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愛しき殺し屋  作者: 海華
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悲しい三角関係

嫌よ……絶対に嫌よ……玲、なぜ私の傍にいてくれないの。

私の心はまるで裂かれる様にそう叫んでいた。

私の足は自然と屋敷に向って歩き出す。そんな私の手を強く握り締めて、行かせまいと引っ張る手があった。

私の気持ちは玲を探す事に先走りして冷静さを失っていた。自分でもそれはわかっていた。でもとにかく玲の存在を肌で感じたかった。

さっき私の体を受け止めてくれた玲の腕の感触が消えないうちに、玲の生きている証が欲しかった。

「沙羅、行っちゃ駄目よ」

母の声が響く。切なげに震える声で私を呼び止めて、自分の方に私を引っ張ると、力強く抱きしめた。

私はもがき、その抱擁から逃げ出そうと必死だった。

玲の所に行く。その意思が私の中で巨大に膨れ上がってしまっていた。

「お嬢ちゃん、玲はまだ仕事が残っている、今行っても邪魔になるだけだ」

刑事の苦しそうな息遣いの中から紡ぎだされる言葉が、痛いくらいに冷たく心に刺さる。

「仕事って何よ……絶対に死なせない、絶対に死なせないんだから」

玲が死んでしまう。そんな不安に押し潰されそうになっていた。

私の言葉は爆音に遮られて、音の中に溶け込んで聞こえなかった。

「ここにいては危険だわ」

母が私を離さないようしながら歩く。

私は一瞬のスキに入り込むように母の腕をすり抜けて屋敷に向って歩く。目の前は闇だけどこの肌が感じる熱が方向を教えてくれる。

その時、私の背後から母の声で中国語が聞こえてくる。何を言ったのかはわからなかった。

途端に私の両腕、両足は掴まれて身動きが取れなくなった。いったに何? そう思った瞬間、何人かの人の手に私の体は抱えられるように持ち上げられ、どこかへ連れて行かれる。

嫌だ……嫌だってば。そう心の中で強く思いながら体をよじり、私の体を掴んでいる複数の手を払い除けようとしたけれど、力が強くて私の力では無理だった。

心の中がざわめいて落ち着かない。玲の事が心配で心配で胃が締め付けられるようだった。

鼓動が血管と連動して脈を打ち、頭がどんどん痛くなってくる。

胃が心臓を押し上げるように、まるで口から心臓が出てきそうな感覚に襲われて気持ちが悪かった。

私は車らしきものに乗せられる。車に乗せられる寸前までなんとか逃れようと暴れたけれど、私を掴んでいる力には勝てなかった。

「沙羅……玲はきっと大丈夫」

母の優しい声が私の頭の上で聞こえた。

その言葉もただの気休め……そう感じてしまう自分がいた。

私は母の太ももを枕にするように横になっていた。一生懸命逃れようと力一杯暴れたせいで、体がだるかった。掴まれていた手や足も痛かった。

玲……氷りついた瞳に冷やかな言葉、闇に覆われた心を持っていた。周りのものを凍りつかせてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。

だけど、本当は優しくて繊細で温かい人……玲……お願いだから生きていて。

それさえ叶えてくれたら、私は何もいらない。何も望まない。だからお願いします。

揺られる車の中で私は強く強くそう願った。

母の手が私の髪の毛を優しく梳くようになでる。神経がピリピリと緊張していて、触られると痛さを感じるほどだった。

少しずつ緊張が解けて気持ちが落ち着いていくのを感じる。


上原と松永。何年も信頼関係を確立する事なく危うい関係を続けてきた2人。

上原の言葉が思い出される。

「自分の身を守るには演技をする事と時を選ぶ事です」

上原は自分の気持ちに嘘をつく形で松永に使え、時を選んで報復する事を考えていたんだろうか……

最終的に上原は松永を自らの命と一緒に地獄へと引きずり込んでいった。本当にそれでよかったの……上原……

私の本当の父である人、松永が上原に命令して……殺されたの?

