17話 術中
「じゃ、頼んだわよ。あとは前に結界を張ってあなたたちの邪魔をさせないようにするわ」
そう言い残すと、早々に前にいた配置に戻っていった。
「さて、ここからは私たちが頑張るところでーす!」
ふと見れば、先ほどから忙しそうに、矢をとめどなく発射している樫儀さん。
そのたびに、前に見える黒い点が消滅していた。
「そうだな。ところで千里、ティターンの身体からシングメシアは見えるか?」
「うーん……ちょっと待ってくださーい」
矢を放ちつつ、ティターンの方を見る。
その眼は、まるで鷹の眼のごとく鋭くなっており、私の背筋は一瞬寒気を覚えた。
「うぅー……ちょっと分からないでーす」
「そうか。仕方ない、まずは宝探しだな」
森川先輩の剣、シングメシアに薄い光が宿る。
不気味なようで、それ以上に美しく光る剣の切れ味は想像に難くない。
とても偽物とは思えない。
「はぁっ!」
森川先輩が飛んだ。
飛んでいくその周囲には、いくつもの黒いものが飛びつこうとしていたが、それは全て放たれた矢によって阻まれている。
森川先輩がティターンの下半身に取り付く。
そして、身を削ぐように剣を振るう。
それに抵抗するように、ティターンの脚が蹴り飛ばそうとする。
予測していたように森川先輩は軽く身を翻しているが、空を切った脚からは、凄まじい風を生み出していた。
一撃は確かに大雑把に見えるけど、あれに当たったらどうなるのか。
全身骨折で済めば御の字。
下手すればショック死も免れないのではないだろうか。
それを思うと、身震いが止まらなかった。
「やっぱり……シングメシアが使えないと大変そうですね、森川先輩」
「えっ……?!」
樫儀さんの呟きに、私はびっくりすると同時に絶望感を抱く。
シングメシアが使えない。
その原因は、やっぱりオリジナルである剣が無いからこそなんだろう。
今更ながらに、オリジナルと偽物、違いの大きさを理解する。
「ちっ! こっちじゃないのか?」
舌打ちし、ティターンの下半身から離れる森川先輩。
そして上半身のほうへ向かう。
だが、上半身からの抵抗は大変なものだ。
腕を振り回すことはもちろんのこと、片手で軸を作ったと思えば身体をコマのごとく回転させるなど、尋常ではない。
痛みなどないのだろう。
あの無茶な挙動は、そう思わせる。
「よし、露草先輩の護方結界が完成したでーす。森川先輩、手伝いまーす!」
樫儀さんは、弓につがえた矢を消し去ると、剣へと変えた。
それも、1本ではない。
10本は束になっているだろうか。
それをおよそ角度80度に構えると、一斉に放出する。
着地点は、ティターンの上半身。
計算された角度で射出された剣は、降りたときには垂直になり、ティターンに襲いかかっていた。
そして、ティターンの身を削いで行く。
「……危ないだろう」
危うく当たりそうになったのか。
森川先輩がこちらに飛んできて、樫儀さんに注意する。
「だいじょーぶでーす! …………多分」
「……その最後の一言はやめろ」
「冗談でーす。ほらほら、森川先輩。ダメージ与えに行くのとシングメシア探さないと、時間切れになるです! 当たらないからだいじょーぶでーす!」
「まったく……信頼するぞ」
再びティターンの元へ飛び込む森川先輩。
樫儀さんは、もう一度剣を撃つのかと思いきや、矢をつがえて黒い点を捉えていた。
「なるほど、樫儀さんの主な役割っていうのは……」
「もちろん、露草先輩や森川先輩が撃ち漏らした悪魔を狙撃することでーす。そのためにある「鷹の目」と「与一の弓」でーす。特に今回は、私が最後の砦ですからねー。ティターンを削ることより優先するです」
そう言うと、次々に矢で射落としていく。
そして次は、剣をつがえて、ティターンを攻撃。
きちんと状況を把握して、ベストを尽くしているようだ。
「ちぃ……! シングメシアをどこへやったっ!」
気付けばティターンの身体はずいぶん小さくなっているように見える。
現実世界のように、血が出ては肉体が削れるというより、身体の大きさがただひたすら小さくなっているのだろう。
それでも、森川先輩のシングメシアは見つかっていない。
上半身には無いのか、それとももっと小さくしないと見えないのか。
いずれにせよ、シングメシアが見つからないと決定打に欠けているように思える。
「森川先輩、一旦脚のほうをお願いしまーす!」
ふと見ると、ティターンの脚は樫儀さんの横あたりに来ていた。
そこを通り過ぎれば、次は狩野姉妹だけだ。
扉のほうは閉まりつつあるけれど、予想以上に脚の速度が速い。
上半身が無くなって軽くなっているのだろうか。
「分かった。少し胴体のほうを頼む」
「がってん承知のすけーです!」
森川先輩が離れるや否や、樫儀さんが上半身に向けて剣を降らせる。
その無限のごとき剣の雨を、悲鳴を上げることなく受け止める姿は異様なものだ。
何か考えがあるのでは無いのか。
そんな予感が過ぎったとき、下半身が急に走り出した。
それは突風のごとく。
突然、猛烈に速度を上げて疾走する。
森川先輩は、敵の、最初の歩くペースで着地点を合わせていたため、再び跳躍しなければならない。
その、もう一度飛ぶまでの間に、ティターンはすでに扉の近くまで来ていた。
…………えっ?
……「ティターン」が?
脚だけじゃなく?
気付けば、上半身はいずこかへ消えていた。
そして、まるで生えてきたかのように、脚の上には胴体が乗っていた。
どうやって?
いや、違う。
考えて分かるものじゃない。
そういうことじゃない。
ティターンは、真っ二つにされたその時から、それが狙いだったのだ。
攻撃目標を2つに分けられたのは、ティターンからすると願ってもいないことだったのだ。
脚のほうを先行させ、後で何らかの方法で胴体を脚の方へテレポートさせた。
そうすることで、ハデスゲートをより通過しやすくなる。
それは恐らく、私たちの未知なる部分で。
知ることなど出来なかったことで。
知らないうちに、ティターンの術中に踊らされていたのだ。