27話 先輩たちの冷戦
「あらあら、いい顔してるわね」
「はへ?」
惚けた顔をしながら声を掛けられた方を向くと。
「朝生さんに樫儀さんまでいるなんて思わなかった。その顔は、かなり満足してる顔ね」
「露草先輩に森川先輩じゃないですかー」
「はぁい、露草先輩よ」
「…………」
ご機嫌な露草先輩に、何だかばつが悪そうに……
というか、少し顔を赤らめている森川先輩。
赤らめている理由は、次の樫儀さんの言葉で判明する。
「先輩たちは、よくここに来るですかー?」
「私は付き添いよ。好きなのは厘さん」
「ばっ……それを言うなと」
「森川先輩、甘いもの好きなんですねー。って、また露草先輩のウ・ソ♪が始まるんじゃ」
般若のような顔をする樫儀さん。
それを見て、笑いながら露草先輩。
「残念だけど、ホ・ン・ト♪」
「そうですかー」
「……それをバラすなと」
深いため息をつく森川先輩。
何だろう。
怖いと思っていた森川先輩が、今は何だか妙に可愛く見える。
そして、恐らく、そう思われるのが嫌だったのだろう。
妙に落胆しているように見える。
「露草先輩は、甘いものは好きですかー?」
「えぇ、私は何でも好きよ。だから、厘さんに付き合うついでに、私もここのケーキの味を堪能するの」
「ま、それ以外にも目的はあるんだがな」
一瞬だけ凍る空気。
その原因は、露草先輩の発したオーラ以外の何者でもない。
その空気だけで、私と樫儀さんは、顔がひきつり、恐怖から来る笑顔を作るしかない。
「……厘さん?」
笑顔で凄みを見せる露草先輩。
それに全く動じないでいる森川先輩は、余裕の笑みというか、小悪魔のような顔を浮かべて、こう続けた。
「五十鈴はな、ここでストリートファイトしてるんだ」
「おー、それはワイルドでーす!」
「いや、それは無いでしょ」
疑うことを知らない純朴な樫儀さん。
私も思わず反応してしまった。
一方の森川先輩も、予想外の反応に若干戸惑いを見せている。
「……さすが千里、そうくるとはな。まぁ、一子は分かってるだろうが、実際のところはこいつだ」
そう言って、目の前に携帯ゲーム機が置かれる。
画面には、格闘ゲームが映っている。
「今流行のこのゲーム。他のゲームの例に漏れず、オンライン対戦が出来るんだが……未だかつて無敗という伝説の人間がいる。まぁ、このゲームに限らず、ジャンルを問わず、全てのゲームにおいて無敗を誇ってるやつが、この喫茶店……マロンド付近のネットワークに不定期に現れる「すずっちょ」という奴だ」
私はゲーム機にはあまり詳しくないけれど、このご時世、ネットワークを利用したオンライン対戦が出来ることくらいは分かる。
そんな不特定多数の中で無敗なんて、どれだけ凄いことなのかは想像がつく。
「露草五十鈴という名前こそ仮の名。ゲーマー業界では知らないものがいない程の凄腕ゲーマー「すずっちょ」とはこいつのことだ」
既に諦めの表情の露草先輩。
してやったりという顔をする森川先輩を、恨めしい視線で突き刺すも、森川先輩の方は全く気に留めていない。
「おぉー、聞いたことあるでーす! 全戦無敗のすずっちょ。まさか露草先輩だとは思わなかったでーす!」
「ウソよ」
「残念ながら、その一言は私が阻止してやろう」
ゲーム機を取り出した先は明らかに露草先輩の鞄。
それを物語るように、落下防止の伸び縮みする螺旋状のゴムのチェーンが、露草先輩の鞄とゲーム機がくっついていた。
そして、おもむろに電源ボタンを押すと、ゲーム機のトップ画面になり、プロフィールが表示されている。
名前の欄にはやはり「すずっちょ」と記されていた。
「厘さん、人の秘密を暴露して、何がそんなに楽しいのかしら?」
「はて、先に私が甘いもの好きだと暴露したのは、どこの誰だっけか?」
先輩2人が、笑顔を湛えている。
ただ、頭には怒りマークを3つほど浮かべ、背景は噴火した山々という、一触即発というか、すでに絶賛大爆発中。
私と樫儀さんは、抱き合いながら震えて、ただ災禍が過ぎるのを待つことしか出来ないでいた。
そんな地獄に、天使が舞い降りた。
「お待たせしました。ケーキセットでございます」
店主さんが、全ての空気を断ち切るように、ケーキセットを持ってくる。
白衣の天使……と言うべきなのか。
青髭の出来た、彫りの深い顔をした中年の男性。
それでも、私たちには、蜘蛛の糸のごとく、地獄に突如として現れた救世主にしか見えなかった。
「さ、さぁ。先輩たちも食べるでーす!」
何とか流れをケーキに持って行くべく、樫儀さんが声高に言う。
先輩2人は、同時に視線を逸らし、深いため息をついた。
「……ケーキを不味く食べるなど、不敬極まりないからな」
「……了解。お互い様ってことで、手打ちにしましょ」
ハイタッチすると、背景は元に戻り、ようやく穏やかな2人に戻った。
本当に、仲がいいのか悪いのか、分からない。
額にかいた冷や汗をハンカチで拭うと、4人でのお茶会を開催したのだった。




