信じる心に罠を仕掛ける
目の手術は無事に終った。結局玲は姿を現さなかった。
「ダイジョウブ?」
シュリュウが優しく聞いてくる。私の母の事を慕っているからと言ってここまでしてくれるものかしら……
いけない、いけない。ついうちまた警戒して、人の好意に対して失礼よね。
「サラノ シュジュツチュウニ レイカラ デンワ」
シュリュウの言葉に嬉しい驚きを感じる。玲から電話が来たの!? 本当に?
「玲は何て言ってたの?」
私は恐る恐る聞いた。玲の事だから、また私の事を考えすぎて、冷たいことを言うんじゃないかと少し思った。
「サラノコト シンパイ ツレテクルヨウニト」
シュリュウの言葉に、嬉しさがこみ上げてきた。目に包帯をしてなければ。涙が流れていたかもしれない。
先生が言ってた。安静にできる環境があるなら、今日退院してもいいって。そのかわりまめに通院しなきゃいけにんだけど……。
明日には包帯が取れるらしい。本当に簡単だった。
祥の目が見えなくなるって、嘘に振り回されてた私って本当に馬鹿だと思う。
「ドウシマス?」
シュリュウのその問いに、私の気持ちは決まっていた。
「玲のところに連れて行って」
あの日病院で別れてから心細くて不安で、ずっと心は玲を求めていた。
だけど言葉にしてしまったら、心が崩れてしまいそうだったから……玲の事を口にする事はしなかった。
シュリュウが手際よく退院の準備と手続きをしてくれた。
本当に気は利くし、とても優しい人……私は素直にそう思った。
私はシュリュウの肘の部分の服を掴んで、引っ張られるように歩く。
エレベーターに乗って、1階のロビーに着くと、私たちと入れ替わりに何人かの人たちが、乗っていく気配を感じた。
シュリュウの足取りが心なしか早く感じた。ほんの少しの違和感を感じる。そのスピードについていけなくて、私は躓いて転んだ。何か急ぐ理由があるのだろうか……
シュリュウの手がスグに伸びてきて、私を立たせてくれる。なんとなく、その手が強引だったような気がして、心に少しだけ引っかかった。
昨日までの優しい雰囲気の手とは少し違う気がした。
またさっきのように、シュリュウの肘の部分の服を掴むと私達は歩き出す。自動ドアが開いて外の空気が入ってくる。
冬を感じさせる冷たい空気。頬を撫でて通り過ぎていく。
シュリュウに引っ張られるように外を歩き、私は車の乗せられる。
心は玲に会える事を期待して、嬉しさに鼓動が早くなっていた。
私はこの時に、大きな何かを見逃していたのかもしれない。
車のエンジンの音がして、車は動き出す。
私は体を背もたれに深く預ける。なんとなく制限速度よりも速いスピードを感じた。
制限速度を守る人も少ないかもしれないけど、それにしても速いような気がした。
何かに追われているような……急いているような、そんな雰囲気を感じた。
「ねえ、玲はどこで待ってるって?」
私の質問に、答えが返ってこない……もしかして日本語が伝わらなかったのかな? 私はそう思いながら、なんとなかく心の中に違和感を感じていた。
池に小さな石を投げ込んだ時ように、小さな波紋を広げていた。
車はスピードを変えずに走り続ける。高速なみのスピードで走っている。
徐々にスピードが落ちて車が止まる。歩行者用の信号機から音楽が流れてくる。曲目はかごめかごめだった。
そういえば私の家の近くの信号機からも同じ音楽が流れる信号機あって……もう少し音楽が進むと、壊れてるらしく途中で躓くみたいで音楽が止まっちゃってたな……もう少し……
あれ!? 同じところで音楽が止まって、また鳴り出した。
その時になって私は初めて、自分のおかれている状況が悪い方向に向かってる事になんとなく気付いた。そう思ったと同時に私はドアの鍵を開けて飛び出そうとしたけれど、ドアが開かない。
「ムダデスヨ」
シュリュウの声が冷やかに聞こえてきた。
「貴方は誰なの!?」
「コタエル ヒツヨウセイガ アリマセン」
私の質問に、淡々と何の感情も感じない口調で、シュリュウはそう答えた。
車が走り出す。あの信号機があるという事は、もう少しで私の家に着く。あの松永恭次郎がいるあの家に……
私は背筋に寒気を感じで、自分の腕で自分を抱きしめた。
それと同時に、これからおこりうる状況に対しての心構えを自分で作り出していた。
車は何回か角をまがったのち止まる。そして静かに徐行運転で走り出す。
帰りたくもない我が家の門を通り過ぎたに違いない。そしてまもなく車は止まり、シュリュウが運転席から降りると私の方のドアを開き、私の腕を掴むと引っ張るようにして車から下ろされた。
見えなくても、私の目の前に、戻りたくもないあの家が建っているのがわかった。
シュリュウは私の腕を力強く掴むと引っ張るように歩き始め、玄関の扉を開く。
「ツレテキタ」
そのシュウリュウの言葉に、しゃがれた重みのある声が聞こえてきた。
「よくやった……」
吐き気がするほど嫌だった存在。松永恭次郎の声が私の耳の中に無断で入ってきて、不快感が広がり、心がざめきたつ。
覚悟はしていたものの、ムカムカして気持ちが悪かった。




