20話 能力覚醒
気付けば、走っていた。
私のいる距離から、ハデスゲートまでは何百メートルあるかも分からない。
それでも、私の見ている光景は、野原を駆ける馬のようだ。
確実に、それでいて信じられない速度で、ハデスゲートまでの距離を縮めている。
「ありゃ、ついにもう1人の新人が動いたか。どれどれ」
真正面から突っ込んでくるユニコーン。
お互いの速度もあって、その距離はあっという間に至近距離となる。
跳躍。
私は跳ぼうと思った。
でも、それを止めざるを得なかった。
ユニコーンは、私の動作を全て見越しているかのように、角の照準を合わせている。
その狙いは心臓。
そして、直感する。
この一撃から逃れることが出来ない。
ふと諦めかけた、その瞬間。
目の前で起きる衝突。
見えるのは、綺麗な銀髪だった。
「勝手なことをするなっ! 死にたいのかっ!」
「ありがとうございます、森川先輩! お願いです、少しの間ユニコーンの相手をしててください!」
「なっ……」
私は、2人を跳躍で飛び越える。
「どうするつもりだっ!……くっ」
叫ぶ森川先輩に、ユニコーンが角を突きつける。
剣で払うも、そこからはにらみ合いとなった。
「あんな新人1人じゃ何も出来ないね。あとは君と巫女姉ちゃんを何とかすれば、ティターンは無事ゲートを潜れそうだよ。いや、これは久しぶりに、キーパーの願いを持ったディアボロスのゲート通過かな?」
「…………っ!」
森川先輩は、沈黙で返す他無いようだ。
そう。
私に出来ることなんて、たかがしれてるかもしれない。
でも、そうであっても。
私は今出来ることをするんだ。
遠いなら、跳べばいい。
無理に飛ばなくて良い。
あそこまで、一気に跳ぶんだ……!
思い切り一歩を踏み出す。
すると、私のイメージ通りに跳んでいく。
あれだけあった距離も何のその。
風景は著しく流れていき、あっという間に止まる。
気づけば、ゲートの目の前までの跳躍を果たしていた。
もう少しで閉まるゲート。
その片割れを、私は全体重を掛けて押す。
「動けぇぇぇぇええええっ!!」
心の底から叫び、身体で押すも、ゲートはびくともしない。
ある意味では当然なのかもしれない。
高層ビルにも匹敵する巨大な扉。
そんな鉄塊。
人間がどれだけ押しても、動くはずもない。
無理なの…………?
私では……
心が折れる。
そう予感した時、私の目に愛さんの姿が映る。
「ありがとう、朝生さん。でもね、この扉は、京ちゃんの手じゃないと閉められないよ。だから、ここは私が……」
「京さんの手……!」
そうか。
そうだ。
京さんの作り出す手が必要なんだ。
その手は、ティターンを防ぐのに精一杯だ。
それなら……
私がそれを作ればいい…………!
「はぁぁぁぁっ!!」
手をいっぱいに広げる。
イメージだ。
京さんの作り出す巨大な手。
イメージするんだ。
ゲートを閉める、偉大なる手を。
イメージ。
イメージ。
イメージ。
…………イメージ!
「やぁぁぁああああ!!」
目の前に浮かぶ巨大な手。
ゲートをがっちり掴み、そして閉める。
私のイメージ通りに動いてくれる……
今を、この最悪な状況を切り抜けるための、私の大事な手。
この手は、京さんの手を模写したもの。
今、私がやるべきことをするための、大事な手。
この手で、ハデスゲートを閉じる。
京さんの代わりに、今……私がやらないといけないんだ!
「はぁぁぁぁ……!」
このゲートは重い。
改めて、そう感じる。
そういえば、京さんも、顔を真っ赤にして力を入れていたっけ。
その気持ちが、ようやく本当の意味で分かった気がする。
「おー。あの新人、閉める役だったのかぁ。これは、放っておけないな!」
ユニコーンが私の方へ飛んでくるのを、森川先輩が行く手を阻む。
「悪いが、一子に頼まれたからな。お前の相手は私だっ!」
「うるさいなぁ……倒されたいの? この前みたいにっ!」
剣戟が響いているのを感じつつ、なおもゲートを閉めるのに集中する。
それにしても重い。
どれだけ押しても、本当に少しずつしか閉まらない。
それでも。
少しずつ、少しずつ。
着実にゲートは閉まっていた。
そうしていくうちに、もうゲートは閉まり掛けている。
あと少し。
ゲートが開いているのは僅か30センチほど。
それなのに。
「オオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!!!」
後ろから凄まじい雄叫び。
振り返ると、ティターンが京さんの手を払いのけ、こちらに向かってきている。
森川先輩のシングメシアで大分小さくなったとはいえ、その巨体はまだまだ健在。
このまま直進してくると、私を押しつぶすことも可能なほどだ。
そんな中、京さんが叫びをあげた。
「ティターン、聞けぇっ! 一子の願いの代わりに、ボクの願いを持って行け!」
ティターンの動きが止まる。
すぐそこにいる京さんの姿を見ると、何かを待つように動作を一切止めていた。
でも、それは1秒ほどだった。
京さんが特に言葉を発しないのを見ると、そっぽを向くように走ろうとする。
それを見て、京さんは慌てたように叫ぶ。
「ボクの願いは……愛ちゃんに、自由な道を進めるようにしてくれぇええええっ!!」
「…………承知した」
ティターンは呟くと、光の球を一つ投げ捨てた。
あの光の球。
あれが恐らく、私の「願い」なのだろう。
その願いは今、見事に吐き捨てられ、代わりに更に大きな光を宿らせた。
これが願いの強さというものなのだろうか。
ティターンの体内にあったと思われる私の願いは、それこそ小さな物で、あの巨体から光が漏れるなんてことは無かった。
でも、今回の京さんの願いは違う。
あまりの輝きに、巨体から溢れんばかりに光を放っている。
「京ちゃんっ!?」
「……これで、いっちゃんだけは守れそうか、な」
京さんは、そのまま力つきてしまった。
「へへへ、聞いちゃった聞いちゃった。僕もその願い、聞き届けてあげよう。なに、遠慮なんていらないよ!」
気づけば、ユニコーンまでもが、京さんの願いを抱えていた。
ゲートを閉める作業を止めてはならない。
なおさら、止めるわけにはいかない。
時間との勝負。
このまま、ティターンが直進して私を踏みつぶし、ゲートを潜るのが先か。
私がゲートを閉めるのが先か。
私とティターンとの勝負だ……!




