悲しい高揚感
エレベーターの扉が開く。途端に激しい罵声が聞こえてきた。まだいきり立ってるヤツがいるらしい。
俺はシュリュウの体重を支えながら、できるだけ人目を避けるようにして歩く。
高級そうな絨毯の上には、柄の悪そうなヤツ等だ一箇所に集められ、警官達に囲まれていた。
客達も一箇所に集められていた。客の中には知ってる顔もチラホラ。代議士先生に検察庁の人間まで……あの刑事は自分の首が惜しくないのかね。
俺は柱の影に隠れながら様子を見ていた。そんな俺に刑事が気付く。
「さあ、連行しろ!」
刑事は俺の方を見て鼻で笑うとそう言う。気の利いたはからいってやつか。あまり借りは作りたくないんだが……
刑事に借りなんて、後々厄介事に巻き込まれそうでなんとなく嫌な感じがした。
「さあ、客達も事情聴取が待ってる。歩いて歩いて」
刑事はそう言いながら客達を誘導しながら、できるだけ外に出そうとしている。
「べ、弁護士を呼べ!」
代議士がそう叫びながら外に出て行く。検察庁の人間も不敵な笑みを浮かべながら歩いてた。
刑事はもしかしたら首になりたいのかもしれない……なんとなくそう思う俺がいた。
フロアーの中から警官を残して人の気配が消えていく。俺達は正面玄関とは反対の方向にある裏口から出た。やけに星が綺麗に輝いていた。
シュリュウの腕を肩から外すと、携帯を取り出して電話をかけた。
「ああ、先生……お世話になっています。玲です……はいはい……もう一人怪我人をお願いできますか?……はいわかってます……よろしくお願いします」
電話を切ると車を止めているところまで、シュリュウを引きずりながら歩く。
「レイ……サラ ダイジデスカ」
シュリュウが突然そんな事を聞いてきて俺は少し戸惑った。
そんな直接的に質問されたのは初めてだった。
「ああ」
自分でも意外なほど素直にそう答える事が出来た。
「コウリャン ワタシノ ハハミタイナヒト」
シュリュウのそんな言葉に少し驚いた、用心深いシュリュウがそんな自分の気持ちを話すなんて……
沙羅の母親がシュリュウにとって母のような存在……どういう事情があるのかはわからないが、何か特別な関係がそこにはるのだろう。
「サラ チュウゴクニ ツレテク」
俺はその言葉に足を止める。それはどうゆう意味だ……沙羅を中国に連れて行くだと……
「どういう事だ」
俺の心がざわめきたつ。俺の唯一の光を俺から取り上げると言うのか。
「サラ コウリャンノ ダイジナヒト オマエトイッショ キケン」
シュリュウの言葉に、俺は息をするのも忘れるくらいに全ての動きが止まってしまった。
此処にいては危険。この言葉は嫌でも俺の心に入り込んできて、容赦なく心を突き刺した。
俺はシュリュウの言葉に返事する事無く、また歩き始めて車に向う。
シュリュウも俺の心を感じ取ったのか、それから一言も言葉を発しなかった。
俺は助手席のドアを開き、シュリュウを乗せドアを閉めた。俺は運転手席に乗り込むとため息を一つする。
沙羅が中国に……確かに死んでしまっている俺なんかと一緒にいるよりは、母親の元で一緒に暮らしたほうがいいのかもしれない。
息苦しくなるくらい、胸が痛かった。
俺は何も言わずに車を発進させる。
煌びやかなネオンの光の中を流れるように車を走らせる。沙羅にとって本当の幸せとは何だ……俺は沙羅と一緒にいたいとそう思った、俺にとってそれは唯一心穏やかなになれる場所だとそう思ったから……沙羅にとって俺と一緒にいる事はどうなんだろう……
最初からわかっていた。この俺と一緒にいても沙羅に未来ない……
俺は鼻で笑う。心の中の温度が下がって凍りつきそうだった。
「レイ……キヅイテル」
シュリュウの言葉が何を指しているかすぐにわかった。
「ああ」
俺は短く返事をしてミラーに映る一台の車を見る。つけられている。
どんなヤツが乗ってるのかはわからないが、俺達の後を追ってきてるのは確かだった。
「シュリュウ、運転できるか?」
俺の言葉にシュリュウは力強く頷く。
「この道を真っ直ぐ行けば、笹山記念病院がある。院長には言ってあるから怪我の治療をしてもらえ……そしてこれは俺からの頼みだ……」
コイツに頼むしかない事が、とても嫌だったが今頼れるのはコイツしかいない。
「眼科に沙羅が入院してる……沙羅の事を頼む」
シュリュウは俺の顔を覗き込みながら、愉快そうに笑う。ムカムカとする腹の立つ顔だった。
「ワカッタ」
シュリュウのその言葉を合図に俺はアクセルを踏み込みスピードを上げる。できるだけ後ろの車との距離をあけたかった。
こんなものかな。後ろの車とある程度距離を離した所で俺は急ブレーキを踏んで車を止め、ドアを開いて転がるように外に出ると後ろの車に向けて拳銃を構えた。
車はすぐ眼の前まで迫っていた。引き金を引く。銃声は闇を切り裂くように響き渡り、タイヤに当たった。
車の車体は傾き、バランスを崩すように俺の横を通り過ぎると、路肩へと落ちていく。
シュリュウの乗った車は、急発進しながら俺から離れるように走り去っていく。
沙羅の事を頼んだ……俺は心の中でそう呟いた。
路肩に落ちた車に俺は銃口を向けながら、警戒してゆっくりと近付いて行く。
いったい何者だ?
鬼柳の手のものか、それとも……如月か。
傾いた車体の向こう側に何かが光ったような気がした。
まずい。俺は心の中でそう叫びながら咄嗟に姿勢を低くして、近くの茂みへと走る。
銃声が響き渡る。俺の横を空気を切り裂いて銃弾が飛んで行く。
俺は茂みの中に飛ぶようにして入り込むと、車の方を見て様子を伺う。
自分の呼吸する音さえ邪魔くさかった。
いったい、どこのどいつだ……
俺はゆっくりと 車に向かって近付く。車の方からも茂みの中に入る音が聞こえた。
冬の匂いを含んだ風が吹き、お互いの気配を消すように枯れ草を揺らす。
凍りつくような緊張感が張り詰め、ちょっとでも動けば傷がつきそうなそんな雰囲気が漂っていた。
こんな緊張感に高揚する自分が存在する。
悲しいな……俺は心の中で微かにため息をついた。
玲の運転する車をつけてくる車があった。
シュリュウに運転をさせ、沙羅を託した玲は、一人でその車に立ち向かう。
つけてきた車の正体はいったい!?




