39話 覚醒
「さて、残ったのは君たちだけだね。本当は騎士姉ちゃんと戦いたかったけど……まぁ、年少者たるもの、年長者には順番を譲らないとね」
笑顔で少しずつ距離を狭めてくるユニコーン。
対して、私たちは、じりじりと後退するしかない。
愛さんを前にして、京さん、私、千里の順番に並んでいる。
ユニコーンが前に来ては、私たちの集団が後ろに下がる。
それを6回ほど繰り返す。
「ちぇっ、やっぱり残りカスはつまんないや。逃げることしか出来ないんじゃないか。騎士姉ちゃんは、あんなにすごかったのになぁ」
好き勝手言われようと、こればかりは耐えるしかない。
ユニコーンの言っていることは事実だ。
愛さんは守りの力だし、私と京さんは閉める力。
唯一、千里が戦闘能力に秀でているけれど、ユニコーンと戦えるだけの技量は、恐らく無い。
結論としては、逃げるのが最善の手段だ。
「あっ、そうだ! そこの金髪新人さん。謝っておかないとね。ごめんよ、お金はちょっと工面出来そうにないよ。だって、君らがゲート閉めちゃうんだもん。でも、今度は必ず用意しておくから、もう少し待っててね!」
「勝手に言ってるがいいです」
「強がりは言わないほうがいいって。楽になりなよ。お金があれば、君の大事な教会は建て直せるんだ。建物も綺麗になるし、言うこと無いじゃない?」
「黙るといいです!」
いつの間にか、剣を右手に突撃する。
ユニコーンに斬りかかるも、剣は届かない。
張られたバリアによって、数10センチ離れた場所で静止している。
そうなることが分かっているかのように、ユニコーンは避ける動作もすることなく、直立したままでいた。
「騎士姉ちゃんよりも随分劣化してるね。バリアなんてかすり傷もついてないよ。見よう見まね?」
「……黙るです」
「あはは! 図星かな? やっぱり君の姿は、あの騎士姉ちゃんを模倣しただけなんだ!」
ケラケラと笑うユニコーン。
悔しさに肩を震わせ、剣に力を込める千里。
しかし、無情にも、剣は一切ユニコーンに斬り込めていなかった。
「残念だけど、君には騎士姉ちゃんの真似なんて到底出来やしないよ! 君には力が足りなすぎる。そんな力じゃ、僕には絶対に勝てない!」
「黙るです! 黙るです!」
涙を浮かべてバリアを叩く。
そう、きっと千里が一番分かっている。
この程度では、ユニコーンを倒せない。
森川先輩を、無様に模しただけでは勝てない。
握っている剣は、シングメシアに似ているようで、全くの偽物。
誰から見ても、イミテーションにもなっていない。
悔しさと。
情けなさと。
そして己の無力さを思うが故の涙。
バリアを叩くのは、駄々っ子のように、いたずらにぶつけているに過ぎない。
一生懸命やっているのに。
負けないように、頑張っているのに。
負けられない戦いだと分かっているのに。
力が及ばない。
その思いが、今の千里の頬を伝う涙となっている。
気づけば私も泣いていた。
己の無力さもそうだけど。
それ以上に、友達がこれほど貶されているのに、何も出来ない自分が嫌だった。
何か声を掛けられればいいのに。
せめて、ユニコーンの言葉を否定してやれればいいのに。
何も言い返せない自分がいる。
友達に、何も返せない自分が、とても卑しい存在に思えた。
千里は、こんな短い間に、私にたくさんのものを与えてくれた。
それなのに、いざお返ししようと思っても、その力が無い。
それがとても悔しくて。
ただひたすらに口惜しく。
ただただ、自然に涙が溢れていた。
「あはは、滑稽滑稽! 楽しくて仕方ないよ。どれだけやっても、無駄は無駄。所詮、君はその程度なんだよっ!」
ついにユニコーンが攻勢に出る。
一瞬の隙を突いて、千里の持つ剣を頭の角で弾き飛ばしたかと思うと、即座に千里の胸を狙う。
「今度こそ、さようなら、新人さん! お父さんには、しっかりお金を残してあげるから安心してよ。君の命でね!」
このままでは、本当に千里が死んでしまう。
結局、何も出来ないのだろうか。
諦める?
嫌だ。
そんなことは絶対にしたくない。
友達を…………
千里を見殺しになんてしたくない。
それなら、力を得よう。
どんな力?
何でもいい。
一番、イメージしやすい力を。
今、私の中で最も「強い」というイメージ。
イメージ。
イメージ。
イメージ。
イメージ……
イメージ…………
イメージ!
