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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第二章 樫木・ランバ・千里 ~ユニコーン討伐録~
29/88

29話 樫木さんと真面目な話

挿絵(By みてみん)

 私は、樫儀さんの部屋に案内された。


 あのオンボロな建物の中。

 やはり相応に古い建物であることを物語るように、壁は汚れている。


 ただ、汚れているように見えるだけで、掃除は丁寧にされていて、清潔そのもの。

 埃一つ無いように思える。


 ただ、部屋というには狭い。

 面積は4畳。

 洋服のタンスなども無く、梁の間に棒を巡らせ、そこにハンガーをかけて洋服を保管しているみたいだった。


 座布団を出してもらっており、そこに鎮座する私。

 置いてあった、脚を折り畳むタイプの小さなちゃぶ台を展開させ、目の前に置かれていた。


 何というか、昔ながらの工夫を凝らした部屋だった。


「あははっ! 一子、びっくりしてるですねー」


 言いながら、襖を足で開ける。

 お盆で両手が塞がれているが故の行動だが、何ともお行儀が悪い。

 制服から着替えた樫儀さんは、ゆったりとした黄色のTシャツに黒のハーフパンツという、気軽な格好になっている。

 お盆からお茶とお菓子をちゃぶ台に置き、ゆっくり座ると、煎茶を飲む。


「はぁ~……」


 うっとりとした目をして、頬を僅かに赤らめ、春の空気の中で、僅かに白く見える息を漏らす。


「何というか、樫儀さんは日本人以上に日本人らしいよね」


「何言ってるですかー。日本人の血も混ざってるですよー」


「まぁ、そうなんだけどさ」


 私はいただいたお茶を飲む。

 口の中では、程良い温度のお茶が転がり、苦みと渋み、僅かな甘さが舌を刺激する。

 思わず、はぁ~、と吐息を漏らす。


「一子も日本人でーすねっ!」


「私は生粋の日本人だしね」


「そうでしたー」


 お互いにコロコロと笑いあう。

 しかし、あることを思いだし、思わず表情が曇ってしまう。


「ん? どうしたですか、一子」


「あ、あのさ。ごめんね」


 私の後悔。

 

 幽体になっている中、宙を泳いでいた私を抱き留めてくれた樫儀さん。

 冗談で、空中に立たせようとさせて、大怪我を負うところだった私。

 

 その謝罪として、ほんの軽い気持ちで、ちょっとした報酬であるケーキを求めた。

 でもそれは、想像以上に重荷のようだった。


 この家を見て……

 何より、900円を払いきれなかった樫儀さんを見て思う。


 あれは、言ってはいけない一言だったのだと、そう悟った。


 なんて、こっちは後悔の念でいっぱいなのに。

 一方の樫儀さんは、アホみたいに口をポカーンと開けて見つめているのだった。


「あ、あの……樫儀さん?」


「ん、何ですか一子?」


「あの、ごめんって」


「うーん、ごめんです一子。一子が何について謝っているのか分からないのです」


「あ、えっと、その。私が謝ってるのは、無理矢理ケーキを奢らせちゃったことなんだけど」


「それについて、一子に謝ることがどこにあるですか?」


「それは、樫儀さんの家庭の事情を少しも気にしなかったから……」


 正確には、ここまでとは予想もしていなかったということなんだけど。

 私の言葉を受けて、樫儀さんは腕組みして長考した後に。


「……なるほど、そういうことですかっ!」


 右手の拳を、左の掌にポンと打ち付け、頭には電球をピカピカさせる。

 ……何というか、古い。


 そんなことはさておいて、樫木さんは言葉を続ける。


「それは一子が謝ることじゃないでーす。むしろ謝るべきは私だから、ケーキをごちそうしたです」


「いや、それが悪かったなぁって……」


「そんなことないです。今日、一子があそこに連れて行ってくれなかったら、私はきっと、あのおいしいケーキに出会えなかったです。それは、何よりも喜ばしいことで、私が感謝こそすれ、謝られることは何も無いでーす」


「いや、そうじゃなくてね。生活大変なんでしょ? それなのに、高価なケーキを……」


「お金のことは気にしないでいいでーす」


「そんなこと言っても……」


 私がまごまごしていると、樫儀さんの次の一言。


「私がしばらく考えてしまったのは、お金は大事、という感覚がいまいち無いからなのです」


「えっ?」


 この一言に、驚きのあまり、呆気にとられた。


 お金は大事。

 お金のために働いている人が大半だし、お金のために人が死ぬこともある。


 でも、何をさしおいても大事なものか、と言われると、口ごもってしまう。

 でも、やっぱり大事なもの。


 普通の人は、大抵はこういう感覚なんじゃないだろうか。

 それなのに、樫儀さんは、お金があまり大事ではないという。


「でも、お金が無いと不便でしょ?」


「もちろん、お金があると便利だし、無いより有る方がきっといいでーす。でもね一子。お金のために働くっていうのは、私にとってはちょっと違う気がするです。自分がやりたいことの先にお金を得られる。これが本来だと思うですよ」


「それはそうだろうけど……」


 それは理想論だということは、言うまでもない。

 

 誰だって、なりたい自分になりたい。

 やりたいことを仕事にして、それで食べていけることは、きっと幸せなことだ。


 でも、それを実現させることは難しい。


 だからみんな、勉強をして、良い学校に入って、就職する。

 結局はそういうこと。


 樫儀さんの言うことは理想論だ。

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