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愛しき殺し屋  作者: 海華
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俺はお前の傍にいる

目が……目が見える……久しぶりに光を感じて、物の色や形、なんでもない日常に感動しながら、色々な周りのものを見ていた。

向こうの方から誰かがゆっくりと近付いてくる……ぼやけていたシルエットが次第にはっきりしてきて、影の正体が見えた。

それは私が一番最初に見たい相手だった。

「玲……」

私はそう言いながら両手を伸ばす。玲は相変わらずニコリともせずに私にゆっくりと近づいてきて、私を抱きしめた。

玲の体がいきなり重くなり、私の体にもたれかかってくる。私が玲の背中に回した手を見ると、掌は真っ赤な血に染まっていた。

「玲!?……玲、大丈夫?」

玲の体を揺すると、私にもたれかかっていた体がずれ落ち、地面に倒れ動かなかった……

「玲!」

私は絶叫に近い悲鳴を上げた……


……そして目が覚めた。一瞬、何が起こったのかわからなかった。ただ体が恐怖で硬直していて、眼の前は闇のままだった。

夢……だったんだ。そのことに自分が気付いて体の力が抜けていく。

「沙羅、大丈夫?」

母の穏やかな優しい声が聞こえてきた。仄かに消毒の薬品の匂いがした。

そっか、ここは病院なんだ……玲の事を聞きたかったけれど、返ってくる答えを聞くのが怖くてその問いは飲み込んだ。

「2日も眠ったきりで……目の包帯を取るのは貴女が気がつくまで待っていたのよ。今、お医者様を呼んでくるわね」

母はそう言って、病室を出て行く。

このまま見えないままの方がいい……そんな気持ちもあった。目が見えてしまったら、見たくない現実まで見えてしまいそうで怖かった。

玲が傍にいない現実を目の当たりにしてしまう。


病室のドアが開いて何人かの人が入ってくる。私の手を誰かが握った。

「沙羅さん、それじゃあ包帯を外しますよ」

医者はそう言うと私の手から手を離し、包帯に手をかける。私は心に広がる不安と戦いながら手を力一杯握っていた。

徐々に包帯が外されていく。私はただ目を閉じ不安と戦いながら待っていた。包帯がはずされて目から圧迫感が消える。皮膚に空気が触れて涼しかった。

「さあ、無理せずにゆっくり目を開いてごらん」

医者のその言葉に促がされて、私はゆっくりと目を開ける。瞼が少しだけ震えていた。

目を開くと、一面がぼやけていた。少しずつ少しずつ焦点が合うようにはっきりと見えてくる。

眼の前には母の顔があった。片方だけの瞳が心配そうに揺れていた。

「お母さん」

私がそう言うと、母の両手が伸びてきて私を包むように抱きしめてきた。

「よかった、本当によかった」

母はそう言いながら私を抱きしめながら泣いていた。私にはその泣いている理由がわからなかった。

「目が見えるからと言って無理は禁物ですよ。しばらくは本などは読まないようにできるだけ目を酷使しないように気をつけて下さいね。それではお大事に」

医者はそう言うと看護師達と出て行く、それとすれ違いに刑事が病室に現れた。刑事が痛みに顔を歪めながら足を引きずって入ってくる。

あの時の松永が撃った銃弾は大腿部に当たったらしく、手でその部分を押さえながら入ってくる。

なんとなく嫌な予感がじわじわと私の中に広がっていた。

「よかったな、お嬢さん目が見えるようになって」

刑事の声に母は私からゆっくりと離れて窓際に立つ。空気が微妙に震えて、私の中の嫌な予感を増幅させていく。

刑事はベッドの横にある椅子にゆっくりと顔を歪めながら腰を下ろした。

私は刑事と目を合わせるのが怖かった。知りたくない現実を突きつけられてしまいそうな気がしたから……

「お嬢さんに渡す物があってな……コウリャンさんはまだ早いと言ったんだが、いずれわかる事だだろうし、お嬢さんなら大丈夫だと思ったから……」

刑事の前置きの言葉に、私の鼓動が早くなる。

わかっていた……どんな言葉が出てくるのかは想像がついていた……私の体が自然と硬くなる。心が力を入れて身構えていた。

