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愛しき殺し屋  作者: 海華
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時が痕跡を消していく

自分の中の気持ちも少しは落ち着いてきたような気がする。

松永恭次郎と蔵元祥が殺害された事で、警察から色々と聞かれたり、マスコミに追いかけられたり。周りに自分の状況をかき乱された事で、玲の事を考える暇が無かった事に救われた。

そうじゃなかったら、たぶんもっと落ち込んで、自分でもどうしていいのかわからなかったと思う。


松永恭次郎殺害は上原の犯行、被疑者死亡。

蔵元祥殺害、及び松永邸爆破事件は、殺し屋による犯行。被疑者死亡の確率高し

結局玲が死んだ証拠は見つからなかった。だが状況証拠を重ね合わせて推測すると、爆破に巻き込まれている可能性が高いとの事だった。

松永や蔵元のやっていた事が闇で行われていることが多く、その事をたくみに隠しながらやっていた事で、チャン・コウリャンの名前が表に出ることは無かった。


松永恭次郎の死亡に伴って、政界、財界に多少の波乱が生じたけれど、それもすぐに納まった。

あれだけの巨大な力を持った人間がいなくなっても、意外に支障は小さく、松永恭次郎という人間の存在価値が思っていたよりも小さかったという悲しい現実がそこにはあった。


松永には子供は私一人、よって法的相続人は私だったけれど、私はその全てを放棄した。

あんな血塗られた遺産なんて欲しくもないし、もう松永とのつながりのある物を全て自分の周りから消したかった。

私の足かせになっていた過去のしがらみは全て消えてなくなった。

やっと自由になったっていうのに、一番傍にいて欲しい人の存在がない。それを考えると胸が締め付けられるように痛んだ。

今でも玲の存在は私の中では大きくて、思い出にするにはまだまだ時間がかかりそうだった。


ヤブ医者にしても上原にしても、自分達が今までの人生の中でやってきた事に対して、自分の命と引き換えに償いをするなんて……

そんな悲しい償いなんていらない……そんな卑怯な償いなんていらない……

玲……貴方もそうなの……

私は深いため息をつきながら、ベッドの上に横になった。


家を無くした私はとりあえず、今はホテル住まいだった。母がいるおかげでお金の心配はしなくても済んだ。

ただチャン・コウリャンという名前を外に出す事は出来ず、母の紹介で表面上だけ母方の親戚が後見人になってくれた。

母は私を一緒に中国に連れて行きたいと言ったけれど、私はそれを断った。

理由はそう思いたくないけれど、期待したくないけれど、やっぱり玲が何処かで生きていることを期待している自分がいて、それをどうしても拭いきれなかった。

だから母に無理矢理頼み込んで、日本で生活できるようにしてもらった。

これから先、母のいるチャングル−プは日本に進出してくる予定だから、そうなれば母と会う機会も増えると思う。

やっと私の周りが穏やかになったと言っても、ネタに困ってるヤツが私の周りをウロウロとしている。だから母とは電話でのやり取りはあっても直接会うことは出来なかった。


新しい生活が始まる。自分の気持ちとは無関係に時は流れて玲の痕跡は周りから徐々に消されて行く。

それと比例するように、私の中での玲の存在はどんどん鮮明になって凝縮していくようだった。

玲がやっていた喫茶店、あそこにはもう違うマスターがいてコーヒーを入れている。一度だけ玲の痕跡を探してコーヒーを飲んだけれど……笑えるくらい無意味な事に気付いて、虚しいだけだった。

鬱蒼とした森の中の隠れ家、持ち主が誰かはわからないけれど、こっそり行ってみた。

玲が消えてしまった後、すぐにあの場所は埋めてしまったらしく、そこの部分だけこんもりと土が盛ってあるだけだった。

全てが消され、痕跡は消えていきつつある。


この間、胡蝶姉さんと一緒にヤブ医者のお墓参りに行ってきた。お礼と一緒に不謹慎かもしれないけれど玲が生きて帰ってくる事も祈っていた。

胡蝶姉さんは相変わらず綺麗で凛としていた。だけどお墓に向っている瞳は悲しみに揺れていたような気がする。

刑事は刑事を辞めずに街中を走り周っている。たまに私の所に顔を出して様子を見に来ては、自分の過去の話をしていく。特に亡くなった家族の話。

そのなにげない会話に優しさを感じて、自分は本当に周りに恵まれている事を実感する事ができる。

玲の姿が消えてから2ヶ月が経ち、もう少しで冬休みも終る。私は冬休み明けからまた高校に通う事にした。松永のことが大きなニュースになり、松永のやってきたきた事が明るみになる中で、高校側は私の受け入れを拒否したけれど、刑事や後見人を通して母が働きかけてくれて、なんとか高校に復帰できる事になった。

3学期は針のむしろ状態かもしれないけれど、動物園の動物にでもなったつもりで頑張って卒業して、ちゃんと自分の足で歩いていくつもり。


窓から冬には珍しく温かい日差しが差し込んできていた。

私はベッドの横にある小さな引き出しから、オルゴールを取り出すとそっと蓋を開く。

特別に作ってもらったオルゴール。

玲があの森の中で歌ってくれた曲が部屋の中に流れる。

オルゴールの中にそっと閉まい込んでいたドレスの切れ端を手にとって、胸の真ん中で握り締めた。自然と涙が湧いて来て頬を伝って流れ落ちる。

玲のあの時の歌声が心の中で響いて、私の中の玲に対する思いが震えていた。

玲……貴方の気持ちが傍にいてくれると信じて、私は歩いていくよ……。

しっかりと揺るがないように一歩一歩、ゆっくりとね。

玲の姿が消えてから2ヶ月、その間に色々な事があった。沙羅の周りが騒がしかったおかげで、玲の事を考えずに済んだのは救いだった。

時とともに玲の痕跡が次から次に消えていく。

だが沙羅の心の中にいちだんと強く玲の存在が刻まれていった。

沙羅は玲の気持ちを胸に前に進むと誓う。


ついに次回は最終話になる予定です。

その後の沙羅はどうなったのか?

玲への思いは……

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