救世主の正体発覚
唯一、家から開放される学校。はっきり言って学校も私にとってはつまらなかった。
だってさ、私が松永財閥の娘だって知られてるわじゃない? って事は、教師達が目に見えて私だけを特別扱いにする。すると他の生徒は面白くないでしょう?
思いっきりいじめの対象にされてしまう。
小学生の時も中学生の時もいじめられてた。
だけどいつまでもいじめられてるのもしゃくだから、中学の2年くらいから空手と剣道を習い始めて、高校では空手部の主将をしてる。
ああ、でも私も今年度で卒業だから今はしてないけれど。
そのおかげで、私が何もしなくても言わなくてもいじめられなくなった。
生徒達だって、教師と同じ、高校生ともなれば色々と身の回りにお金がかかったり、遊びにお金がかかったりで、私に近づいてくるヤツらがけっこういた。
だけどね、お嬢様っていうのは名ばかりで、うちは月額5千円のお小遣い制、今時5千円っていうのは少なくありませんか? そう思わない? って誰に言ってるんだろう。
秋の昼下がり、温かい日差しで気持ちがいい。数学の授業は眠くなる。
だってもうすでに簡単にできる問題ばかり。小憎らしい事を言うでしょう?
自分でもそう思う。
たま〜にね、本当にたま〜に、何かに無償に腹が立つ時がある。
たぶん自分の置かれている状況や、普通に暮らしたいって思ってる私に対しての周りの対応に腹が立ってしまうんだと思う。
わがままなお嬢様……かな?
私はおもむろに、前の女子の髪の毛を鷲掴みにして引っ張った。
「ギャッ!」
女子は短く声をあげて、後ろに仰け反る。
十分にわかってる、やってはいけない事だって。そうなんだけど、たまに周りの反応を試したくて、こうゆう事をやってしまう自分がいる。幼稚かな?
生徒達も、数学教師も一斉に私の方を見る。私はニッコリと笑った。
誰も何も言わない。教師も見て見ない振りをして、また黒板の方を向くと淡々とチョークで文字を書き始める。
生徒達みんなも、見ないふりを決め込んで俯いていた。私の被害にあった女子までもが何も言わない。つまらない。
そんな中で唯一1人だけ、私の方を見ながら悲しく笑う女子がいた。
友達の由香里だった。親友と呼べるかどうかはわからない、ただ由香里だけは私に対して普通に接してくれた。
私は由香里の顔を見て鼻で笑う。そして立ち上がり鞄を持って教室を出る。たぶん早退にはならない、これも学校の配慮らしいけど。くだらない。
「沙羅!」
後ろから、由香里が鞄を持って追いかけてくる。私は立ち止まって振り返った。由香里の必死な表情に思わず心地よさを感じで自然と笑みがこぼれた。
「早退になるよ」
私は由香里に気を使ってそう言った。由香里はハアハアと息切れしながら私の方を向く、どうも体調が悪そうに見えた。
「どうしたの? 体調でも悪い?」
私の問いに、一瞬顔を上げて、何か言いたげな表情を見せる。そして一呼吸置いて口を開いた。
「ねえ、沙羅、明日ちゃんと謝るのよ!」
はい!? もしかしてそれって、前の席に座ってる木戸さんの事? わかった、かわった、ちゃんと謝るよ。
だけどおかしい。今私に言おうとした事は、そんな事じゃないような気がするんだけど……
「私、これから行く所があるから、今日は付き合えないわ。ごめんね!」
由香里はそう言うと、足早に私から離れて行く。
おかしい! 絶対におかしい!!
私の中に胸騒ぎってゆうか、とにかく嫌な予感がした。
そんな私の気持ちがそうさせたのか、私は由香里の後を追っていた。
由香里はタクシーに乗った。あの子って意外にお金持ってるのね。
何処まで行くんだろう? 私もそんな事を思いながらタクシーに乗った。
由香里を乗せたタクシーは街中へと入っていって、比較的昼間は静かな繁華街の傍で車が止まった。
こんな所に何の用かな? 私はそう思いながらお小遣いの範囲内の料金で済んだ事に安心する。
由香里は古びたビルの中に入っていった。入り口の所にある看板を見ると、一つだけ名前があって「安らぎの館」と書いてあった。
「安らぎの館」……何よそれ!?
