26話 約束の地へ
帰り道。
校門に向かう樫儀さんに声を掛ける。
「ねぇねぇ、樫儀さん。この前の約束、覚えてる?」
「約束?」
「とぼけてもダメだよー。駅前にあるマロンドのケーキのこと!」
「あ、あのことですね! もちろん覚えてるでーすっ!」
「そうそう。部活もちょっと早めに終わったし、今日行けないかなと思って」
「今日ですかー……ちょっと待ってくださいねー」
そう言って、なにやら鞄の中に顔を突っ込んでいる。
時間にして20秒ほど。
鞄怪人となった樫儀さんを見つめ、不安を覚え始めたころ、突然顔を上げる。
「うん、大丈夫ですね。行きましょうー!」
いつも通りの樫儀さんになり、むしろ私の手を引っ張っていく。
奢らされる側が手を引っ張るという、ちょっとおかしな状況に、思わず笑いがこみ上げてきた。
「あら、一子、笑ってるですねー。そんなに楽しみにしてたですかー?」
「あ、うん。楽しみにしてたよ。マロンドのケーキは一度食べると病みつきになっちゃうって言うしね」
「そうですかー、私も楽しみでーすっ!」
そんな樫儀さんの笑顔が、マロンドに到着すると一転、ひきつった笑いとなってしまった。
マロンドは、駅前の商店街通りにある喫茶店だけれど、店構えがすごい。
何がすごいって、まるで西洋の城のよう…………
いや、城のよう、じゃない。
小さいながらもお城そのものだから。
本格的な石造り。
窓も大きく、屋根は特徴ある城独特の形で、扉も跳ね橋になっている。
周囲の建物はというと、昔ながらの八百屋さんや魚屋さん、お肉屋さんが並ぶという、いわゆる下町商店街で、あまりにも目立つ。
そこに突如、警報音が鳴り響く。
「ひぇっ! 空襲ですか?! 鬼畜米英ですか?!」
イギリスのハーフがそれを言うな。
という突っ込みはともかくとして。
この警報音は跳ね橋が降りてくる音だ。
この跳ね橋。
別に壕があって掛けているわけではなく、跳ね橋が降りると商店街の道に架かることになる。
商店街の道そのものは、車が何とか通れるくらいであるため、跳ね橋が降りると道の半分ほどを占めることになる。
この警報音は、その橋が降りてくるという警報音なのだ。
店主はこの警報装置の取り付けに断固反対していたようだが、店に出入りする際に通行人を巻き込んで倒してしまった事件が起きたことから、渋々承諾したらしい。
ゆっくりと倒れる跳ね橋を避けて見送っていると、店内から声を掛けられる。
「おかえりなさいませ、お姫様。お2人様でよろしいですか?」
深々と頭を下げているのは、シェフの格好をした、30代半ばくらいの色黒な男性だった。
この人が店主さんらしい。
「さぁ、どうぞ中へ!」
不思議な力に圧倒され、中へ誘われるままに入っていく。
外見とは裏腹に、中は普通の喫茶店で、床はフローリング、壁は白で清潔感がある。
所々に天使を描いた聖書のような絵が飾ってあり、雰囲気を醸し出していた。
テーブルは四角のものがバランス良く並べられ、真っ白なテーブルクロスを掛けられている。
そのテーブルに、椅子がそれぞれ4つずつ。
その椅子に腰掛けると、店主さんが黒板に書かれたメニューを持ってくる。
「本日はいかがなさいますか?」
黒板を見ると、限定のメニューのよう。
その中に、ケーキセットの文字が。
お値段も450円と、高校生には高いと思いつつも、非常に良心的に思える。
実はこういうお店は初めて来た私。
緊張して、声を上擦らせつつ。
「き、今日のケーキは何ですか?」
「本日のケーキは、ベーシックなショートケーキです」
「じゃ、じゃあそれでお願いします」
「かしこまりました。お飲物は、コーヒー、紅茶、各種フレッシュなジュースを用意してありますが」
「じ、じゃあオレンジジュースを」
何とか言い切る私。
ホッと一息ついていると、樫儀さんは。
「同じので紅茶でーす!」
あっさりと言い放つ。
「かしこまりました。少々お待ちください」
離れていく店主さんを見送ると、途端に張りつめた緊張が解ける。
「あはは、緊張しちゃった」
「一子、このお店は初めてだったですねー」
「うん。でも、味は確かだって、もっぱらの評判なんだ」
「そうなんですねー。私は初めて知ったでーす!」
お店のあちこちを見渡して、物珍しげに見ている樫儀さん。
天使の絵は気に入ったようで、特に時間を長く割いているように思える。
私は私で、樫儀さんをじっくり観察していると、目の前にケーキと飲み物、バタークッキーと生クリームが出される。
「お待たせしました。ケーキセットをお二つ、紅茶とオレンジジュースでお持ちしました。生クリームはクッキーにお好みでつけてください。ごゆっくりどうぞ」
店主さんは、次のお客さんが来たらしく、跳ね橋を降ろしに行ったようだ。
「さぁ、一子。食べられるといいでーす!」
「そういうときは召し上がれって言うんだよっ。っていうか、それじゃ私がケーキに食べられちゃうよっ」
「む、そうですかー。日本語は難しいですね」
確かに、食べる、の丁寧語っぽい感じはする。
そう思うと、確かに日本語は難しい。
「それじゃあ、一子。召し上がれーです!」
「遠慮なく、いただきます」
手を合わせて合掌。
一方の樫儀さんは、何やらぶつぶつと唱えている。
聞いたことのある台詞だけど、暗唱は出来ない。
というか、まさにネイティブな英語で言うので、聞いても訳しきれない。
でもそれは、映画では見たことのある、いただきますを言う前の、あの台詞。
こうして聞いていると、やっぱり教会の人で、外国人生まれのハーフなんだと再認識させられる。
「ケーキでも、その儀式はするんだね」
「もちろんでーす。日本でも、いただきますを言うですよね。一子も言ってました。それと同じでーす」
なるほど。
そういうのを重んじるあたりが、樫木さんって感じがする。
「では、大事な儀式も済ませたので、最初の一口を……」
ショートケーキの先っぽをフォークで切り、突き刺し、口に運ぶ。
その瞬間。
口の中に広がる甘い感覚。
ふわふわの生クリームが口の中で広がることで、より甘さを感じることが出来る。
同じくふんわりとしたスポンジケーキが、生クリームと溶け合い、異なる甘みを引き出している。
間に入ったイチゴが口の中ではじけると、その独特の甘酸っぱさが、甘さをより際だたせてくれる。
噂通りの味。
一口食べただけで、ほっぺたがとろけそう。
思わず顔もほころんでいる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございますっ!
次回は、予想しない来訪者が……?
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