過去に隠された衝撃の事実
私は刑事さんに抱えられるようにして門の外へと出る。
お母さん……母は私の手を握っていた。温かい優しい手だった。
玲の事が心配だった。倒れそうになった私を抱きしめ受け止めてくれた。その一瞬の感覚が体に残っている。
玲と離れ離れになってしまった事が、心の中に不安の影を差そうとしていた。二度と会えないような気がして怖かった。
「刑事さん、私一人で歩けますから下ろしてください」
私は刑事さんにそう言い、下ろしてもらう。
自分の家から逃げるように出て……私は家のほうを振り返って、松永が言っていた言葉を思い出していた。
松永とは血のつながりがない。
その一言が電池が切れたように私の足を止める。刑事と母も私の様子に違和感を感じたのか足を止めた。
「どうしたの?」
母の優しい声が聞こえてきた。私は今口にしようとした言葉を一瞬躊躇して飲み込んだ。
私の手を母は握り、頬を優しく撫でる。
いいんじゃないだろうか、このままわからなかった振りをしていても。あえて口のしなくてもいいんじゃないか……
そんな気持ちも心の中に生まれる。
だけどやはり私自身の性格が中途半端を嫌った。私は意を決して口を開く。
「私って松永の本当の子供じゃないの?」
躊躇しながらも、言葉を搾り出すように母に聞いた。
「なっ」
刑事さんの驚いた短い言葉が聞こえてくる。母は私の頬を撫でていた手を一瞬止め、少しの間呼吸するのも忘れているようだった。
「沙羅……沙羅、貴女は私が愛した人の子供……」
母の弱々しい声が聞こえてきた。
「ごめんなさいね。今まで隠していて……松永は気付いていたのね……」
母の声は震え、悲しい響きを放っていた。
「なぜ、私をあの家に置いていったの。血のつながりもない男のもとに」
私の中で一番重い疑問として心にのしかかっていた事。
「松永があなたを本当の子供だと思いこんでると思っていたから、私とともに行動するより松永が子供だと思っているなら、その方が安全だと思ったの」
母の声はどんどん小さくなっていく。自分の中の確信が崩れてしまった事に恐怖に近い感覚を感じているのか、私を触っている手が震えていた。
「ごめんね……私が全部悪いの……」
母はそう言って私を抱きしめる。
その時だ、冷たい空気を切り裂くように銃声が響き渡り、私の足元に鈍い音を響かせながら何かが倒れる音がした。
「刑事さん!?」
母の声が響いた。私は自分の足元に倒れたものにしゃがんで手を触れる。それはまぎれもなく刑事さんの体だった。
撃たれたの……どこを撃たれたの?
私は刑事さんの体を触る。
「……大丈夫だ、お嬢ちゃん」
苦しそうな刑事さんの声が聞こえてきて、生きていてくれた事に安心した。
家の敷地を仕切っている塀の向こう側の茂みを揺らす音がする。
私は一瞬音のする方を向き、聴覚を集中しながらゆっくりと立ち上がり身構えた。母が私の体を庇うように私の前に立つのがわかった。
「とんだ茶番劇を見せてもらった」
しゃがれた低い声が響いてくる。もう二度と聞きたくない声が無理矢理耳に入ってくる。
母が私の手を握る。手が震えていた。
緊張感に包まれた空気が私達に纏わりつく。息苦しいほどだった。
「……お前……まさか……」
松永は言葉を忘れてしまったかのように次の言葉がなかなか出てこなかった。
「……沙耶香」
沙耶香……それは母の名前だった。松永にこの人が母である事がばれてしまった……
「上原……」
松永の地面を這うような低い声が響く。それは地の底から湧きあがって来る様な怒りを感じさせていた。
「お前……沙耶香は死んだと言ったな」
怒りを含んだ響きが空気を震わせていた。
空気が動く。松永が拳銃を持ち銃口を私たちの方に向けているようだ、母は私の手を一層強く握り締める。
「総帥……もうおやめ下さい」
「上原、お前もか……裏切りおって、まさか……お前も沙耶香を愛していた、のか」
松永はまるで自分の中に問うようにそう言った。なんとなく私の中でもその問いに似た感覚は持っていた。
上原と母の間の特別な何か……。
「それは違います……」
上原は力強くきっぱりと否定した。松永の鼻で笑う声が聞こえてきた。
「愛する者が眼の前で死ぬというのは、自分が死ぬよりも悲しい事だろうな。お前にもわしを裏切った報いを受けてもらう」
