最後の仕事
玄関の前庭にざっと数えて10人ぐらいの人間がウロウロしていた……相変わらず護衛が多い。
俺は時計を見る……今頃、刑事が門に設置してあるカメラを壊してるはずだ。
一発の銃声が空気を切り裂くように響きわった。
その銃声を合図に俺は森林公園の方から、裏庭へと入って行く。
沙羅と公園の中を逃げた時の事を思い出していた。
あの時よりも敷地内に設置されたカメラの台数が増えていた。
裏庭には、合計3台のカメラが設置してあった。
屋敷の正面側から銃声の音が聞こえてくる。どうやら始まったらしいな。
俺はカメラに銃口を向けて発砲する。銃声は正面側の騒ぎに紛れて、あまり聞こえなかった。
銃弾は3台のカメラのレンズをとらえ、こっぱ微塵に粉砕した。
俺は足音をできるだけ立てずに、裏口を開ける。案の定、正面側の騒ぎのおかげで人の気配が無かった。
台所を通って、食卓のある部屋を通リ過ぎ、一階の奥にあるクソジジイの部屋へと向う。
俺はドアに耳を当てて中の様子を探る。人の気配がしない。俺はドアを開けて、ドアの横の壁に背中をつけて、ゆっくりとドアの中をのぞくように様子を伺う。
広い部屋の一番奥の真ん中に大きな机があり、そこにあのクソジジイが机の上で手を組みながら座っていた。
「よく来たな……」
しゃがれた声が部屋の中から聞こえてくる。
「玲とか言ったな……どうだ、わしの下で働かんか? それなりに安定した報酬を保証するぞ」
クソジジイはそう言うと、高らかに声をあげて笑う。
何をほざいてやがる。
俺の心の中に怒りが込み上げてくる。それと同時に俺は部屋の中に転がりながら入って、銃口をクソジジイに向けて引き金を引いた。銃声が鳴り響き、クソジジイの頭が脆くも吹っ飛んだ。
何……クソジジイの頭はこっぱ微塵に吹っ飛んだ……なのに一滴も血が飛び散らなかった。
やりたがったな……人形にボイスレコーダーが仕掛けられてた。逃げやがったか……
俺が部屋から出ようとしたその時、机の横にあった奥のドアが開く気配がして、俺が振り向くとそこには如月と一緒にいた女の殺し屋が俺に銃口を向けていた。
俺はできるだけ早い動きで、その銃口から身をかわすように逃げる。銃声が響き渡る。
銃弾は俺の足をかすめて床に穴を開けていた。
俺は女に銃口を向けて引き金を引く。銃声とともに銃弾は机の分厚い板にめり込んだ。
「レイノコト キライデス」
机の後ろからシュリュウの声が聞こえてきた。そしてその声の主は愉快そうに笑っていた。
シュリュウに化けて、沙羅を拉致した相手があの女である事がはっきりした。
たくみに声色を使い分けて、本人そっくりに変装する。血だらけだった事もあって見破る事ができなかった。
俺は机に銃口を向ける。引き金を引こうとしたその時、机の横から影が飛び出した。俺は瞬時にその影に向けて発砲する。銃声は響き渡り影の動きは止まり床に倒れ飛んだ。
ただの座布団だった。女ではない事を確認して机の方に向き直った時、女の持ってる拳銃の銃口は俺の向けられていた。
完全に照準が合わせられていて、逃げるスキすらなかった。
女は不敵な笑みをこぼす。勝ち誇ったような顔だった。
女は躊躇なく引き金を引く。一瞬遅れて俺も引き金を引く。銃声は交差するように響き渡った。俺の腹には鈍い痛みが走っていた。
俺の撃った銃弾は女の心臓を微かに外れて肺の部分に当たっていた、女は苦痛に顔を歪めながら、拳銃の持ってる方の腕を上げて、俺に向け拳銃を構える。
息も絶え絶えの中で引き金を引こうとして、力尽きたのか、引力に引きずり込まれるように床に倒れ込んだ。
俺の腹からは血が流れていた。今の所歩けることは歩けるが、この傷でどこまでもつか……