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
剣を握りしめ、吶喊する。
まず狙うのは角だ。
千里を狙う、邪な角。
軽く払って、千里を助けないといけない。
「何っ!?」
余裕の表情を浮かべていたユニコーンが、驚きの声を上げ、思わず飛び退き、距離を取った。
おかげで剣は空振りになったけど、結果として千里を助けられたんだから、良しとするべきだ。
「い、一子……?」
「え、えっと……いっちゃん、なの?」
「……朝生さん?」
驚愕するあまり、声が出ない3人。
それは、無理からぬこと。
私の容姿は、一変していた。
部分鎧という、胸から胴、肩しか無い鎧。
手には、肘あたりまでを守る大きな小手。
細い金属を編み込んだ、長いスカート。
そして、銀髪。
ただ、少しだけ自分らしさを出すために、髪はショートにしているのはご愛敬。
私は今、森川先輩に成りきっている。
「千里……ユニコーンを倒そう。一生懸命を笑い、貶し、落としめ、嘲罵して、笑い者にする奴を……私は許せない!」
「で、でも一子。やっぱり私には、力が足りないです……」
「それを言うなら私だってそうだよ」
「一子……」
千里の瞳を覗く。
そこに、自信は見えなかった。
ユニコーンに貶められ、普段は輝いている千里の瞳から光が消えていた。
私は、千里の肩に手を置いて、ゆっくり語りかける。
「大丈夫、私たちならやれる。それに、私はまだ、森川先輩の真似しか出来ないけど、千里なら、もっと自分らしく戦えると思うよ」
「私らしく……?」
「うん。森川先輩の真似じゃなく……千里は、もっと千里らしく。その方が、きっと、もっと強くなれる気がする」
剣を握りしめる手に力が籠もる。
見据える先は、ヘラヘラと笑うユニコーン。
「あははっ! みんな、真似っこが好きだね。でも、本物の騎士姉ちゃんならまだしも、偽物相手に、僕は負けないよ!」
突撃してくるユニコーン。
そして、角の攻撃が繰り出された。
こうして対峙すると、本当に信じられないスピードで角を突き出してくる。
だが、それを軽く剣でいなす。
「へぇ、すごいね。太刀筋まで似てるよ。本当に、君はどこまで自分を持たずに、人真似ばかりしてるんだい?」
「そんなことに恥を知ることは無いわ。事実、その猿真似に追い込まれてるのは、あなたよ、ユニコーン」
「あはは! そんなこと言われるのは心外だなぁ。僕は、ほんの少しも追い込まれてなんていないよ!」
その言葉を体現するように、まるでマシンガンのごとく、繰り出される突き。
がむしゃらに放たれているように見えるそれは、一発一発の速度、重さ、共に次第に増している。
攻撃を捌いている剣には、その力が伝わっていた。
まるで、私の力量を試している……
いや、遊んでいるようだった。
それでも、繰り出される突きは、気を抜けば、それこそ一瞬の内に私の心臓を貫くだろう。
正直に言えば、さっきの私の言葉ははったりだ。
ユニコーンの言うとおり、追い込んでなどいない。むしろ私が追い込まれているのが笑えない。
私では適わない。
それは重々承知だ。
だからこそ。
「もらったでーす!」
油断しているユニコーンにクリーンヒットするのは、千里の剣。
ただ、当たったのは、ユニコーンのバリアだった。
「ダメダメ、君じゃ力が足りないって言ったじゃない。それこそ、そこの偽騎士姉ちゃんよりもダメダメだよ!」
「う……」
「千里はダメじゃないっ!」
意気消沈する千里を、励ますように剣を切りつける私。
かく言う私の攻撃も、バリアに阻まれていた。
それでも、何度となく叩きつける。
同じ結果が続いても、攻撃の手を休めたりしない。
「もっと……もっと自分を信じてっ!」
「一子……」
「千里の……ううん、私たちの中には、もっと無限の可能性が眠ってる! そして、それは、自分を信じてあげないと、決して発現しないものなの! お願い千里……自分を信じて!」
「私を……信じる」
刻みつけるように、ゆっくりと口にする千里。
その千里に変化が表れる。
「私は、樫木・ランバ・千里。私は、大好きな教会の跡を継ぐのです。パパの時みたいに……ううん、それ以上に素敵な教会にするです。こんなところでへこたれてなんていられないです!」
千里が手に持っている剣。
それが、シングメシアではなくなっていた。
見たことのない剣。
でも、その剣の形状。
刃の美しさ。
そして、光の輝きは、とても神々しい。
「ありがとう、一子。私、やるですよ。だからお願いです、一子。力を貸してくださいでーす!」
「うんっ! 行こう、千里!」
手を取り、一緒に立ち向かう。
目の前にいる脅威を倒すために。
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