待ち構える罠への誘い
沙羅……沙羅……沙羅……
俺は心の中で必死に祈った。どうか、どうか無事でいてくれと……
病院の一階のエレベーターのボタンを押す。上から降りてくる光が異様に遅く感じた。俺は待ちきれずに階段を走りながら上る。廊下を走り、沙羅の病室のドアを勢いよく開けた。
そこには空気だけが居座っていて、沙羅の姿も寝ていた布団も撤去されてしまっていた。
俺の後ろを通り過ぎた看護師が俺に声をかけてくる。
「松永沙羅さんなんら、今日の昼過ぎに退院の手続きをされて、付き添いの方と帰られましたよ」
俺は愕然として、自分の不覚さを深く後悔した。
クソッタレ!
俺は手を力の限り握ると、その拳を思い切り壁に叩きつけた。
怒りの持って行き場がそこしか見つからなかった。沙羅を連れ去った偽シュリュウに対しての怒り、そして偽者だと気付かなかった自分自身に対しての怒り。
心が震えて鼓動が早くなる。自分に痛みを与える事でしか、この怒りを抑えることができなかった。
俺は病室を後にして、階段を下りていく。
その時、携帯が鳴り響く。階段の踊り場に音が反響して響き渡っていた。
電話の向こうから、聞いたことのある声が響いてくる。それはシュリュウの声だった。
声はシュリュウだが、たぶん本物ではない。軽快な笑い声が聞こえてきて、今度は低めの妖艶な女性の声が聞こえてきた。
女は「沙羅を預かっている、返してほしければ、松永邸に一人で来い」そう言って電話を切った。
これが罠だと気付かないやつはいないだろう……俺が行ったところで沙羅の命が助かる保証はない。だが沙羅を助けられるのは俺しかいない。
一人で来い……か
俺は携帯をしまうと、ポケットにねじ込んでいたピンク色のドレスの切れ端を取り出し、それを握り締めた。
沙羅……待っていろ、絶対に俺が助けてやる。そしてお前の人生をクソジジイから開放してやるからな。
俺は急いで階段を駆け下りて病院から出ると、車のトランクに乗せてある武器をチェックする。一通りチェックし終わると俺は車に乗ってエンジンを掛けた。
車を発進させようとした時、いきなり助手席側のドアが開いた。俺はその音に驚き咄嗟に銃を構えて銃口を助手席側に向ける。
「おいおい、仲間に銃口を向けるなよ」
そう言って嫌味たらしい笑みを浮かべていたのは刑事だった。
刑事は助手席側のドアを閉めると、俺の方を見てため息を一つした。
「昼間、鬼柳の家をやったのはお前だろう? それを確かめたくて手っ取り早くこの病院に来てみたらお嬢さんは退院した後だった。なのにお前の姿がここにある……どういう事だ?」
刑事は俺の顔に疑いの目を向けて覗き込んでくる。
俺は答える事をしなかった。向こうの要求もあったが、最初から刑事の手を借りるつもりも無かった。
刑事はそんな俺の表情を見ながらニヤニヤと笑い、前を向くとシートベルトを締めた。
「……そうか……お嬢さんが拉致されたか。しかたがない手伝ってやる」
コイツは何なんだ? 俺の答えを聞く前から状態を把握してたのか……知ってるなら聞くんじゃねえよ。
「下りろ」
俺は言葉短くそう言った。刑事は悲しい影を感じさせた瞳で前を睨むように見つめていた。
「これは俺の問題……俺は自分勝手に恨みを晴らしに行きたいだけだ、気にするな」
人間っていう生き物は、人を愛するからこそ、憎みもする。愛が深ければそれに比例して憎しみも深くなるのだろうか……
コイツが刑事という職業を捨てでもクソジジイを殺したと思うのは、それだけ家族に対する愛が深かったという事だろうか……
「……勝手にしろよ」
俺は鼻で笑いながらそう言うと車を発進させた。
車は傾きかけた太陽に向って走る。初冬の太陽の日差しは夏に比べると弱いものの、真正面にあると眩しかった。
ミラーに映りこむ2台の車……もはや歓迎してくれているらしい。早いお出ましだな。
「公道でやり合うのは民間の方々に迷惑がかかる……ここはどこか適当な場所で遊んであげたほうがいいだろう」
刑事は意味ありげな笑みを浮かべるとそう言った。俺はその言葉を鼻で払うようにすると、ハンドルをきって、公道から細い小路に張り込んで、砂利道をスピードを上げて走る。
後ろの2台の車も後をつけて、小路を曲がって俺達の車の後を走ってくる。
細い小路を走って行き着いたところは、廃墟になったスクラップ工場だった。俺は急ブレーキをかけて車を止めると、ドアを開いて外に出る。
後をついて来た車に向けて発砲する。銃弾は窓ガラスに当たるが弾かれヒビを入れることすら出来なかった。
車にそんな金をつぎ込むなんて、無駄遣いしやがって……
俺がそう思った時、刑事が車の足元を狙って投げたものがあった……手榴弾だ。
手榴弾は車のちょうど前方真ん中に落ち、車が通り過ぎる瞬間に車の下で爆発する。車内は途端に火の海になって燃え上がった。
おいおい、ここにある武器だって金がかかってるんだ、無駄遣いするなよ……なんて事を思いながら俺は鼻で笑った。
もう一台の車が止まり、一斉に4枚のドアが開いたかと思うと、4人の男が出てきて俺達に向けて銃口を向ける。
4対2か……俺はそんな事を思っていると。また刑事は手榴弾を手にしながらニヤリと笑う。刑事がピンを抜いて男達の方へと投げつける。男達はそれに気付いて瞬時に勢い欲走りなら散らばった。
手榴弾はなんの意味も無く爆発する。俺と刑事はその爆発に紛れて男達に向って走り込んで行き、煙の向こうに一人の影を見つけて銃を向け引き金を引く。
銃声が響き渡って、その影は後ろへと倒れる。俺は煙の中に飛び込みその影の状態を確認する。男は腹に銃弾を受け倒れていた。
俺は立ったままの状態で男の額に銃口を向ける。
ひとーり、おしまい……引き金を引いた。銃声が響く。
俺と反対側の方でも銃声が聞こえる。刑事も拳銃の音だった。
後ろに気配を感じて、後ろを振り向きながら銃を構える、もう一人にの男が持ってる拳銃の銃口が俺に向けられていた。
俺は躊躇なく引き金を引く。男は銃声とともに手を押さえて苦痛に顔を歪めていた。俺は透かさずその男に駆けて行き、とび蹴りで顎を蹴り上げる。男は後ろへ吹っ飛び倒れると動かなくなる。
ふたーり、おしまい。
俺とは反対の右側の方でも銃声が2発響いていた。
刑事の方も終ったのか……俺は砂煙が落ち着いてくる中を状況を把握するように見つめた。
刑事がニヤニヤと笑いなら俺に近付いてくる。どうやら始末できたらしい。
自分の方から来いと言っておきながら、クソジジイの所に行く前に、こんなヤツ等を仕掛けて置くとは……
まったくいけすかないジジイだぜ。
俺達は急いで車に戻って、来た道を戻り公道に出る。余計な時間をくっちまった。
太陽は山に隠れかけ、空を紫色に染めていた。
車は紫色の世界の中を走り、松永邸へと向った。
沙羅は連れ去られ、玲にはある女から「沙羅を帰して欲しければ、松永邸に来い」という誘いの電話があった。
玲は車に乗り、松永邸へ急ぐ。
沙羅と玲の運命はどうなるのか?




