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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第二章 樫木・ランバ・千里 ~ユニコーン討伐録~
32/88

32話 一瞬の油断

挿絵(By みてみん)

「今日は、樫儀さんはお休みになります。実は、家が……」


 朝のホームルーム。

 望先生が、口を重くしながら話す。

 

 千里の家が焼けてしまった。

 私が泊まったその晩に。


 今も忘れることが出来ない。


 目の前に広がる、赤い怪物を。




 布団にくるまってから、私は慣れない枕なのにも関わらず、熟睡していた。


 疲れていたせいもあっただろうけど、それ以上に寝心地がよかった。


 布団からお日様の匂いがした。

 とてもフワフワだった。

 きっと、毎日のように日に当てられているのだろう。

 暖かな日差しに包まれているかのような状態は、私を深い眠りに誘うには充分だった。


 まさに夢心地で、現実との境を行き来していた、その時。


「一子、起きるですっ!」


 突如として揺り起こされ、不機嫌な顔を無意識に向ける。

 しかし、肌に感じる熱気は、生存本能を刺激し、眠気などすぐに吹き飛んでいた。


 熱い。


 夏の暑さとは違う。

 熱源を持って感じる熱。

 悪意を持って広がる炎の熱。


 突然の出来事に、私の頭は真っ白になる。


「何してるですか! ここから逃げるです!」


 着の身着のままで、開いた窓に誘導する千里。

 ふと見れば、炎はすぐ近くに迫っている。

 私は、無我夢中で手近にある制服を持って転がり込むように窓から外へ出ていた。


 そこには、私にとって異様な光景が広がっていた。

 家の中で炎が燃え盛っている。

 煙が窓からモクモクと立ち上がる。

 少しずつ崩れていく家は、まるで悲鳴をあげているかのようだった。


「よかった、パパも無事でーす」


 ぼんやりと炎を眺める千里のお父さん。

 あれだけしっかりしていると思ったお父さんが、今は抜け殻のように、口を開けて焼ける我が家を見つめている。


 サイレンが近づきつつある。

 誰かが通報してくれたのだろう。

 消防士さんが駆けつけ、神業のごとくホースを伸ばすと、放水しはじめる。

 消火する景色を背景にし、千里がお父さんに駆け寄る。


「パパ、大丈夫……?」


 娘の呼びかけにも応じず、廃人のように立つお父さん。

 そのお父さんの口から出た言葉は。



「せめて、建て替えるだけのお金があればいいがな……」




 静かに漏らした願望。


 お父さんからすれば、気弱になった時に出ただけのもの。

 許容されるべきちょっとした弱音。

 どんなに強い人でも、僅かに見せた弱い姿。



 それが、今、仇となった。




「そんな少ない額でいいの? まぁ、拾えないよりはいいか!」


 辺りに響く、無邪気な笑い声。

 声は、きっと私と千里にしか聞こえていないし、ましてや姿なんて見えるはずもない。


 いつの間にか、私たちの上空にいた、頭から角の生えた少年。

 輝く光を、ボールのように上に投げてはキャッチを繰り返している。


 輝く光。

 それこそ、人の願いだということを知っている。


「やったね、新人キーパーちゃん。これで教会は建て直せるよ! この前のキーパーの子の願いと一緒に持ち帰ってあげる! あぁ、大丈夫。お礼なんていらないよ。早く家が直せるといいね!」


 ユニコーンが、満面の笑みを浮かべて、私たちを見下ろす。


「な、何を勝手なこと……!」


「一子、やめるです」


「でもっ!」


「やめるです!」


 制止する千里の手を見てハッとする。

 拳を震わせている。


 千里は冷静だった。


 この場で戦おうにも、戦えるはずがない。

 むしろ、この状況でユニコーンを刺激してはいけない。

 ここは、ひとまず引き下がるしかないのだ。

 ここは我慢しなければならないところなのだ。


「よしよし、いい子だね。それじゃ、今度のゲートの解放日、楽しみにしてるよ! 君にとって良いことなんだから、僕のことはちゃんと通してね。それじゃ、バイバーイ!」


 勝手なことばかり、勝手に並べ立てるユニコーン。

 そのまま夜空に消えようとした間際、わざわざこちらに振り返る。


「あ、ちなみに、放火させたのは僕だよ。以前に、バカな人間の願いを一つ聞いて上げてただけなんだけどね。誰にも気づかれず、どこかに火をつけたいっていう願望をさ。まさか、こんな形で役立つなんて思わなかったよ。これも人の縁ってやつなのかな? ま、それはともかく、今度こそバイバーイ!」