部屋から出て、俺は階段へと向う。
沙羅……今助けに行くからな……
腹を押さえながらゆっくりと階段を上がる。階段の段を一つ上がるのにもいつも以上の力と精神力を必要とする。
やっと上まで上がる。心臓の音がいつもにも増して速いリズムを刻み苦しかった。一番最初のドアの向こうから、微かに音が聞こえた。
沙羅か……俺はドアを勢いよく開けて、壁に背中をつけ中の様子を伺う。
いた……沙羅は蔵元に後ろから羽交い絞めにされて立っていた。
俺はゆっくりと部屋の中に入って行く。運よく蔵元のボウズは銃は持っていないようだった。
「気に食わないやつらだ」
ボウズは苛立ちを含んだ口調でそう言った。
「それはこっちのセリフだよ」
俺はそう言い、ジリジリと前に進みながら銃を構える。
ボウズの舌打ちする音が聞こえた。次の瞬間いきなり羽交い絞めにしていた沙羅の体を思い切り前に押した。沙羅の体は前のめりの転びそうになる。俺はその体を支えるようにして抱きしめた。
クソボウズはそのスキに俺の横を通り過ぎて部屋から出て行く。
腹の傷に激痛が走り、瞬時に動く事ができなかった。
俺は沙羅の体を優しく床の上に座らせると、立ち上がってボウズの後を追う。
その時だ、一階の方から銃声の音が聞こえて、階段を鈍い音をさせながら何かが落ちていく音が聞こえた。
俺は腹を押さえながら階段に急ぐと、一階の広間には沙羅の母親が拳銃を手に立っていて、階段の下にはクソボウズが倒れていた。
屋敷の中にはチャイニーズマフィアの連中も駆けこんできていた。
沙羅の母親は階段を駆け上がってくると、俺の方に近付いて腹の怪我を見る。沙羅の母親は瞳を揺らしながら俺の瞳を真っ直ぐに見ていた。
そんな顔をするな……自分の体の状況は自分がよく知ってるさ。
「クソジジイに逃げられた。この屋敷の始末は俺に任せて後は頼んだ。沙羅はそこの部屋の中にいる。この屋敷をぶっ飛ばす。10分後だ……いいな」
俺のその言葉に沙羅の母親は力強く頷き、沙羅のいる部屋に入って行く。
その姿を俺は壁にもたれながら見ていた。
「玲!」
刑事がそう叫びながら、正面玄関から走りこんできて階段を駆け上がってくる。
「大丈夫か?」
刑事の気休めのような言葉が頭の中に響いていた。
「持ってきてくれたか」
「ああ」
刑事から、紙袋を受け取る、中には俺が作った爆弾が入っていた。
「悪いがな、沙羅と、沙羅の母親の事を頼む」
刑事はほんの少しの間、俺の顔を見つめていたが、悲しいような笑みをこぼすと沙羅達のいる部屋に入っていって、沙羅を背負うようにして出てくると俺の前を何も言わずに通り過ぎていく。
「ねえ、玲は、玲はどうしたの?」
俺の前を通ろうとしたまさにその時、沙羅のそんな言葉が響いた。
沙羅の言葉に反響して俺の心は震えていた。
「あいつはまだやる事があってな、後で合流できるから」
刑事はそう言いながら俺の前を通り過ぎ、階段を下りていく。沙羅の後姿をしっかりと目に焼き付けながら静かに見送った。
沙羅の母親の指示でチャイニーズマフィアの連中も屋敷の外に出て行く。
腹からの出血は止まる事はなく、かなりの血が流れ出ていた……
俺は大きく深呼吸をする。そしてゆっくりと廊下の奥へと歩いていく。
殺し屋としての最後の仕事、クソジジイの首をとる事は叶わなかったが、沙羅をなんとか救出する事はできた。
沙羅……離れていても、俺はいつもお前の傍にいる……
その事を忘れないでほしい。
俺は心の中でそっと呟いた。
沙羅を見つけることが出来たが、松永を見つけることが出来なかった。
沙羅を刑事と母親に託した玲は一人屋敷に残る。
重傷をおっている玲の運命は!?
はたして松永を葬り去る事ができるのだろうか……