過去の重さ
オレンジ色の光の中で俺の影が揺れていた。
なぜかこの隠れ家に身を置いてると、落ち着ける自分がいた。
薄暗く、閉鎖的で無機質。まるで外からの雑音を遮断するかのようにその空間は存在する。
まるで俺の心のようだな……そんな事を考えてる自分に笑えた。
沙羅が焼いてくれた真っ黒焦げの目玉焼きを思い出す。
今日は沙羅の手術日だった。
自分の中に迷いがあった。このまま今の気持ちのままに沙羅と一緒に過ごす事を選び、沙羅の未来までも奪ってしまっていいものなのか、どうなのか……
如月と戦い。その戦いの中で高揚する自分がいた。俺の中の闇が冷やかに笑みを零していた。
親父に育てられてからずっと闇の世界に自分を染めてきた。
その中で、危険の中に身を置く事でしか、満足できない人間が出来上がってしまたのか……
もちろん沙羅のあの温かい笑顔の中で過ごし、心穏やかに時間を過ごすことができたら、どんなに楽しいだろうと思う。
沙羅と顔を合わせるのが怖かった。沙羅への気持ちが強くなり、揺るがないものになるほど、殺し屋としての俺が顔を出して、不安を植えつけていく。
まったく……どうしようもない。
沙羅は俺と一緒にいたいと思っているだろうな……
沙羅の母親の行方を捜すことを言い訳にして、沙羅の所には顔を出していない。
あの沙羅の顔を見たら、抱きしめたくなる。だけど、その気持ちは同時に俺を苦しめる。
俺の中に残酷な自分がまだ根強く残っている事に気付いてしまったから……そんな姿を沙羅には見せたくなかった。
体は返り血で染まり、血の匂いを漂わせている自分……
何の疑問も持たず、妹の恨みを晴らすためだけに生きてきた。それがあたりまえでそこには躊躇なんて言葉は存在しなかったのに……
俺は深くため息をつきながら、立ちあがってベッドルームに行くと、ベッドの上に深々と座り、傍らにある小さな箪笥の一番上をあける。
あった……ビニール袋に入ったままの血に染まったドレスの切れ端。
全てはこれが発端だった。たぶん沙羅のあの健気な必死さがなければ、今の俺の中にある沙羅への気持ちは存在しないだろうな……
携帯の音が鳴り響いた。
俺はドレスの切れ端をジーンズのポケットにねじ込むと、台所に置いてあった携帯を取る。
「……シュリュウ……ああわかってる……こっちはこっちで色々と急がしんでな……よろしく頼む……ああ、ああかわった……じゃあ」
電話を切って、ため息を一つする。
電話はシュリュウからだった。沙羅は俺の事を一言も口にしないらしい。黙ってる事がどんなに大変な事か……普段はあんなにおしゃべりなアイツが……まったく。
口にしない事によって、俺への思いを必死に堪えているのかもしれないな……
時計を見ると午後1時少し前だった。もう少しで沙羅の手術が始まるな……
俺は俯いてうな垂れる……そして深く息を吸い深呼吸した。
気持ちを切り替える。
俺には俺の仕事がある。今やらなければいけないのは沙羅の母親を一刻も早く助け出す事だ。
俺は自分の中の沙羅への思いに蓋をする。
沙羅の母親がいる場所はの見当はついている。もしも松永邸にいるんだったら、命が危ないと思ったが、どうも違うらしい。
人の流れを見ていると、鬼柳の家にいるらしい事がわかった。
このさいだ、この世に存在してはいけないヤツ等を一掃してやる。
この隠れ家の中でも一番頑丈に出来ている鍵付きの部屋の前まで歩く。鍵穴に鍵を差し込んで、ドアをゆっくりと開けた。
甲高い軋む音が響く。
ドア横にあるスイッチで明かりを点ける。薄暗いオレンジ色の光の中に、黒光りする武器達がまるで俺の号令を待ち構えているように、綺麗に整列していた。
まるでここだけ、別世界だな……
俺はそんな事を思いながら、失笑した。
この隠れ家の中で、唯一沙羅に見せられなかった部屋だ。
アイツなら、撃ってみたいとか言いそうだな……世間知らずのお嬢様。
俺は思わず声を出して笑っていた。
心の中が温かくなるのを感じて、そんな自分に失笑する。
こんなに沙羅の事を思うだけで、心が満たされるのに……
俺は髪の毛を掻き揚げながら、その空間に身を投じ、闇に染まっていく。
血塗られた過去を消す事は出来ない。自分の過去の重さを痛切に感じていた。




