24話 レイの車と先生のお話
「もう、お母さんが大慌てで出てきたよ!」
「あははっ! でも、寝ちゃったんですから仕方ないでーす。自暴自棄でーす」
「それを言うなら自業自得っ!」
「あっ、それでしたー」
さすがにつっこみを入れる。
翌日の教室で、私は後ろを向いてクラスメイトと話している。
クラスメイトというのは、当然樫儀さんのこと。
私は昨日、家に帰った時のことを話す。
「まさか乗ってる車が霊柩車だったなんて思いもよらなかったよ。例の車って、そういうことだったのね……」
「そうでーす。だからレイの車みたいですよー。レイの字が、幽霊の霊の字で、霊の車。例と霊を掛けてるですねー。日本語は本当に面白いでーす」
「それどころじゃなかったんだから。私もぐったりしてたっていうか、むしろ寝てたから、結構洒落じゃないと思ったみたいだよ」
「だからって、いきなり霊柩車は無いですよ?」
「それはそうだろうけど、霊柩車が家の前に止まったら取り乱すってば」
「あはは、そうですねー」
あっけらかんと笑う樫儀さん。
何というか、樫儀さんはいつでも明るい。
一緒にいるだけで元気になれる。
日本語の仕入先がちょっと怪しいけど。
「そういえば、樫儀さんはどこの国の出身なの?」
「あれ、話してなかったですか。私はイングランドでーす」
「イングランド……あぁ、イギリスかぁ」
「まぁ、正確にはイギリスも分かれてるですけどねー。イングランドは、イギリスを思い浮かべるところの、いわゆるイギリスの島ですね」
そう言って、小さな胸を張る。
樫儀さんは、身体は小さいほうだ。
私も小柄なほうだろうけど、樫儀さんは更に一回り小さい。
それを気にしているようで、身長の話はタブーみたい。
「はーい、ホームルーム始めますよー。席についてくださいねー」
そんな雑談をしていると、望先生が教室に入ってきた。
それに合わせるように、クラス委員長が号令をかけての挨拶を済ませる。
出席も取り終え、報告事項を伝え終わると、こんな話を切り出す。
「みんなは、将来なりたいものってありますかー?」
思わずみんなの顔がポカーンとする。
無理からぬこと。
みんな、ようやく高校生になったばかりで、それこそ、この高校に入ることが目標だった子も多い。
そんな心中で、そんなことを言われても、と戸惑っているのだ。
その気持ちは分かる。
私がそう思っているから。
でも、後ろにいる子は違った。
望先生の質問に、大きな声で手を上げ、さも発表したげにしている。
「じゃあ樫儀さん」
「はーい!」
わざわざ席まで立つ。
そして声高らかと。
「私、シスターになるでーす!」
「シスター……? あっ、教会のですか」
「はーい! 家は教会ですから、その跡を継ぐでーす」
「なるほど、それは素晴らしいですね。私も応援します」
「ありがとでーす」
「他に、なりたいものが決まってる人はいますか?」
その後に続ける者など、いようはずがない。
仮に夢があったとしても、あんな形で発表など出来るものじゃない。
「うんうん、今はそれでもいいと思います。でも、これは先生からのお願いです。どうか、自分がなりたいものを、今のうちに明確にしてみてください。そして、それに突き進んで頑張ってください。分からないというなら、先生とお話しましょう。きっと、あなたの進みたい道を見つける手助けになります」
少し間をおいて、なおも続ける先生。
「高校生になってすぐに、何でこんな話を、なんて思うかもしれないですけどね。私が教師を目指し始めたのも高校の1年生からなんです。それで、一生懸命頑張って、何とか教師になれました。だから、みんなにもそうして欲しいなって思うんです。自分がなりたいものになって欲しいんです。それにね、途中で違う道に進んだっていいんですよ。その過程で得たものは、みんなにとって価値の無いものであるはずは無いんですから」
静かな教室に響きわたる望先生の声。
その声が、私の心には深く染み渡っていた。
自分がなりたいものになる。
途中から変わっても構わない。
その過程で得たものは、自分のためになる。
将来というものがぼんやりとしていた私にとって、目から鱗の言葉だった。
将来というものは、ただぼんやりとしているものじゃない。
自分で形作るものだと。
そう気づかされた言葉だった。
「あのー……大橋先生?」
静かな教室に、申し訳なさそうな声が廊下から聞こえる。
「もう、授業始まるんですけど……」
「あらら、これは失礼しました!」
声の主は、次の授業の先生だった。
慌てた声を出す望先生が、教壇の上を手早く片づける。
片づけようとして、ポロポロと物が落ちては床に散らばっていく。
「あらあら、あらあら」
焦りが焦りを生んで、てんやわんやになっている望先生。
その様子を、みんなが物を拾うのを手伝いつつ微笑ましげに見つめるのだった。