上原の言葉からは実際に殺したのかどうなのか判断はできなかった。

たぶん殺された確率が高いけれど、それを認めたくない自分がいて、なんとなく上原が直接手をくだしていない事を願っていた。

「上原が殺したの?」

私は誰に問うでもなく、なんとなくそんな言葉を口にしていた。

母の手が私の頬に触れる。私が知らなかった現実。それは松永と上原の死を切っ掛けにして私の目の前に現れた。

耳から入ってきた現実は、私の心に実感として感じるものではなく、ただ物語を読んでるような感覚に似ていた。

「沙羅……貴女を守ろうとして隠していた事……私が知ってる限りで全てを教えてあげる」

母は力強く凛とした声でそう言った。

「上原が直接手をくだしたわけではないわ」

母はそう言いながら私の手を握り締めて、少しだけ力を入れた。最後に上原が私の手を握った感触を思い出す。

「貴女の本当のお父さんの名前は国村健人」

顔も知らない私の父は国村健人という名前なんだ。実感がわかないまま心の中でそう呟く。

「国村には2人の母親がいた、一度目は産んでくれた母親、そして2度目は上原を産み、国村を育ててくれた母親。国村は兄として上原の面倒をよく見ていたらしいの」

母の言葉に国村と上原と2つの姓が存在するのはなぜだろう。腹違いとはいっても同じ家族だったわけでしょう……

「国村が中2の時に親は離婚、上原の母親は上原を引き取り家を出たらしい……その後上原がどういう経緯で松永の所にきたのかは私にはわからない」

運命のいたずら……いたずらにしては酷過ぎる。母の愛した人と松永の片腕をしている上原が兄弟だったなんて。

「国村が言っていた事がある。中学の時に別れた弟を見つけた。だけど会ってはもらえなかったって。そういう状況を作り出したのは自分の方かもしれないって。一度上原が国村の所に会いに来たことがあったらしいの。だけど国村はその時冷たい態度をとってしまったんですって。その事を後悔していたわ」

だけどわからない、なぜ上原が私達を守る事を償いだと思ったのか……そして上原が手をくださなかったのに、私の本当の父はなぜ死ななければならなかったのか。

「上原が国村に会わなかったのには理由があった。その頃、松永が私との結婚を狙っていたから。だから自分の兄が国村だと松永に知られることを避けたかったのよ」

私の手を握っている母の手に力が入る。

「私は父の会社を倒産から救うために、松永との結婚を選んだ。そもそもそれが間違いだったのかもしれない……今頃そんな事に気付いても遅いけれど……」

母の声がほんの少し震えているように感じた。

「松永は国村のプライドを傷つけ、画家としての命も絶ってしまった。そんな時よ上原が松永の片腕だと国村が知ったのは……国村は自殺した」

母の言葉の中に出てくる国村という名前が父だという実感はなかったけれど、最後に母が言った言葉に衝撃を受けた。心に痛みが走った。

「なぜ?」

私の口から自然とそんな問いが出ていた

「……わからない……ただ上原をはさんで松永と国村の間で何かがあったんだと思う。画家として、一人の男性としてプライドをズタズタにされていた時期に、追い討ちをかけるように何かがあった……」

母の声はだんだんかすれて小さくなってく。深い悲しみが空気を伝って私に届く。

「国村が死んだ後、上原が私に謝りながら言ったのよ……私のせいで国村を死に追いやってしまったと……」

母の言葉は泣き声に近かった。私の頬に母の涙が落ちる。

後はただ母の苦しい押し殺したような泣き声が聞こえてくるだけだった。


顔も知らない父親と上原、そして松永の間で何があったのか、今となっては知ることは出来ない。

母が話してくれた事は、まるでフィクションの小説のように私の耳を通して中に入り込んできた。


隠されていた事実が一気に心に流れ込んできて、実感もないのに心がやけの重く痛かった。

私は深いため息をつく。体の全ての力が抜けるような脱力感が私を襲う。

瞼が自然に重くなっていく。母の手の温かさで緊張が緩み、だるさが体を覆っていた。


沙羅……いつもお前の傍にいるよ……

一瞬、そんな玲の声が聞こえたような気がした。

頭の中で玲の事を気にかけながらも、私は疲れに勝つ事ができず、ついに睡魔に負けてしまった。

意識は眠りの中へと消えていってしまった。




上原と母が愛した男が兄弟だった。

兄である国村の死に、松永の陰謀を感じたが、詳しいことまではわからなかった。

上原と松永が死んでしまった以上、真相は闇の中だった。

沙羅は眠りに落ちる瞬間、玲の声が聞こえたような気がした。


はたして玲は生きているのだろうか?

そしてこれから沙羅と玲の2人はどうなっていくのだろうか……

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