40話 偏在
「へぇぇぇ、へぇぇっ! 面白い! 面白いよ、君たち!」
私たち2人を相手に、なおも余裕の笑みを続けるユニコーン。
何よりもユニコーンを歓喜させているのは、千里の攻撃だった。
さっきまではバリアが一切通らなかった千里の剣。
それが、先の剣を持ったことで、いとも容易く切って捨てたのだ。
初めてそれを見たユニコーンの顔は、驚愕と、憤怒と、そして何より愉悦という感情が籠もっていた。
その妙な感情は、決して気持ちの良くない笑顔という表情を浮かべさせた。
それからというもの、ユニコーンの攻撃からは「遊び」が消えていた。
私と相対していた時のように、手心を加えての攻撃は、一切無くなっている。
「はぁあああっ!」
「やぁあああっ!」
私と千里の波状攻撃。
旧知の仲であるかのように、互いが互いを補い、息もつかせぬ攻撃を繰り広げていた。
私が攻撃したら千里が。
千里が攻撃したら私が。
私の攻撃は、相変わらずバリアを叩くのみで、あまり効果は出ていないものの、千里の攻撃が油断ならないせいか、守りに徹している。
「うんうん、久しぶりに楽しめたよ。でも、そろそろ終わりにしようかな」
「強がりは言わないことよ!」
「あはは! 面白いよ、君。僕が強がりなんて言うと思った?」
防御一辺倒だったユニコーンが、急に動きを変えた。
右手を前に出す。
それを見て、思わず攻撃の手を弱め、距離を取る私たち。
そう、その行動は奇妙でしかない。
ユニコーンが攻撃に使ったのは頭から生える角だけ。
防御には、手を出すまでもなく、常に張られている見えないバリアがある。
今更になって、手を出すということに、寒気を覚える。
「いい判断だね。でも、もう君たちは助からないよ。何たって……僕を本気にさせちゃったんだからね!」
全身を覆う黒い包帯。
その包帯が、右手を覆っているところから、徐々に剥がれていった。
包帯が取れるにつれて、ユニコーンの姿が消えていく。
最後の包帯が落ちたとき、目の前には誰もいなくなっていた。
「ユニコーンっていうのはね、鹿だったり山羊だったり、はたまた大きかったり小さかったりするんだ。それはね、姿があまりに目に見えなかったせいなんだよ。そういう意味じゃ、君らの付けた名前は正しいのさ。何たって、僕はこうして、姿を消せるんだから!」
音がしたと思うと、身体に衝撃。
同時に、私は吹っ飛ばされていた。
吹き飛んでいる間に、何とか体勢を整えるも、状況が分からず頭は混乱するばかり。
一体何が起きたんだろう。
考えている間も無い。
次は、千里が吹き飛ばされていた。
同じく受け身を取ってダメージは最小限に抑えられたようだ。
「フフフ……どこまで耐えられるかな? 楽しみだよ!」
どこからともなく聞こえる声。
それを聞き届けたかと思うと、再び襲う硬い物質。
見ることすら出来ないため、反応するという以前の問題だった。
ただ、一方的にダメージを食らうのみ。
痛みなんて無い。
今はあるはずがない。
だからこそ、余計に感覚が狂ってくる。
そして、そのせいで、見えない敵が、殊更に見えなくなっていた。
感覚が研ぎ澄ませられない。
見えないながらも、気配はある。
ユニコーンの動きは常に機敏。
揺れる空気や音、極微な振動などを捉えられなくもない。
ただ、それ以上に感覚が鈍い。
痛覚が無くなっているのみならず、全体的な五感が鈍くなっているように思える。
これでは、探しようがない。
半分諦め掛けた、その時。
「弱気になっちゃダメだっ!」
檄を飛ばされ、ハッとする。
「奴は、攻撃に角を使ってない。つまり、本当に実体が消えてるんだよ! だから、展開されてるバリアで体当たりするしか攻撃方法が無いんだ。攻撃力は大したこと無いから、もっと冷静になってっ!」
声を張り上げているのは京さんだった。
先ほどから、第三者として冷静に見ていられたが故の助言。
そう言われればその通りだ。
奴は、攻撃の要である角を使っていない。
逆に言えば、それが弱点。
攻撃力を落とす代わりの、姿を見せないという防御。
敵の姿が消えたことで冷静さを欠き、そのまま蹂躙されることが、最悪の事態であることに気づかされた。
そして、同時に思いつく。
「千里、私の後ろを守って!」
「一子……? あ、分かったです!」
察してくれた千里と、背中合わせになる。
そう、個々で立っていては、どちらが標的になるだけ。
それなら、的を絞らせればいい。
そうすることで、対処も出来る。
せめて捕まえられれば、そこから攻撃できるかもしれない。
背後を預け合ってしばらく。
ユニコーンに動きが無い。
あれだけ頻々に動き回っていた気配が、一切無くなっている。
「……どうしたの、ユニコーン。掛かってきなさい」
「やめたやーめた。おちょくるのはいい加減やめるよ」
距離を置いた場所から姿を現すユニコーン。
包帯の下に隠された真っ白な肌を晒す姿は、伝説を彷彿させる。
「まぁでも、僕の本気は、こんな攻撃じゃないよ。キーパー相手に使うのは、3度目かな。ユニコーンロングホーンアンリミテッドバニシングパーフェクトアタック、見せてあげる!」
「長ったらしい名前です」
ちょっと胸に刺さったのか、ユニコーンの顔がヒクついた気がする。
「まずは、そこの、真似すらし損ねた金髪新人からだ。ついでに、そこの真似っこ新人も倒せちゃうかな? 行くよ、地獄への片道切符だ!」
「……っ!?」
目の前に見える光景。
それは信じがたいものだった。
まばたきをする合間に、ユニコーンの姿が1体から2体、2体から4体、4体から8体…………
最後には、64体まで増殖していた。
そして、各々が、全く別の動きをしている。
「僕の特殊能力、遍在。ここにいる全てが僕で、ここにいる全てがそれぞれの僕だ。僕自身の意志で動くことも、僕ら個々の意志で動くことも、思いのままさ。それはつまり、こういうことが出来るっていうことだよ!」
64体のユニコーンが、私たちの周囲を囲みながら走り回る。
一定の法則は無く。
それぞれがバラバラに。
それでいて逃げ道を作らせずに。
ユニコーンのスピードはそのままに。
追いかける視線は、どれを追うべきかも分からない。
そもそも1体を追いかけるだけで精一杯だったのに、どう追っていけというのか。
頭は混乱を来していく。
「行くよっ! ユニコーンロングホーンアンリミテッドバニシングパーフェクトアタック!」
縦横無尽に飛び回っていたユニコーンたちが、1体の合図を機に、一斉に飛びかかってきた。
迫る64本の角。
串刺しにされれば、当然ながら命は無い。
その、死を与える角は、私の隣にいる千里に集中されていた。
「動かないで!」
愛さんの指示が飛ぶ。
何か行動を起こそうとしていた千里の動きがピタリと止まり、その場に静止する。
次の瞬間。
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