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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第二章 樫木・ランバ・千里 ~ユニコーン討伐録~
30/88

30話 続・樫木さんと真面目な話

挿絵(By みてみん)

「そうですねー。レールから外れるのは怖いでーす」


「えっ……」


 突然の樫儀さんの言葉。

 それが胸に突き刺さる。


「一子の考えてることは何となく分かるでーす。そして、それが今の普通の感覚だというのは承知の助なのです。だって、そのレールから外れた結果が、きっとこれなのですからねー」


 思わず辺りを見回す。


 汚く見える部屋。

 とっても狭い部屋。

 工夫を凝らさないと、寝る場所も確保出来なさそうな部屋。


 それなのに…………

 何でこうも輝いて見えるんだろう。


「一子の感覚は決しておかしくないです。むしろ、私の感覚のほうがおかしいのです。みんな、貧乏が怖いのです。今の生活があまりに輝いているから、手放したくないのです。だから、我慢して自分が行きたい道を諦めてしまうです。もちろん、それは決して悪いこととは言えないです。それで、生活が維持出来るですから、責めるところなんて、何も無いでーす」


 思わず黙り込んでしまう。

 そして、樫儀さんの言葉に引き込まれてしまう。


 同級生なのに。

 日本語もまだ未熟なのに。

 なんでこんなにも、私の心を揺さぶるんだろう。


「でもね一子。今、一子たちが乗っているレールっていうのは、企業の偉い人達が、さも楽なんだとみんなに催眠を掛けて、みんなはそれに乗せられてるんだって、パパが言ってたです。私は、まだあんまり詳しくないから、理解しないでパパが言ったことを言ってるだけだけど、最近は、きっとそうなのかもしれないって思うです。よく、懺悔をパパと一緒に聞くですけど、みんな働くことが辛くて辛くて仕方ないみたいです。そんなに辛いなら、いっそ辞めて自分のやりたいことをすればいいと思うんですけど、それはみんなしないです。もちろん、それが選択出来ない人もきっといるですけど、そうじゃないのに、何故か選ばない人も多いです。それはきっと、その偉い人達に洗脳されちゃってるんだなーって思います」


 すごいことを考えている。

 でも、それは思い当たる感じもある。


 今の教育は、自分で考える力が育てられて無いような気がする。


 言われるままに教えられ、教えられた内容を覚えて、覚えた内容がテストに出て良い点が取れる。

 優秀な、考えない奴隷を作っている……

 というのは言い過ぎにしても、そういう節は否めないんじゃないだろうか。


「もっと、自分がやりたいことをしていくべきでーす。例え貧乏でも、お金が少なくても、それで自分が満足して、社会に貢献してるなら、それでいいと思うです」


「でも、私は今、そのやりたいことが無いかな……」


「それこそ、今日の望先生の言葉が効いてくるですね! やりたいことを探して、それに全力投球でーす。その経験は、きっと一子の人生にとって損は無いはずです」


「でも、どうやって探せばいいんだろう」


「うーん、それは、もう教会をやるって決めてる私には難しい質問でーす」


「あはは、確かに。っていうか私、何だか懺悔しに来た人みたいだね」


「そういえばそうですねー。職業病ってやつかもでーす」


 ふと、襖を叩く乾いた音が響く。


「千里、誰か来てるのかい?」


「あ、パパ。今友達が来てるでーす」


「そうか。入ってもいいかい?」


「もちろんでーす」


 言い終える前に、樫儀さんの方が襖を自分で開ける。

 その奥にいたのは、樫儀さんのお父さん。


 痩せてる。


 第一印象がまさにこれで、牧師さんの格好をしている皮付き骸骨かと思えたほど。

 髪も薄く、丸眼鏡をかけてヒョロヒョロしている容姿は、見ているだけでも心許ない。

 ところが、表情は精悍とし、眼は柔和な中に鋭さを宿し、姿勢を正している姿は、どんな人よりも頼りになると思える。


 これが、心の差なのだろうか。


 己を持つということ。

 己の信念に従って働いている人。


 これが、見本となる素晴らしい大人なのだろうか。


「おや、学校のお友達なのか。わざわざ遠くから、よくいらっしゃいました」


「あ、お邪魔しています。朝生一子です」


 今更のように立ち上がって、頭を下げて挨拶をする。

 樫儀さんのお父さんは、ニコリと笑う。


「千里の父の徹と申します。いつも千里と仲良くしてくれてありがとう。狭い家だけど、ゆっくりしていってくださいね」


「いえ、とんでもない。とってもいい家だと思います」


「ははは、ありがとう。ところで、こんな遠くまでどうやって来たんだい?」


「歩いてきたよ!」


 樫儀さんが元気に言う。

 それに、ため息混じりに返答するお父さん。


「……千里、ちゃんとバスを使いなさい。お友達がいるなら尚更だ」


「はーい」


 あまり悪びれた様子の無い樫儀さん。

 樫木さんのお父さんは、そんな子供を小さく叱りつけた後、ふと時計を見ながら言う。


「もう8時も半ばか。お家の方も心配している頃だろう。家に電話しておくと良いよ。良ければご飯も食べていくといい」


「いえ、そこまでお世話になるわけには……」


「いいです、食べていくですよ。良ければ泊まっていくでーす」


「泊まっていくって……」


 どこに寝るの?

 と続ける口を何とか止めた。


「もちろん、泊まってくれていっても構わないよ。でも、明日の朝はちょっと大変かもしれないね。何分、ここから学校は遠いからさ」


「えっと、そのあたりは母に聞いてみます」


「そうするといい。電話を使うならどうぞ。千里、案内なさい」


「あ、はい。ありがとうございます」


 携帯電話があるなんてちょっと言い出せず、樫儀さんに案内されて電話台の前に立つ。


 そこには、初めて見る黒電話。

 どうやるのか分からずとまどっていると。


「一子、電話使ったことないですかー?」


 ニヤニヤする樫儀さんがいた。

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