お前の事が大嫌い
ブラックオパール。表面上は高級クラブ、だがその地下は巨大なカジノになっていた。
客のほとんどがクソジジイの息のかかったVIPなやつらばかりさ。俺が知ってるだけでも数えきれないくらいの政界のヤツや、財界のヤツ等が会員になってる。
それもあって、警備も厳重で、誰かの紹介がないと中には入れない……
……だけど俺は中に入っている。これだけの厳重な警備体制でも、会員全てのプライベートまで把握するのは無理があるだろう?
とりあえず、同じくらいの年齢で何日かこの街を離れるやつを探した。すると条件にピッタリなヤツがいたわけよ。
倉敷建築会社のボンクラ御曹司。都合よくあまりこのカジノにも出入りしてる風でもなく、クソジジイとも直接接点が無い様だった。そいつから会員証を拝借したってわけ。
もしも沙羅の母親がここにいるとしたら。あの見張りが3人立ってる奥の部屋……
この上はクラブになってるんだから、もしかしたらクラブよりも上の階かもしれないな。
さあ、どうしたもんかな……そう思いながら、できるだけめだった雰囲気を発しないように周りの様子を伺っていると……カジノの入り口の方から銃声の音が聞こえてきた。その音に反応するように客達は悲鳴をあげ逃げ惑う。何人かの足音とともに現れたのは刑事達だった。
「警察だ、動くな」
刑事の血気盛んな声が聞こえてくる。
おいおい、大丈夫なのか? そんな事をして。
ここはクソジジイの経営しているカジノだぞ。会員の中には警察の上の方々の名前もあるんじゃないのか……俺はそんな余計な心配をしていた。
刑事が俺に気付いたのか、俺の方を見て少し不思議そうな顔をした。
俺だとわからないように変装しているから。気付いたというよりは疑っているといった感じか。
俺は刑事にウィンクをした。すると刑事は俺に向けて皮肉っぽい笑みを浮かべた。
入り口に立っていた見張りの3人のうち1人は奥の方へと走りながら入って行き、後の2人は刑事達に襲い掛かっていく。
他の従業員や見張りをしていたヤツもなだれ込んで来て、大乱闘が始まった。
俺にとってはいい風が流れ始めた。この騒ぎに紛れて事を運ぶ事ができる。周りに注意を払いながら奥の部屋に入ると。廊下の向こうにエレベーターがあった。
刑事さん、できるだけ時間稼ぎしてくれよ。俺はそんな事を心のなかで祈りながら前に進む。
やっぱり、この上の階が怪しいな。
俺はボタンを押し、エレベーターに乗った。
ここは地下1階。エレベーターの中には地下1階の他は2階のボタンしかなかった。
このエレベーターは地下から2階までの直通らしい。俺は2階のボタンを押す。
階を示す光が2の数字を光らせた。俺はエレベーターの横の壁に背中をくっつけて、開いた時に外から見えない死角に入る。
エレベーターの扉が開く。俺は様子を伺いながらエレベーターを降りた。2階は不思議な空間になっていた。ガランとした大きなフロアの向こう側に一つだけ扉がある。
俺はその扉に近付き耳を当てた。すると中から微かに人の話し声がする。さっき一人は奥に入っていったんだから、確実に敵は1人はいる。そしてここにも見張りを配備してるだろうから。数にしたら俺のほうが不利だな。
俺の中の闇がゾクゾクをした高揚感を感じる。俺は口元を歪め笑っていた。
このドアの向こうがどうなっているのか知りたかったが、予想もつかない。下調べするだけの時間もなかったしな。
中のヤツにドアを開けさせたい……俺はドアの外で思い切り靴を踏み鳴らした。そしてドアの蝶番側の壁に立つ。