私はビルの中に入っていって、薄暗い階段を上がる、2階の奥の扉に「安らぎの館」と書いてあった。私は扉の所まで行くと耳をくっつけてみる……
中で何人かの人の気配がする。
「舐めた事言ってんじゃねぇ!!」
大きな怒鳴り声が聞こえてきた。由香里大丈夫?! 私は考えるよりの先にドアを開けていた。
いきなり目に飛び込んできた光景に息を呑む。
3人のガラの悪い男と、何人もの女の子、そして床に倒れた由香里。
私は状況の把握なんかよりも、床に倒れた由香里を抱き起こしていた。
由香里の表情は苦痛に歪んでいた。
「へえ、あんた由香里の友達か?」
1人の男が私に目線を合わせてしゃがみこむ、そして私の顎に手をあていやらしい声でそう聞いた。
「だったら、何よ!」
私はその男の顔をこれでもかってぐらいに睨んでやった。
「由香里の代わりに、このお嬢さんに働いてもらおうか!」
それってどうゆう意味?
男達は私の腕を掴んで、由香里から引き離すように、私の体は奥に引きずられて行く。
私の飛び込んだ所がどうゆう所なのか、私はこの時、何もわかっていなかった。
クソッ!
私は男二人に羽交い絞めにされる。動けない。
もう1人の男が手に持っていたもの……それは注射器だった。
それが視界に入った時、テレビのドラマに出てくる光景が頭に浮かんだ……覚せい剤!?
私は何とか、この状態から抜け出したくて、必死で身をよじってみたり暴れてみたけど、手を振り解く事ができない。
男の持っている注射器が私の腕に近付いてきた。
もう駄目!? 私は身を硬くして目を閉じた……
え!? 何も起こらない!?
ゆっくり目を開けてみる。すると注射器を持っていた男の首に黒い手袋をした手が巻きつくようにして絡んでいて、男は苦悶の表情を浮べていた。
次の瞬間、とても嫌な音がする。首の骨が折れる音だった。
私はゆっくりと顔を上げ、黒い手袋をはめている男の顔を見る。黒いキャップを目深にかぶり、サングラスをした男だった。
「てめぇ!」
私を羽交い絞めにしていた男達が一斉にその黒キャップの男に飛びかかろうとした。
何かが破裂するような音が響き渡る。一瞬耳鳴りがした。
音とともに男達は後ろに仰け反るように倒れた
倒れた男達の額には穴が開いていて、黒キャップの男の手にはピストルが握られていた。
「キャー!!」
周りいた女の子達の悲鳴が一斉に上がる。みんな殺されちゃうの? 一瞬そんな危機感を感じる。
黒キャップの男は静かにピストルを自分の背中にしまい込むと、由香里に近づいて行った。
え!? やだ! 由香里に何する気!?
私は走って由香里の所に滑り込むようにして先回りして、男と由香里の間に入る。
男は私の所まで来ると、しゃがみこんで私を見る。たぶん見てると思う。サングラス越しだからよくわからないけど。
「お嬢さん、どいてくれないか?」
男の声に聞き覚えがあった。冷たくて静かな声。あの人の……玲の声にそっくりだった。
私は唖然として、その場に座り込んでしまった。
男は由香里の袖をまくって腕を見る。注射の痕があって痛々しく見えた。
私は思わず、息を呑んで口に手を当てる。
なぜ!? なぜこんな事、心臓がドキドキと鼓動を打ち、苦しかった。
「中毒症状起こしてるな」
男は淡々と静かな声でそう言い、由香里を抱え上げると、部屋から出て行こうとする。
「あ、あんた! 由香里をどうするつもり!?」
私は立ち上がりながら聞いた。
男は私に背中を向けたまま立ち止まる。
「病院に連れて行く。助けたいだろう?」
男はそう静かに言うと、出口に向って歩き出す。
「いったい、あんたは何!?」
私の中でたぶん答えの予想はついていた、だけど私の予想が間違っている事を確認したくて聞いた。
男は立ち止まり、私の方を振り向く。
「見ての通りの殺し屋さ」
男の唇は冷ややかに悲しい雰囲気を漂わせながら微笑んでいた。
予想はしていたけど、信じたくない現実を突きつけられた。私はその場に座り込み、男の背中を何も考えられない思考の中で見送った。
「死にたいなら、殺してやろうか?」
あの時の言葉が、頭の中に蘇る。
殺し屋……今まで疑問に思っていた事が一つの糸に全部つながった。
私は不思議と恐さを感じていなかった。あの人に対する信頼感。
そんな自分でも理解しがたい感情が生まれている事に気づいて、思わず苦笑いをした。
あの人に任せておけば、由香里は大丈夫。そう思えるのが不思議だった。
遠くの方でパトカーのサイレンが鳴っていた。
まさか由香里があんな所に出入りをして、しかも覚せい剤!?沙羅はひどく動揺した。
ガラの悪い男達を襲ったのが玲だとゆう事が声を聞いてわかった…沙羅はまた玲に助けられたのだった。
沙羅の中で玲の存在が特別なものに変わろうとしていた…




