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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第一章 狩野姉妹 ~ティターン討伐録~
22/88

22話 激戦の果てと代償

挿絵(By みてみん)

「アアアアアアアアッッッ!」


 樫儀さんの悲鳴が部室に響き渡った。

 私はそれを、耳を塞ぎたくても塞げず、ただ耳に入れることしかなかった。



 ティターンを倒した、その後。


 ディアボロスであるティターンを倒し、意気揚々となっていたみんなだったのに、戻ってきた目の前にある自分の身体を目の前にして、戦々恐々となっていた。


「自分の身体がこれほど怖いものとは思わなかったぜ」


「ホントでーす……」


「まぁ、でも戻らないわけにもいかないわね……」


 あれから少しして復帰した京さんの言葉。

 そして、樫儀さん、露草先輩がそれに続く。


「そ、そんなに怖いんですか?」


「一子も覚悟したほうがいいでーす。あれだけ力を使って、身体が無事とは思えないでーす」


「そうね。かなり気だるくなるから、覚悟だけはしたほうがいいわよ」


「そ、そうですか……」


 そう脅されると、やっぱり戻るのが怖くなる。


「とりあえず、先に愛さんが戻って、色々準備してもらえるかしら? 特に樫儀さんの肩には薬を。そして、簡単でいいからギプスをお願い。私たちには、大量のお水がほしいかな」


「はい、分かりました」


「私も手伝おう」


 愛さんの承諾に、森川先輩が追従する。


「では、お願いします。朝生さん、まだ戻らないでね」


「は、はい」


 そんなやりとりをしているうちにも、森川先輩と愛さんが身体に戻っていたようだ。

 森川先輩が戻った瞬間、少しばかりバランスを崩したように見えたけれど、その後はそんな素振りは見せることなく、キビキビと動いている。


 椅子を人数分用意し、座らせてくれる。

 丁寧に、椅子を向かい合わせにして、脚まで乗せて楽な姿勢を取らせてくれていた。

 一方の愛さんは、部室から救急箱を持ってくると、手際よく手当をしている。


「…………怖いねー」


 手当を受ける自分の身体を見て、俄然恐怖が増したのか。

 声は大袈裟なほどに震えている。


「そ、それじゃお先にね」


 私は、意を決して飛び込む。


 幽体離脱する時とは違い、戻るときは簡単に戻れる。

 自然は安定した系を求める、とでも言うのか。

 幽体であることより、身体に宿るほうが自然であるが故だろう。

 身体に重なるだけで、私の魂は身体に納まっていた。


 途端。


 プールから上がった瞬間がずっと続くかのように、身体が重くなる。

 全身に錘でもつけられたようだ。


 椅子にべったり付くように、身体を預けたまま動くことが出来ない。

 何とか動かせる首だけを動かして周囲を見ると、同じような状態の露草先輩が、愛さんに水を飲ませてもらっていた。

 私の様子に気付いた愛さんが、こちらに向かってくる。


「おかえりなさい。今、お水をあげるから、ちょっと待っててくださいね」


「あ、はい。ありがとうございます……」


 何とかそれだけ言うと、愛さんはその開いた口にコップをつけてくれる。


(あれ、このコップ、もしかしてさっき露草先輩も使ってた……)

などという思考が過ぎるも、気だるさがそれを上回り、何の気もなくコップから水を飲む。


 その瞬間。


 一滴一滴が、口を潤わせ、喉を流れ、身体の隅々にまで染み渡っていく。

 生命の水とはよく言ったものだけれど、これほどまでにそれを実感したことは無い。


「その顔は、随分と効いてるみたいですね。でもこれ、ただのミネラルウォーターなんですよ?」


 そうなんですね、と応えることも出来ない。

 ただひたすら、身体全身の気だるさと、染み渡る水の感覚に浸るばかりだ。


「よし、今日の本命だ」


 そんな惚けている私を横目に、森川先輩が緊張感をむき出しにした声を上げる。

 首だけを辛うじて動かして声の方向を見ると、そこには樫儀さんの身体があった。

 左肩には、これでもかというほど包帯が巻かれ、腕はギプスでしっかり固定されている。


 ふと思い出す。

 樫儀さんは、ユニコーンの角で肩を貫かれている。

 そして、その痛みは、幽体の時には無く、身体に戻った時に感じるという。

 肩が何かを貫通する痛み。


 正直なところ…………

 かなり痛い、という曖昧な想像しか出来ない。


「よし……愛、準備はいいな」


「……はい」


 2人は、樫儀さんの身体をしっかりと押さえつけている。

 愛さんからは、緊張のせいか、額から嫌な汗が出ているのが分かる。


「降りるぞ。3、2、1……」


 カウントをした、その一瞬後。


「アアアアアアアアッッ!」


 樫儀さんの悲鳴が部室に響き渡った。

 のたうち回る樫儀さん。

 肩を押さえようにも、拘束するギプスと愛さん、森川先輩に阻まれている。


「落ち着け、まずは落ち着けっ!」


「樫儀さん、頑張って……!」


「アアアアアアアアッ!」


 2人の声が聞こえているのかどうか分からない。

 けれども、次第に樫儀さんのささやかな抵抗は薄れていく。

 最後には、ぐったりした様子で天井をぼんやり見つめていた。


「よし、何とか受け入れたようだな」


「初めての幻想痛覚なのに……すごいですね」


「まぁ、ランバートの分家というのは伊達ではない、ということだろう。他を見てくるから、愛は千里を頼む」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 そう言うと、森川先輩は私の横に付いてくれた。


「全く、無茶をして……」


 困ったような、うれしいような顔をして、私に水を飲ませてくれる。


 そんな先輩の姿を見ていると、私は感謝する気持ちはもちろんのことだけど、それ以上に嬉しかった。

 先輩の介抱に感謝するのは当然にしても、それ以上に自分が役に立っていることが嬉しかった。

 こんなヘトヘトになるまで、私は頑張ったのだと思うと、この倦怠感も心地よく思える。


 これが、やりきったということなのだ。


「一子、顔がにやけているな。何を考えている」


 何か喋ろうにも、それすらも億劫になっている。

 口を少し開けるに留まる私に、森川先輩は首を横に振る。


「まあいい、今は喋るな。しかし、あれだな。これだけの被害となると、これは迎えを頼むしかないか」


「そうですね。じゃあ、手配しますよ」


「……いつも、すまないな」


「いえいえ、気にしないでください」


 携帯電話を取り出す愛さんは、通話相手に二言三言だけ伝えると、すぐに通話を切る。


「無事、5台確保出来ました。ただ、1台は……」


「あぁ、レイのやつか。ジャンケンで決めるしかないな」


「それしかないみたいですから、仕方ないですね」


 そんなやりとりを聞いている間も、私の気だるさは一層増していく。

 何だろう、ここまでひどいのは初めてだ。

 指一本動かすにしても億劫だ。

 考え事をしていると、愛さんが横に付いてくれる。


「幽体では、全てにおいて肉体の制限が掛かりません。だから、肉体に戻ったときに、その疲労は大変なものになる。痛覚だけでなく、無理をした疲労も、全て肉体に表れてしまうんです。もちろん、幽体になった時の運動の疲労が、全部現れるわけじゃないですけどね」


 なるほど、だから今までに感じたことのない疲れなんだ。

 肉体の限界を越えた行動なんて、今まで出来たはずがないんだから。


 そう思うと、急に眠気が襲ってきた。

 ちょっとだけ。

 そう、ほんのちょっとだけ眠ろう。


 そう心で呟きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

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