41話 千里の力
衝撃音と共に、繰り広げられる光景は、奇妙なものだった。
そして、同時に安堵の息が漏れる。
ユニコーンの群れは、千里を捉えるには至らなかった。
全ての角は、愛さんの展開したバリアによって防がれている。
そのため、全てのユニコーンが空中で浮いているようになり、私たちを中心にして、ユニコーンの生け花でも出来ているかのようになっていた。
失敗したとみるや、すぐに離れ、再び周囲を駆け回る。
「今のは合図を出したから分かりやすかったでしょ? 次は何も言わないで行くからねっ!」
無数のユニコーンから笑い声が上がる。
その不協和音は、私たちの精神を存分に蝕む。
「今の感じだと、もう一回は防げないかもしれない……」
愛さんの声が弱々しい。
さっきの攻撃を受け止めた後遺症か、それとも恐怖から来るものか。
腕が細やかに震えている。
まずい。
私は、森川先輩の真似をしているだけだ。
攻撃する術は色々見ているけれど、守る術を心得ていない。
京さんも、閉める力を持っているだけで、守る力は持ち合わせていない。
千里は……
やっぱり同様だ。
攻撃手段しか無い。
そして、唯一の守りである愛さんが封じられている。
絶体絶命。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
そして、気のせいでも何でもなく、私たちを囲うユニコーンの分身たちは、確実にその包囲の距離を縮めてきている。
何がキッカケなのかは分からない。
ただ、ある命令を受けて、ユニコーンたちが一斉にこちらに迫ってきた。
角、角、角。
周囲を見渡せば、これから私たちを突き刺そうとする角が周囲を取り巻いている。
死ぬ間際というのは、ゆっくり見えるというのを聞いたことがあるけれど、それは本当のようだった。
そして、とても怖くなる。
少しずつ、だが確実に迫るユニコーン。
ユニコーンの動きすらもゆっくりで。
自分の動きすらも、更にゆっくりで。
いっそ、早く殺してくれればいいのに、と。
そう、千里に同意を求める視線を送ろうとしていた。
その千里を見てハッとする。
上を向き、目を見開いている。
千里の眼は、諦めてなどいなかった。
必死に左手を伸ばし、懸命に抗おうとしている。
生きるために。
今、この瞬間も。
諦めてなどいなかった。
思わず涙が出た。
そうだ。
諦めちゃいけない。
戦うんだ。
最後まで。
最後の最後の……その瞬間まで。
諦めてはいけない……!
「終わりだよっ!」
複数のユニコーンから放たれた言葉。
その一瞬後、愛さんの悲痛な叫びが木霊する。
……愛さんの声だけ?
それはちょっとおかしい。
そもそも、何で私は耳が聞こえるのか。
違和感が拭えない。
今、目の前は真っ暗だ。
それも当たり前の話で、死を与えられる瞬間を見たくなくて、ずっと目を瞑っていたのだから。
目を開けよう。
繰り広げられる光景が、どんなものであっても……
それを受け入れなければならない。
少しずつ開ける視界。
目の前には、千里の背中。
角が突き刺さっている様子は無い。
私の身体にも、一切の傷は無かった。
そのことに、まずは安堵を覚える。
改めて見る千里の姿。
左手を掲げ、その手の先に、神々しく光る盾……
いや、盾ではない。
それらしい形をしたもの。
盾ではないのは明らかなのに、何かという特定が出来ない。
ただ、その何かが放つ光によって、私たちは守られている。
「おまえ、まさか……」
「私は、一子を……みんなを守るです。そして、パパも、教会も、全部守って見せるです。この、ランバートに伝わる聖剣の力で!」
青い顔をするユニコーンに、精悍な表情で対峙する千里。
いつの間にか装備が一新され、あやふやに似せていた鎧が、立派な甲冑になっていた。
女騎士のような凛々しい姿。
いや、ツインテールを解いて長い髪を揺らす姿は、騎士を超えて、国を守る姫のようだった。
ユニコーンはとたんに距離を取る。
焦燥感を露わにした顔は、誰もが初めて見る顔だった。
「その剣、その鞘……まさかっ!?」
「そのまさかです。最後には湖に沈められた。そう伝承を残して、本家ランバートの家でずっと保存されてきた聖剣……エクスカリバーです!」
千里の気持ちに反応するように、より輝きを増す聖剣。
剣の攻撃力も然ることながら、その鞘は持ち主に不老不死をもたらし、絶対的な防御力を与えたという。
千里の持つ潜在能力。
それが、このエクスカリバーだったのだ。
「そう……あはは、なるほど。ちょっと焦ったけど、そのエクスカリバーも偽物なんだね。それなら怯えることは無いや! どうせバリアと一緒に僕を斬るなんていう芸当は出来ないでしょ?」
「……っ」
ユニコーンの言っていることは正鵠を得ているようだった。
千里は苦い顔をしている。
確か、本物は見たことがないと言っていた。
ということは、イメージが弱いということなのだろう。
私達の力の源はイメージ。
その、最も大事になるイメージが弱いというのは、やはり具現化に多大な影響を与えているようだ。
「今度こそ串刺しになりな! 偽アーサー王!」
一斉に飛ぶユニコーン。
間髪入れずに襲いかかった攻撃は、千里の鞘によって全て弾き返していた。
「ちぇっ。複製品とはいえ、鞘は硬いなぁ。それじゃ、こういうのはどう?」
分身が、更に分身する。
数は単純に、倍の128体になっていることになる。
「ちょっと趣向を変えるよ。どのくらい耐えてくれるかな?」
一列になったと思うと、千里に息をつかせぬ波状攻撃が襲う。
全方位からの攻撃から、一点集中へと攻撃手段を変えたのだ。
千里は、前に鞘を掲げ続けるも、その表情は明らかに辛そうにしている。
私でも知っている聖剣エクスカリバー。
それを模倣し、具現化させることは、相当な負担になっているようだ。
そうでなくても、森川先輩を模していた時にだって力を消費していないわけじゃない。
「その顔は効いてる感じだね。それじゃ、今度こそ、終わりにしよっか!」
一斉に飛び上がり、一斉に千里目掛けて襲いかかる。
100体を超えるユニコーンが、列を成して、一直線に降りかかる。
そうだ。
私は、この時を待ってたんだっ……!
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