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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第二章 樫木・ランバ・千里 ~ユニコーン討伐録~
31/88

31話 樫木さんから見る今のじゃぱにーず

挿絵(By みてみん)

 母に話しをすると、泊まりを許可された。

 というより、後日お礼をするから泊まらせてもらいなさい、と言われた。


 確かに、時間的には8時を超えているし、住所はというと、私の家からは正反対の位置だった。

 バスはといえば、実は既に終バスが行ってしまっていた。

 電車が通っている場所でもない。


 となると、今から帰ろうとすれば、家に着くのは早くて10時。

 車の運転免許を持っていない母は、迎えに来ることも出来ない。

 という状況を鑑みて下した、母の判断だった。



 樫儀家の食事は、質素なもの。


 ただ、家庭菜園の、採れたてである季節の野菜を、色々と手を凝らしたメニューは、このご時世では、むしろ贅沢なのかもしれない。

 そして何より、味付けが絶妙で、とても美味しかった。


 樫儀さんとお父さんとの調理場は息がぴったりで、見ていてため息が出るほど。

 次々と出される料理は、ほぼ野菜しかないのに、全く飽きがこなかった。


 どうするのかと思っていた布団も、樫儀さんの部屋に2組が敷かれている。

 立って半畳寝て一畳とはこのことか。

 かくして私は、4畳の部屋で樫儀さんと並んで布団を被っていた。


「一子、今日は家に来て驚いたですよね」


「えっ……そんなことないよ?」


「嘘はダメでーす。一子、最初はちょっとびっくりしてたです」


 まぁ、それが本当だったので、思わず黙り込んでしまう。


「教会は、決して儲かる仕事じゃないです。大きな教会から毎月お給料のようなものが貰えるだけで、生活はこの通りでーす。でも、私はこの仕事がしたいです」


「何で? とても大変そうだけど……」


「そうですねー。仕事も大変だし、生活はもっと大変です。でも、私はこの仕事をするのが憧れだし、実際にやっていても楽しいです。それはきっと、やりたくない仕事を、いっぱいのお給料を貰ってやるよりも、よっぽど良い人生が送れると思うです。少なくとも、私はパパに話しをして、そう言われたです」


「でも、やっぱりお金がないと……」


「それは本当にその通りです。お金で買える幸せもあるし、命もあることはよく分かってるつもりです。お金が無いと、今日みたいにおいしいケーキも食べられないですしね。でも、お金のために働くっていうのは、やっぱり粉末弁当な気がするです」


「本末転倒ね」


「それでしたー」


 もしかしたら、わざとではなかろうか。

 なんて、勘ぐる意味もないのでやめることにする。


「でもね、一子。おかしいと思いませんか? 生きるためにお金が必要なのは分かるけど、私たちはお金のために生きてるわけじゃないです。それなら、生きていく中でお金が得られるほうが、きっと幸せだと思うです」


 それは、きっと価値観の違いなんだと思う。


 お金が大事な人は、世の中の大半を占める。

 そのために働いている人がほとんどのように思える。

 お金がたくさんあれば、自分のやりたいことをやるんだろう。

 やりたいことの先にお金があるのは、ただの理想論でしかない。


 そう思っているはずなのに。

 樫儀さんの言葉は、私の心を確実に刻んでいる。


 私の中でも、働くっていうのは、お金を稼ぐための手段だと思っていた。

 でも、樫儀さんの考えは、そのまったく逆を行くもの。

 目から鱗のことばかりだった。


「一子は何になりたいですか?」


「えっ? う、うーん……」


 思わず唸ってしまう。

 やっぱりというか。

 私の中では、なりたいもの、という未来像がはっきりしていない。


 このまま何となく高校で勉強をして、大学に入学して、どこかに就職して、結婚して、家庭を持つのだろうか。


 それは、本当に漠然としたイメージであって……

 何かになりたい、という夢ではない。


「きっと、普通に進学して、普通に就職するのは、悪い道ではないです。むしろ、この住みにくい日本っていう国では、一番楽な道だと思うですよ」


「住みにくい? 一番楽?」


 どうにも疑問符をつけたい言葉が多い。


 日本は住みやすい国だ、とよく言われる。

 それに、これだけ勉強して頑張って。

 それが辛いのに。

 一番楽だと言われても、何だか飲み込み難い。


「私は、まだ日本にきて僅かですけど、この国で普通に生きるのは大変な気がします。普通の水準が高くて、それに乗っかるのがとても大変です。私たちの生活は、日本では水準よりも下だと思うけど、私は十分満足してます。これ以上を求めることはしないです」


 なるほど、確かにそうなんだろう。


 日本人は、周囲に合わせようとするし、比較したがる。

 だから、今以上の生活を求める。

 それを肯定することは、決して悪いことじゃないはずだ。

 だからこそ工夫をするし、だからこそ頑張れる。


「極論を言っちゃえば、きっと価値観の差。そうなんだろうね」


「そうですねー。でも、仕事を苦に自殺する人が一番多い国です。私には理解に苦しみます。きっとみんな、お金のために働いているからだと思うです。好きなことで働いた結果にお金があれば、そういうことは無いと思うです。だから、一子にも頑張って自分のしたいことを見つけて欲しいでーす」


「うん、そうだね。ありがとう、樫儀さん」


「うーん、前から思ってたですけど……一子、私のことは名前で呼ぶでーす。千里って」


「えっ、ちょっと恥ずかしいなぁ……」


「呼んでくれないと絶頂でーす!」


「それを言うなら絶交」


「それでーす」


 お互い笑いあう。

 ひとしきり笑ってから。


「もう寝よっか」


「そうですねー。明日も学校です。朝早いですよー」


「うん。おやすみ…………せ、千里!」


最後にポツリと呼んで、布団にくるまった。

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