 子供の自慢話のように話していくと、夜空にとけ込むように消えていった。

 千里は、お父さんの腕を強く抱きしめ、震えていた。

 その震えは、怖いのか、怒りからか。


 私には分からなかった。






「そう、そんなことが……」


 放課後の退魔部。

 露草先輩の口漏れた言葉は、ため息にも似る。


「今日、千里は休みなのか?」


「はい。たぶん、仮住まいを探してるんじゃないかと」


「そうか。まぁ、それは学校より大事なことだろうしな。とにかく、私たちも、千里に出来る限りの支援をしよう」


「はい。是非、そうしましょう。あくまでも、樫儀さんが遠慮しない範囲で」


「愛ちゃんに賛成~!」


 森川先輩の意見に、狩野姉妹が推し、露草先輩が笑って肯定の意を示す。


「そういえば、私たちが火事の現場を見ているところにユニコーンがいたんですけど、肉体を持ったままで悪魔と戦うことは出来るんですか?」


「残念ながら、それはあまり効果がない。奴ら悪魔は、質量を持った物体ではあるが、あくまでも思念体だ。だから、肉体を宿したまま攻撃することは、あまり意味がない」


「でもこの前、露草先輩がお札から作った糸で樫儀さんを連れて行きましたよね。あれはどうやって?」


「あぁ、あの時のね。実はね、あれでも護方結界の糸なのよ」


「えっ! あの小さい悪魔をみんな消失させてる結界の?」


「そう。でも、実体を持った状態で、幽体や悪魔のような思念体を攻撃しても、その程度ってこと。つまり、私たちの攻撃は、幽体の状態で、かつイメージを持って初めてまともな攻撃手段となるってことね。まぁ、それは相手からしても同じようなもので、実体でいる私たちには、例えディアボロスであってもまともな攻撃力を持たないの。つまり、実体でいる状態で遭遇したところで、お互い徒労に終わるわけ。そういう意味では、樫儀さんの判断は正解よ。その状況で攻撃したところで、力の無駄遣い。それどころか、無駄に消耗して、次の「バルティナの歪み」で100%の力が出せなくなるかもしれない。それを冷静に判断して、怒りに耐えたと思う。その心痛はお察しするわ」


 眉をしかめて言う露草先輩の声色には、明らかに怒気が含まれている。


「全くだ。だからといって、ユニコーンを討伐で倒すのは難しい。次回の「バルティナの歪み」で、全員の力で迎え撃たねばな」


「そうね。厘さんは一度ユニコーンには負けているし」


「……えっ?」


 驚きのあまり、言葉が詰まる。

 森川先輩は、それを肯定するように口を閉ざし、眉をしかめ、拳を震わせている。

 あれだけ強い森川先輩。

 その先輩が負けたなんて……

 とても信じられなかった。


「やっぱり樫儀さんには、あの力を使って貰わないとダメみたいね」


「……悔しいが、そのようだ。今回は迎撃戦。ともなれば、私もユニコーンにばかり構ってもいられない」


 唇を強く噛みしめる森川先輩。

 更に眉間に皺を寄せ、眼は鋭くしながら空を見つめている。

 その刺すような視線がこちらに向き、思わず胸を突かれる。


「京、そっちの方はどうだ。一子が加わることで、どのくらい短縮出来る?」


「それは私も気になるわね。どうかしら?」


「そうっすねー……」


 腕組みをし、深く唸る。

 しばらく考えた後。


「実際にやったわけじゃないから何とも言えないかなぁ。でも、最大で半分くらい、最低でも4分の3くらいは時間短縮出来ると思いますよ」


「なるほど、それは朗報だ」


「そうね、素晴らしいわ」


 手放しで喜んでくれる先輩二人。

 思わずにやけてしまう。


「防衛陣は頑張ってくれている。あとは攻撃陣だな」


「そうね。せめて、私がもう少し頑張れるようにならないとね」


「何を言う。五十鈴の護方結界があればこそ、私も後顧の憂い無くシングメシアを撃てるんだぞ。五十鈴は充分頑張っている」


「あらあら、珍しく褒めてもらえたわ」


「豚もおだてりゃ何とやらだ」


「木に登らずに、天に昇るかもね♪」


「……おい」


「ウソウソ♪」


「はぁ……まったく。冗談にもならないぞ」


 ため息をついてから、仕切り直す。


「とにかく、今回は京のためにも、そして千里のためにも負けられない戦いだ。ユニコーンを倒すぞ!」


「おー!」


 全員が拳を上げて、森川先輩の檄に応えた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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