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愛しき殺し屋  作者: 海華
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揺れ移りゆく気持ち

「安らぎの館」あそこは売春を斡旋してる所だった。暴力団の資金源になってるって刑事さんが教えてくれた。なぜ由香里があんな所に? 私の中でその疑問は大きくなるばかりだった。


病室の前まで来て驚いた。いや予想はしてたけどやっぱりショックだった。

ドアの上半分が鉄格子だったからだ。外から鍵がかけられ中からは開けられないようになっていた。私は鍵を開ける。

コンコン

一応ノックをする。私は佐々木にロビーで待つように言ってドアを開いた。

部屋の中にはいつのまにか雨はやみ柔らかい秋の日差しを受けながら、ベッドの上に座っている由香里がいた。

由香里は私の方を見ると無表情で私を見つめる。学校で見ていた由香里とはまったく別人に見えて、なんとなく戸惑った。

由香里はそんな私から顔をそむけて、窓の外を見る。今まで私が知ってる由香里が嘘のようにガラガラと崩れて行く。

由香里は私から顔をそむけたまま、話し始めた。

「笑えるでしょう? あれが私の本当の姿。体を売って男達からお金を貰う。最初は学費を払うために仕方が無く始めたのよ。そしたら会った相手が暴力団のヤツらで、運が悪いったらありゃしない……それであのざま。いつのまにか薬を買うために働くようになっていた」

私は衝撃を受けた。学校ではそんな姿、微塵も感じさせなかった。ううん、気付かなかった自分に腹が立つ。

「学費って、どうして?」

私の問いに、由香里は静かに私の方を向いて、悲しく笑い少し戸惑いながらも話し始めた。

「うちは母子家庭で、それだけでも家計が大変なのに、うちの母親、男に騙されて貢いでは借金して、まったく我が親ながら情けない。って言ってる私も……馬鹿……だね」

由香里はそう言いながら、肩を震わせて泣いていた。それはもの凄く弱々しく、自分のやった事を悔いてるようにも、母親の事も恨んでいるようにも見えた。

「でも体を売るなんて!? そんな事」

私のその言葉に、由香里はキッと私の方を睨むように見据える

「間違ってる……やり方は間違ってる。そんな事十分にわかってるわ! 貴女みたいなお嬢様にはわからない。お金を稼ぐ事がどんなに大変な事か。生きていくのにお金がどんなに大事なものなのか!? 何不自由なく暮らしているお嬢様の貴女には想像もつかないでしょう!?」