松永は上原が自分の事を裏切っていた事を許せないんだろな。自分の意のままに動かない者を必要としないこの男は。
松永は愉快そうに声をたからかに響かせながら笑う。その笑いは人間のものとはかけ離れているように感じた。
私達に向けられて、引き金を引く音が微かに聞こえる。
駄目〜! 私は心の中でそう叫び、体を硬くした。そんな私の体を守るように母が抱きしめてくれた。
銃声が2つ冷たく今にも凍りつきそうな空気の中で鳴り響いた。
すぐ近くで人が崩れ落ちて路上に倒れる音が聞こえた。
「上原!」
母の絶叫に近い声が響いてくる。
「なぜ……なぜだ……わしが育てた恩を忘れおって……」
松永の声がだんだんかすれて小さくなる……いったい何が起こったのいうの。
私は目が見えない歯がゆさに苛立っていた。
「忘れてはおりません……だからこそ総帥、あなたに今まで使えてきたのです」
上原が苦しそうに咳き込むようにそう言った。
「ですが……その恩よりも……大事にしたい物も……あります」
咳き込みながら話しずらそうに話す上原の声が聞こえてくる。
「奥様が……愛していた方は……私の腹違いの……兄……だった」
「上原! わかったからもう話さないで、傷に触るわ」
上原の途切れ途切れの声に対して母の叫ぶ声が聞こえた。
母の愛した人……それはつまり私の本当の父。その人が上原のお兄さん? 想像を超える事実が突然目の前に現れて、言葉が何も見つからなかった。
「総帥……貴方が……殺しを命じた相手……それは……私の兄だった」
上原の言葉に松永のひがみっぽい笑い声が聞こえてくる。その笑いはその現実を知っていたと言っているような気がした。
「奥様とお嬢様を守る事が……私にできる……唯一の償い……」
弱々しい上原の声、そして激しく咳き込む声が聞こえてきた。
「上原! 上原、しっかりしなさい……上原……うえは……ら」
母の嗚咽を含んだ泣き声が聞こえてきた。私は手探りで上原の体に触る。
上原の手、腕を伝って肩、そして胸に手を当てた。その手に上原の大きな手が重なる。私の手を優しく握り少しだけ力を入れた。
「……総帥……先に……地獄で…ま……って……ま……」
上原の手に力がなくなり、私の手からずれ落ちてしまう。私は息を飲み込んだ。
眼の前に突如として現れた私の知らない現実に戸惑いながらも、言いようのない悲しみが私の心を覆い、小刻みに体が震えた。泣かない様に必死に我慢した。
「松永……貴方は悲しい人ね。貴方は上原に恩を売る事をできても愛情をかけることはできなかった。最終的にはそれが貴方にとって致命傷になったのよ」
悲しみに震える声で、母は冷たく淡々とそう話す。
「沙耶香……唯一……私が愛した女……」
松永の少しずつ歩み寄ってくる音が聞こえた。その足音は今にも倒れそうで弱々しかった。
私達を包んでいる冷たい空気が悲しみに震えているように感じた。
「愛し方を知らない可愛そうな人」
母は冷たく何の感情ももたない口調でそう言った。
松永の足音が止まり、そして地面に倒れる音が聞こえた。私は何も感じなかった。
悲しいとか嬉しいとか。そんな一切の感情が吹っ飛んでしまっていた。
たぶん、上原が言ったようにこの人には地獄が待っている。そう淡々と思っている私がそこにいた。
緊張感が緩んだ空気が揺れ、冷たい風が優しく吹いていた。
いきなり地響きをさせて爆発音が聞こえた。
私は音のする方を振り返る。
耳鳴りがするほどの大きな音を響かせてまた爆発する。
窓ガラスが割れる音が聞こえてきた。家全体が真っ赤な炎に包まれているのがわかる。
私達のいる所まで熱気が風の乗って届いていた。
今までの冷たい空気を一変させ、肌を刺すような熱い空気が私達を包んでいた。
松永の家が爆発とともに燃え上がっている。
玲……
今ここで起こった事、聞いた事実、そんな衝撃なんて一瞬にしてどこかへ吹っ飛んだ。
玲は何処?
私の頭の中は玲の事でいっぱいになっていた。
松永、コウリャン、そして上原の3人の中での、過去の中に封印されていた事実が発覚する。
その信じがたい事実を耳にした沙羅は、困惑し、悲しみを感じていた。
屋敷は爆発炎上。
はたして玲と沙羅はどうなってしまうのだろうか!?