私はゆっくりと刑事の方を見る。

刑事が手を伸ばしてきて、私の目の前に置かれたそれは……玲がこの世にすでに存在していない事を意味してるようだった。

それは……綺麗に洗濯されたピンク色のドレスの切れ端だった。あの時の……切れ端……

「玲に渡すように頼まれたんだ」

刑事はそう言うと、私の顔から視線をずらして目を伏せる。私はそのドレスの切れ端を握り締めて胸元に当てた。

「……玲は?」

声は震えていた。答えは聞かなくてもわかっていた。だけどできれば私の想像を裏切ってほしかった。やっとの思いでその問い搾り出すように口にした。

刑事は一瞬唇を噛み締めた。その仕草が言いにくい言葉を暗示させているように感じた。そしてためらいながらもゆっくり口を開いた。

「……全てが燃えてしまってな……玲らしき遺体は出なかった。だがあの後玲からは何の連絡も入らない。激しい爆発の後では遺体自体を回収するのも難しいんだ」

刑事はそこまで話すと口をつぐんでしまった。

遺体は出なかったけれど、連絡が入らないという事は死んでいる確率が高い……そういう事なのよね……そういう……事なの……よね

でも遺体が出てないという事は、確実な死を意味してもいない……確率の低い思いを心の中に小さな救いとして置いておきたかった。

馬鹿な事を考えているのかもしれないけれど、今は心に力がないから……少しでもありえなくても、小さな救いがほしかった。

手が震えた。心が寒気が走るようにざわざわと冷たくなっていく。布団の上に涙が点となって落ちた。目が見えるようになって初めての涙……

目を開いた時に、眼の前にいて欲しかった顔……その存在が今はもういない……。


私はドレスの切れ端を抱きしめて布団に潜り込むと泣いた。

どんな形でも、離れ離れになろうが、2度と会えなくなろうが、生きていてくれさえいたらそれで良かったのに。

松永恭次郎が死んだ今、貴方が生きる意味も無くなったいう事なの?

そんなの嫌よ。

玲……玲……玲……

泣いた……ひたすら泣いた。

心臓が張り裂けそうで泣き声なんか出てこない。吐き気がして苦しかった。泣き声の代わりに内臓が口から飛び出てきそうだった。


どのくらいの時間が過ぎたのか……私はしばらく布団をかぶったまま動けなかった。

予想はしていた……と思う。だけど、やはり現実味を帯びた言葉を突きつけられると、それはまるで心の中に爆弾を落としたように、大きな穴を空けてしまった。

悲しみも苦しみも喜びも愛も全ての感情がその穴に落ちてしまったように、喪失感の中で私は漂っていた。

布団の上から優しく抱きしめてくる重さを感じた。

きっと母だと思う。微かに震えているように感じた。さっき私を抱きしめながら母が泣いた理由がわかったような気がする。

私は布団から顔を出す。すると刑事の姿はもう無く、病室には私と母だけだった。

「……何も言ってげられなくてごめんね」

母の震える手が私の頬を触る。母の優しさを含んだ悲しみが伝わってきた。

私はゆっくりと起き上がる。そしてベッドを降りると窓際へと歩いた。外は粉雪がふわふわと舞うように降っていた。

私は窓を開ける。冷たい空気が部屋の中へと一気に入ってくる。不意に後ろから私の体を包むように母が抱きしめてきた。母の心配が体を伝って心に届く。

お母さん、大丈夫だよ。自殺なんてしない……私は心の中でそう呟いた。

頬をかすめて冷たい風が通り過ぎていく。風が運んできた雪が頬の上で溶けて消えてなくなっていった。

玲とあの虹色の月明かりの下、林の中で抱き合った事を思い出していた。


沙羅……俺はお前の傍にいるよ。


微かにそんな玲の声が、耳元をかすめていったような気がした。


沙羅の目は見えるようになったが、一番目の前にいて欲しい人の姿はなかった。

刑事から想像はしていたものの、悲しい現実を突きつけられ、沙羅は張り裂けんばかりに泣いた。


玲がいなくなってしまった今、沙羅の人生はどうなっていくのか?

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