心のスキに入り込まれる
ここからだと鬼柳家の家がよく見える。
以前は消防署だった場所が閉鎖になって、町の財政難を補綴するために売りに出されていたのを、2年前に父の親友の名前を借りて俺が買った建物だ。
クソジジイを消す時には絶対に鬼柳の存在も欠かせない。その時のために少しずつ準備をしていた。
しかし随分と人数を集めてるな。俺は双眼鏡を覗きながらそう思った。
鬼柳の家には鬼柳の分家にあたるところからも人が集まっていた。
これだけ人を集めてるって事は、外からの襲撃に備えてるか、何かがおっぱじまるかのどちらかだな。
正面玄関に出入りしている人間の人数を確認する。
ざっと数えて5人くらいのはいるか……夜になればもっと増えるだろうな。
闇に紛れて潜入っていうのが常套手段かもしれないが、相手の気の緩みを狙うなら昼間の方がいい。
見張りの注意を他に移すにには色々な手段があるとは思うが、一番簡単に動揺させて目線を移させるのに、俺が選んだ手段はこれだ。
俺は小さなリモコンを手にして、軽く鼻で笑う。
そしてリモコンのボタンを押した。鬼柳の家の裏手で小さな爆発音がして、煙があがり、次に火の手も上がる。
鬼柳の家は昔の日本家屋だから、よく燃えるだろうよ……
正面玄関を固めていた人間達が慌てて裏手の方に走っていくのが見えた。
さあ、行きますか。
俺はリュックを背負い、2階から鉄の棒に手をかけると勢いよく1階に降りて、建物を出ると、一つ向こうの通りにある。鬼柳の家に急ぐ。
早くしないと大火事だぞ。案の定みんな裏手の火災に夢中で、正面玄関は手薄になっていた。
もしも拉致するとしたら……あの部屋だな。
この鬼柳の家には隠し階段があった。半年前にここにチンピラとして潜入して下調べした時には面白いところに仕掛けがあった。
俺は玄関を入って。様子を伺いながら細い廊下を歩く。建物の裏の方からは沢山の男達の声が聞こえてきて。炎の熱気も伝わってきていた。
男達の苦労にも関わらず、火は消えそうにない。
こっちも焼け死ぬ前に沙羅の母親の姿を確認しないとな。
俺は細い廊下の角を曲がる手前で足を止める。柱と天井を境目にある小さなつまみに手をかけてそれを引っ張る。すると天井が開いて梯子が降りてきた。俺はその梯子を上り上に上がる。天井裏に顔を出すと、薄暗い空間の中にいくつかの扉があった。俺は上に上がると梯子をしまい込む。そしてその扉を一ずつあけるが、姿が見えない。
おかしい……俺の感も鈍ったか。
俺は静かに目を閉じて、人の気配を探る。
どこだ……かすかに人の息遣いが聞こえてくる……
俺はゆっくりと歩きながら、気配を探す。どこだ……
ここか……一枚の壁の向こうに気配を感じて立ち止まる。ここの向こうか。見た目はただの壁だ。俺は壁を叩いてみる。確かに向こう側には空間が広がっているようだった。
どこかに開けるための仕掛けがあるはずだ。どこか……
俺は念入りに見て壁の周りを触る。遠くの方から消防車の音が聞こえてくる。
どこだ……こういうときに焦りは禁物だ。
ふと足元に違和感を感じた。床が微かにへこんだような気がした。その部分を静かに踏んでみた。すると軋む音をさせて、壁が回転していき、壁の向こう側に鉄格子が見えた。
中には2つの影……2つの影だと。沙羅の母親ではないのか。
俺はゆっくりとその影に近付き、鉄格子の中を確認する。
奥のほうに一人女性らしき人が座っていた。そして、手前側には生きているのかどうかわからない状態で、横たわっている人影。
「コウリャン」
俺は沙羅の母親の名前を呼んでみる。奥に座っていた女性が静かに顔を上げて、俺の方を見る。その顔は沙羅の母親そのものだった。
沙羅の母親は俺に気付くと、眼の前に横たわっている人間に近付いていき、声をかけた。
「シュリュウ!」
今……シュリュウと言ったのか……どういう事だ?
