表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たいまぶ!  作者: 司条 圭
第一章 狩野姉妹 ~ティターン討伐録~
23/88

23話 狩野愛

挿絵(By みてみん)

 目を開けると、そこには見知らぬ天井。

 いや、あまり普段は見上げない天井、と言うべきだろうか。


 この形は、誰しもが想像のつくもの。

 エンジンの音が下のほうから聞こえる。

 小刻みに揺れており、その揺れに合わせて、私の身体は小さく跳ね上がる。

 でも、頭のほうは、あまりその振動の影響を受けていない。

 何か柔らかいものに支えられているようで、どんな枕よりも心地よく思えた。


 その枕にもっと埋めたい。

 そう思い、身体を反転させ、顔を小さく左右に振る。

 想像通りの心地よさに、顔をにんまりさせていると。


「こら、調子に乗ったらダメですよ」


 頭を軽く小突かれる。

 それでようやく自分のいる場所を完全に理解出来た。


 移動する車の中。

 後部座席に寝ている私は、誰かの膝枕に顔を埋めていた。

 誰かというのは、誰かと言うと…………


「……ごめんなさい、愛さん」


「素直でよろしい」


 謝る私を素直に許してくれる愛さん。

 それはともかくとして、愛さんの太ももが、ほどよい柔らかさで、とても気持ちよかった。


「何考えてるんですか?」


「いえ、別に」


 私の邪な考えを読みとるかのように、そう聞いてくる。

 思わずはぐらかしてしまった。


「そういえば、この車って……」


「あ、はい。今、朝生さんの家に向かっています。残念ながら、眠りこけていたので、レイの車は朝生さんに決定になりました」


「例の車?」


「ふふ、それは降りてからのお楽しみにしておきましょうか」


 小さく笑う愛さん。

 まだ気だるさの抜けない私は、まぁいいか、と軽く流すことにする。

 それを見た愛さんは、安心したような笑みを浮かべた。


 でも、それも一瞬のこと。

 窓の外を見ながら、憂いの表情を露わにする。


「京ちゃん、朝生さんを守るために、あんな願いを……」


 呟くような言葉。

 私に問いかけたわけではないことは分かっているのだけれど、つい言葉を返したくなった。


「京さんは、愛さんに好きな道に進んでほしいみたいです」


 お節介なのは分かっている。

 余計なお世話なのは、承知の上。

 でも、ここで話さないといけない気がした。


「その気持ちは嬉しいんだけどね。私はやっぱり、京ちゃんにこそ好きな道に進んで欲しいの。家を継ぐのは、私の使命でもあるし」


「そんな頑なにならなくても……」


 その言葉に、愛さんはしばらく沈黙する。

 何かを押し殺すように、身体が小刻みに震えていた。


「……ごめんね。言い方は悪くなっちゃうけど、他人の家のことは、とやかく言わないほうがいいですよ。特に、ウチは特殊な家系ですから、普通の家とは違うんです。宗家たる鹿子の家が決めたことには逆らえません。長男・長女が家を継ぎ、他の子は俗世に送り出す。最初に産まれた長男もしくは長女だけが家に残り、他は養子に出されるのです。どうです? それだけでも、普通の家じゃないでしょう?」


 思わず閉口してしまう。


 それは確かに驚きだ。

 そこまで徹底した血筋の管理をしているなんて、普通の家の感覚ではあり得ない。

 でも、それだからこそ、言えることがあった。


「確かに、そこまでやるのは、普通の家ではあり得ないことです。でも、それなら、なおさら言えますよ」


「何をですか?」


「その宗家さんが、まだ迷っているんです」


「…………?」


 いまいち要領を得ていないようで、頭にハテナマークを出している愛さん。


「長男長女以外は養子に出される。それなら、愛さんと京さんは、もう一緒に生活出来てないはずじゃないですか」


「あっ……」


 目から鱗、といった表情を浮かべる。

 言葉が出ないのか、私の言葉を待つように沈黙が続く。


「きっと、2人を見ているんです。どちらが跡継ぎとして良いのか。まだ決めかねているんですよ。そんな中で、意欲のある方を好意的に見ないことはないですよ」


「でも、京ちゃんは……」


「京さんは、家を継ぐのはむしろ望むところって言ってましたよ」


「そんな嘘は……」


「私との雑談の中で、そんな嘘を言う必要がありますか?」


 閉口する愛さん。

 正直なところ、喋るのも億劫だけれども、懸命に言葉を繋ぐ。


「京さんは言ってました。将来が決まっていないっていうのは、大変なんだろうけども、それだけ良いことなんだって。私なんかは、将来が決まってて羨ましいなんて思ったんですけどね。そう言ったら、京さんに怒られてしまいました」


「……そうですか」


「愛さんは絵描きになりたいんだろうって、そう言ってました」


「……そうですね。その通りです」


「私は、京さんのその気持ちを伝えればいいんじゃないかって言いました。そしたら」


「それは私が許さない。ですか?」


「さすがですね」


 懸命に笑みを浮かべたつもりで、苦笑いのようになってしまう私。

 身体は悲鳴をあげているけれど、ここで話を切るわけにはいかない。


「それが愛さんだからって……それっきりでした」


「……そうですか」


 表情が読みとれない。

 でも、身体が小刻みに震えているのが、膝枕をされている私の頭に響く。


「話し合ってみませんか、京さんと。頑なにならずに、お二人の気持ちをぶつけあえばいいと思います。そうすればきっと、お二人にとって、もっと良い方向に行くと思うんです。そして、私も含めて、みんなで悩んでみませんか? これは、普通の家に生まれて、今は、将来どころか部活すら悩んで悩んで決めかねていた、普通の人からの、余計なお世話です」


 これに対する返事は無い。

 ただ、小さく震えている。

 しばらくして、私の頬に、雫が落ちた。


 涙。


 この涙の意味に、私が分かったようなことを言うのは、それこそ失礼というものだろう。

 ただ、あえて言うなら、堰が切れたということ。


 懸命にお姉さんとして振る舞い、家のために自分を殺してきた、頑張りやのお姉さん。


 将来の夢を持ちつつも、それを捨てることで同い年の妹を守ろうとしていたお姉さん。


 そんな重圧から少しばかり解放された、愛さんにのみ許された涙だった。


「私に、それが許されるのかな……」


「仮に本家の人が許さなくても、私と京さんが許しますよ。大丈夫です」


「……そうですね。ありがとうございます」


 喋るのも辛くなってきた。

 意識が遠くなっていく中、かすかに見えたのは、愛さんの、涙で濡れた笑顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