけないわ。でも、それを実行している人は、そう多くは無いと思う。かくいう私も、最初は随分と奥手だったから、朝生さんの気持ちはすごくよく分かる。だから、自分で決めたのよ。聞いたものは全部やってみようってね」
それが先輩のやり方。
何でもやってみる。
それが、どれだけ難しいことなのかは、今私が痛感している通りだ。
たかがゲーム。
でも、それを取り組むことに、私は躊躇している。
確かに、ゲームだからっていうこともあるんだろうけど。
でも、私はそれ以上に、自分の中でもっともらしい理由をつけて、断ろうとしているに過ぎないんだ。
露草先輩は、そんな葛藤をすることすらやめた。
そんな葛藤などやめて、すぐに取りかかる。
こんなことが出来るなんて、凄いことだと思う。
なんて強さなんだろう。
それが、露草先輩の意思力なんだ。
「ま、確かにゲームっていうのは、さすがに良くないかな。私も、ゲームをやってても、そこまでプラスになるとは思えないしね」
「えっ、そうなんですか?」
「言い方は悪いけど、やっぱりゲームっていうのは、気晴らしや気分転換をするためのものよ。もちろん、これで食っていける人もいるし、共通の話題には事欠かないし、良い面だってたくさんある。でもね、そればかりに囚われると、後で痛い目見るような気がするわ。だから私は、マロンドに来たときだけやるの」
その辺りも、やはり意思力ということなのだろうか。
凄腕でありながら、ゲームというものを冷静に分析して、あくまでも「気晴らしのもの」としている。
でも、そんなもの、と斬って捨てることもなく、きちんと良い面も捉えている。
「ま、そういうわけで、興味が湧いたらいつでも言ってね。私か、京さんに言ってくれれば、いつでもこっちの世界に歓迎するわ」
「あ、それってつまり……」
「うん? あぁ、そうよ。私をゲームの世界に引き込んだのは京さん」
なるほど。
なんか、京さんはゲームが好きそうだ。
後ろにお金持ちが付いてるわけだから、いっぱいありそうだし。
「最初のうちは「露草先輩に勝ったー!」って喜んでたけど、やっていくうちに暗雲立ちこめてきてね。最後には「世の中不公平だー!」って、叫んでいっちゃったわ」
あぁ、京さん。
正直、その気持ち……すごく分かります。
「先輩はすごいですね。そうやって、色々なことにチャレンジして」
「ううん。何度も言うようだけど、私はただ、挑戦してるだけよ。本当にすごいのは、夢中になるものを見つけた人。それを真似してるだけに過ぎないんだから」
「いえ、それだけの行動力は、すごいと思います」
「いい経験をさせてもらってるだけよ。それにね、そうやって色々と手を出すのは……やっぱり私自身も、将来は何をすればいいか決めかねてるってだけだよ」
「えっ……?」
「あら、その反応は何かしら」
「あっ、えっと……すみません」
ちょっと怒気を込めた言い方で返答する先輩に、私はたじろぎながら謝罪する。
その様子を見て、くすりと笑う露草先輩。
小悪魔のような笑顔を浮かべていた。
「ふふ、ごめんね。その言葉の裏腹は、分かってるつもりよ。ウチはね、狩野の家みたいに厳しい血筋の管理はしないし、樫木さんの家みたいに、ずっと一家で教会をやってるわけじゃないの。本家早露の家は、家構えこそ小さいけど、すごい神社でね。それこそ、世界を股に掛けるくらいの、すごい宮司がいるんだけど、それ以外の家はそうでもないの。まぁ、中には、神社をやってる人もいるけど、ほとんどが、いわゆる一般家庭なの。だから、そういう意味では、朝生さんと立場は同じ」
「そうだったんですか」
何だか、退魔部にいる人たちは、みんなそういう家系にあって、そういう道に進むものだと思っていた。
それ故に、意外だった。
「まあ、焦る必要も無いわよね。そうやって何でも取り組んでいれば、そのうち見つかるかもしれないし。朝生さんも頑張りましょ」
「は、はい。そうですね。頑張ります!」
「じゃ、まずはこれかな~?」
鞄から取り出す携帯ゲーム機に、思わず苦笑いを浮かべてしまっていた。