由香里はそう言って、頭からスッポリと布団をかぶってしまった。

私は言葉を失った。何も言う事ができなかった。その通りかもしれない、そう思った。

自分が思ってた、人生お金だけじゃないって考えが、浅はかで甘いって事を思い知らされる。

由香里の言葉が頭の中をこだまして、しばらくその場から動けなかった。

眼の前の布団が微かに震えている。由香里は泣いている。私はそれをただ見ている事しかできなかった。

このまま帰ってしまったら、由香里との関係も終わりになってしまいそうだったから。自分の中で由香里の存在が想像してたよりも大きい事を知った。

布団を通して由香里のこもった鳴き声が病室にやんわりと響いていた。


私は立ち上がって、そっと窓を開ける。秋の少しひんやりとした澄んだ風が私の頬を撫でて病室の中に入ってくる。

もぞもぞと布団が動き、由香里が布団から顔を出した。かなり泣いたのか顔が真っ赤だった。

「沙羅、ごめん……あの時助けに来てくれてありがとう」

由香里は顔の半分を布団で隠し、涙声でそう言った

私は何も言わずに首を横に振った。なぜだかわからないけれど、涙が頬を伝って落ちる。

それは由香里と和解できた嬉しさだったのかもしれないし、自分自身の情けなさに泣けたのかもしれない。自分でもよくわからない感情が渦巻いていた。


太陽は西に傾き、オレンジに近い日差しが病室に差し込んでいた。


「じゃあそろそろ行くね。また来るからね」

私はそう言って、病室をあとにする。由香里は弱々しく微笑みながら手を振っていた。


私は廊下を歩く、遠くの方から奇声に近い声やドアを叩く音が聞こえてくる。

薬物依存専門の病院。由香里の症状は薬物によるアレルギーだった。もう少し遅かったら命の危険性もあったらしい。あの時、玲があそこに現れてくれて本当に良かった。

由香里をあんな目に合わせたヤツラを許せない。

私はエレベーターの前に立つ。階を知らせる光が順番に上がってくるのを淡々を見つめていた。

え!? 後ろに誰かいる!? 私は後頭部に視線を感じて振り向いた。

そこには黒キャップに黒サングラスの男が立っていた。

「玲!?」

男は口元歪めてニヤリと笑う。

「さすが松永財閥総帥の娘だけの事はある、勘が鋭いな」

例のごとく淡々とした口調で冷ややかにそう言う。

「この間はありがとう」

私は自分の事を助けてくれて事、由香里を助けてくれた事に感謝した。

玲は私のお礼の言葉に少し驚いているように見えた。

「お嬢さんのためじゃねぇよ。アイツらを殺してくれって依頼があったから仕事をしたまでだ。たまたまお前があそこにいただけだ」

玲は壁にもたれながら腕組をして冷たくそう言う。

「でも、由香里を助けてくれた」

私は玲に少し近づいてそう言った。玲の周りを漂ってる雰囲気が少し変わったような気がした。ほんの少し悲しみを帯びた優しさ、そんな雰囲気だった。

「……似ていたから」

玲の口から聞こえるか聞こえないかってゆうくらいの微かな声で漏れた言葉。

何!? 似ていたから!? どうゆう事だろう。

遠い記憶を思い出したかのように呟いた言葉、悲しくて苦しくてそんな雰囲気を持っている響きの声だった。

放っていおいたら闇の奥底まで沈んで行ってしまいそうなそんな感じだった。私は自分でも驚いたけど、思わず玲の手を握っていた。これが自分の中で何を意味してるかなんてわからない、ただ今こうして手を握らないと駄目だって思った。

玲は私のその行動を切っ掛けにまた元の冷たい雰囲気に戻る。そして私の手を振り払い、私の手を掴みあげるとグイッと自分の方に引っ張り、私を壁にぶつけるように押し当てる。

「舐めるな……お嬢様のお遊びに付き合う暇は無いんだよ」

周りが一瞬にして凍りつきそうなくらい冷ややかな低い声で、玲は私の耳元でそう言った。

玲の顔が私の顔に触れんじゃないかと思うくらいに近くて、その冷たい声が脳天に突き刺さった。

ドキドキした。心臓が破裂するんじゃないかと思うくらい、顔が熱くて熱でもあるんじゃないかと思うくらいドキドキした。

「あのクソジジイに伝えろ。あの時の礼はかならず返しに行くとな」

玲はそう言うと私を押さえつけていた手を離し、エレベーターの横にあった窓を開けてそこからヒラリと身をひるがえし姿を消してしまった。

私は体で壁を舐めるようにズルズルとその場に崩れ座り込んだ。まだドキドキが止まらない。

心臓の音が耳元で聞こえる。

このドキドキは何!? 胸の奥で生きてる事を感じ、高揚するような、そんな嬉しさにも似た感じ。

まさか……ね……だって相手は殺し屋よ。

冷静な自分と、玲の事を思うたびに心地いいドキドキを感じる自分が一生懸命話し合っていた。


私はゆっくりと立ち上がり、玲が消えた窓の外を見る。もちろん玲の姿はもう無かった。

「あの時の礼はかならず返す」玲が言い残した言葉。この言葉の意味が私にはわからない、ただ過去に玲と父の間に何かあった事は想像ができた。

ふっと前に言われた言葉を思い出す。

「その時がきたらわかるさ」あの時の言葉、私を利用する気!?

私の胸の中で何かが裂ける様な音がした。痛い……胸が痛い……

嫌だ……利用されるだけなんて。強くそんな気持ちが破裂するように叫ぶ。

胸が痛い……

私は自分の中の奥底でユラユラと揺れている気持ちを自覚した。

玲の事を好きになりかけている。ううん、好きになってしまった。

私は遠くの方を見ながら、一つため息をついた。





これから玲と沙羅はどうなっていくのか?

玲の言葉の意味とは何なのだろうか?

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