そのシュリュウと声をかけられた人間は重く呻くように声を出す。だがかなりの怪我をおってるらしく、動けないようだった。
「悪いが、できるだけ奥のほうに行ってくれ」
俺の言葉に沙羅の母親は、横たわったる人間を引きづるようにして一緒に奥へと下がる。
俺は腰から拳銃を取り出すと、鉄格子にかかっている鍵に向けて発砲する。銃弾が金属にあたる甲高い音が3発響き、鍵が弾け飛んだ。
鉄格子の扉を開けて俺は中に入ると、横たわっていた人間の顔を確認する。その顔を見て驚き、息を飲み込んだ。顔が変形するほど殴られた痕はあったが、まぎれもなくシュリュウだった。
それじゃあ、今沙羅と一緒にいるはずのシュリュウは何者なんだ!?
「ここに居るのは本物のシュリュウだよな?」
俺の問いに沙羅の母親は不思議そうな顔をしている。
「しまった……やられた」
俺の心がざわつき始める……俺の心の中にできたスキを完全につかれて入り込まれてしまった。
とにかく今は、此処を早く脱出しないと。
リュックから手作りの爆弾を出すと、部屋の隅一つ置く。そしれ沙羅の母親にリュックとリモコンを持たせる。
「悪いんだが、俺の指示した所にこれを置いてくれ、こっちのリモコンは俺たちが外に逃げ出した後に押すんだ」
その言葉に沙羅の母親は頷いた。その表情は臆する事無く凛としていて、沙羅の面影と重なった。
俺はシュリュウを肩で担ぎ立ち上がり、急いでこの隠し部屋から出る。消防車の音がかなり近く聞こえていた。
「誰か、居ないのか! 金庫の中の金を持ち出せ!」
家の奥のほうからそんな鬼柳の声が聞こえてきた。鬼柳がこの家の中にいる、かならず葬ってやる。
俺は廊下を通るさい、沙羅の母親に家の中央部にある部屋にリュックを置かせて、素早く玄関から出る。外にはやじ馬は沢山集まっていた。
このやじ馬も計算通りだった。人に紛れて逃げられる。俺たちは人ごみを掻き分けて道路に出ると、母親は静かに何の躊躇もなくリモコンのボタンを押す。
家の中央部から凄まじい爆発音とともに火柱があがる。やじ馬の間から悲鳴も聞こえた。タイミングとしてはちょうどよかった。消防のヤツらが突入する前だったからな。
俺たちは、もと消防署の建物に逃げ込む。
母親の方は怪我をしている感じではなかったが、シュリュウの方はかなりの重傷だった。
床にシュリュウを寝かせて、容態を見る。顔は腫れていて血だらけ、体中が打撲だらけで、たぶん肋骨も折れているだろう。
母親は俺から携帯を借りると電話をして仲間を呼んだ。
「沙羅に何かあったのでしょう? さっきの貴方の表情はただ事ではなかったわ」
母親は俺の方を見つめると、揺れる瞳でそう言った。
「すいません。俺のせいです」
「あの子を助けて。お願い……あの子をかならず助けると約束して」
母親は俺の手を握り、そう強く言った。
俺は力強く頷くと、立ち上がってその場を後にする。
不覚だった。手術に立ち会わなかったことを後悔した。俺の中の過去へのわだかまりなんか抜きにして沙羅の傍にいるべきだった。
沙羅……沙羅……無事でいてくれ。
俺は心の中で強く強くそう思った。
沙羅と一緒に居るシュリュウは本物のシュリュウではなかった。
沙羅の運命はどうなるのか!?