ドアの向こうから文句の言う声が聞こえてきたかと思うと、ゆっくりと軋む音をさせてドアが開いた。
蛍光灯が今にも消えそうに点滅している中で床に薄っすらと影が映った。
俺は開いたドアの外側のノブを握り締めると。それを思い切り引っ張っる。芋ずる式に出てきた男の影を確認しながら、その男の顔を目掛けて、足を蹴り上げた。
蹴りは男の喉に命中し、反動で後ろ側に吹っ飛んだ。男の体は放り投げられるように部屋の中へとまた戻っていく。
俺は勢いよく部屋の中に入り、男の胸元から拳銃を取り上げると、眼の前の人の気配に向けて拳銃を構えた。
目の前に1人の敵。向こうの銃口も俺に向けられていた。お互いに相手の目を睨みながら、少しも動けないでいた。
緊張感が高まり、空気の温度が冷やかに感じた。
俺の中の殺し屋としての自分の姿に苦笑する。どんなに沙羅という存在が傍にいたとしても、長年やってきた殺し屋としての自分を完全に消す事は出来ない。
俺の横には鉄格子があり、一番奥に蠢く黒い影が見えたような気がした。いきなりその影が奥の方から鉄格子に向って、走るようにぶつかってくる。
鉄格子は大きな音を立て、床まで振動が伝わるほど、小刻みに震えていた。
俺の眼の前の男はその音に一瞬気を取られる。俺は容赦無く引き金を引いた。銃声がコンクリートの壁に反射して響き渡り。男は引力に凄い力で引っ張られるように俺の眼の前に倒れ込んみ動かなくなる。俺はゆっくりと立ち上がった。
俺の蹴りをくらって倒れた男の姿が目に入る。俺は男の額に向けて銃口を向ける。敵はできるだけ少ない方がいい。俺は引き金を引いた。
「……オソイ」
シュリュウの苛立ちを帯びた弱々しい声が聞こえた。
あの綺麗な顔が、アザだらけで見るも無残だった。
「コウリャンは?」
俺のその問いにシュリュウは何も言わずに立っていた。その様子からするとここにはいないって事だな。
「何処にいったのかわかるか?」
俺はそう言いながら眼の前に倒れた男のポケットから鍵を出すと、牢獄の鍵を開ける。鉄同士が擦れるような音をさせながら扉は開き、シュリュウは血だらけの体を引きずるようにして出てきた。
「ワカラナイ……マツナガノトコロカモシレナイ」
シュリュウはそう言いながら、自分の体を自分で抱きしめるようして、壁にもたれ掛っていた。
俺はそんなシュリュウの姿を上目遣いで見る。
「足手まといは御免だ、お前は病院に行け」
俺の言葉にシュリュウは目を見開き、俺を鋭い目で睨みつける。自分の立場としてのプライドがそれを許さないって感じに見えた。
俺は鼻で笑いながらシュリュウの腕を自分の肩にまわす。
「冷静になれ、こんなんじゃどう頑張ったって俺について来れないだろう」
俺はそう言いながらシュリュウに肩を貸して歩く。
シュリュウの鼻で笑う声が耳元で聞こえた。
「オマエ ダイキライ」
微かな声でそんな言葉が俺の耳に入ってくる。俺はそれを鼻で飛ばすように笑った。
「俺も、お前の事大嫌いだよ」
俺はそう言いながら鼻で笑い。シュリュウの体を半分背負うようにして歩く。
エレベータのボタンを押す。エレベーターの扉が開き俺達は中に乗る。下はどんな様子になっているのか……
刑事がうまく時間を稼いでいてくれる事を祈っていた。
エレベーターの階を示す光が下に移り、地下を指し示すように輝いた……
玲はカジノの上の階へを上がっていく。そこにはシュリュウしかいなかった。
コウリャンはどこに連れて行かれたのか……
「お前の事が大嫌いだ」ひねくれた2人の間に奇妙な連帯感が生まれつつあった。
玲はシュリュウを無事に病院に連れて行くことができるのか!?




