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愛しき殺し屋  作者: 海華
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闇の連鎖 そして因縁

俺達は壁にもたれながら夜を明かした。隣には俺の肩を枕に目を瞑る沙羅がいた。

緩やかに、そして残酷に時間は過ぎていく。

眼の前にはヤブ医者の動かなくなった体が横たわっていた。

あんたはこの仕事を何年やってきたんだ……時には人助けをして、時には逆に人殺しの手伝いをして。善悪問わずに情報を売り、金のためにありとあらゆる事をしてきた。

一度闇の中に足を踏み入れたら、そこから抜け出す事は容易じゃない。

あんたの中には闇の世界から抜け出したい気持ちがあったのか……そうなのかもしれないな。

闇の世界に身をおいている者の……最後か……

俺の心の中に仄かに光っている柔らかい光が、今にも消えそうに揺れていた。


診療所のガラス戸を開ける音がする。木の床を軋む音とさせながら刑事が入ってきた。

ヤブ医者の死体を眼の前にして、刑事はため息をする。

「もう少ししたら病院から迎えが来る」

刑事はそういいながらその場にしゃがみこむと、静かに手を合わせていた。

「しかし、コイツが一番最初に逝くとはね。意外だったな」

刑事はそういいながら沙羅を寝姿を見て、優しい雰囲気を漂わせながら鼻で笑った。

そうだな……俺もそう思った。

一番何のプライドも無く、誰彼構わずへつらい、金さえくれればどんな仕事も請け負う。そんなヤツだと思っていた……

一つ、こだわりがあるとすれば胡蝶の存在だろうか……

「お嬢さんを逃がそうとして殺されたんだって?」

「ああ」

「お前に対しての借りはそれでチャラって所か」

刑事の言葉に俺は苦笑した。確かに胡蝶をあの時に助けたのは俺だが……

胸が締め付けられるような気がして痛かった。

「お前達はこれからどうするんだ?」

刑事はそう言いながら立ち上がると、煙草に火をつけふかす。

その時、俺の肩の上に乗っていた沙羅の頭が動く、目を擦りながら目を開けた。

沙羅の手が俺の左手を捜していた。俺は沙羅の手を優しく握る。すると優しく清々しい笑顔を浮かべた。

「沙羅を病院に連れて行く」

「そうか……俺の車を使うといい」

刑事はそう言うと。鍵を俺の足元に置いた。

「刑事さん?」

沙羅は声で刑事と判断したらしく。身を乗り出してそう聞いた。

「お嬢さん、大変だったな」

刑事の言葉に沙羅は首を横に振る。

「……私なんか……私のせいでヤブ医者さんが……」

沙羅の声が震えていた。沙羅はヤブ医者が死んだのは自分のせいだと思っている。

「それは違う。お嬢さんのために死んだんじゃない。コイツは自分のやった事におとしまえをつけたんだ。コイツには選択肢があった。お嬢さんを選ぶか、如月を選ぶか。だがヤブ医者はお嬢さんを選んだ……自分で選んでその道を進んだだけだ」

刑事は沙羅の肩を軽く叩きながらそう言い、俺の方を向いて俺を見つめる。その瞳が何を言いたいのか、なんとなくだがわかったような気がして、俺は静かに目を伏せた。

「コイツはある女性の死ぬ切っ掛けを作った。金のために鬼柳に手を貸してな……それが胡蝶の腹違いの妹だ……知らなかったとは言え、自分の愛した女の妹をシャブ漬けにするなんてな……お嬢さんを助ける事が唯一、コイツの心を救う手立てだったんだろう」

刑事のその言葉を聞いて、沙羅の表情が強張る。そして俺の顔をゆっくりと見て、瞳に涙をいっぱい溜めいてた。

闇の連鎖、そして因縁……その呪縛に一度紛れ込んだらなかなか抜け出せない。ヤブ医者もその呪縛から抜け出せなかった一人だ。

沙羅は悔しさと悲しみが混じったような表情を浮かべて唇を噛み締めていた。

「沙羅……病院に行こう」

俺はそう言うと沙羅の腕を掴んで立たせる。沙羅は引っ張られるようにしてその場に立ち上がる。その反動で瞳に溜まっていた涙がこぼれおちた。

「お嬢さんの方が落ち着いたら、胡蝶の所に行くといい」

刑事のその言葉にどんな意味があるのか、すぐにわかった。

沙羅の母親の事で何かをつかんだんだな……意外に早かったな。さすが胡蝶が仕込んだ事はある。

「わかった」

俺はそう一言言い残すと、沙羅の手を引いて診療所を後にする。


外に出ると、空は灰色に覆われ、凍てつくような冷たい風が吹いていた。

刑事のポンコツ車が外に止めてあった。俺は沙羅を助手席に乗せ、自分は運転手席に乗り、エンジンをかけた。

沙羅は隣で深いため息をついている。沙羅の心に深い傷を残してしまった。

自分のために一つの命がなくなってしまう事は苦しくて辛い、だが生きている人間はそれでも生きいかなければならない。

「私は生きてる……この命は沢山の悲しみや苦しみや、そして他人の命の上に成り立ってる……重いよ……」

いつになく弱々しい沙羅が顔を出す。正義感が強すぎるってのも酷だな。

その正義感が時として自分を痛めつける。

俺は沙羅の手を握り締めた。

「誰のためでもない……自分のために生きろ。これは俺のわがままだが……俺のためにも生きていてくれ」

沙羅は俺の方をゆっくりと向く。そして弱々しい笑顔を浮かべた。頬は涙で濡れていた。

「玲……玲は消えないでね」

沙羅の手が震えていた……だがその言葉に頷けない俺がいる。心が痛かった。

闇に染まった者の最後……

いつも崖っぷちを歩いている。いつ落ちるかわからない。

沙羅……ごめんな。約束ができない俺を許してくれ。

俺は心の中でそう呟きながら、沙羅の額に口づけをする……

揺るがない気持ち。だが、俺を取り巻く闇と心の中に根強く残り続ける闇は、素直なその気持ちを許してはくれないのかもしれない……そう思った。


俺が沙羅から離れると沙羅は力なく目を伏せて前を向いた。

ハンドルを握り俺は車を発進させる。

沙羅は一言も発せずにただひたすら前を見ていた。

不安を抱かせてしまったのだろうか。俺が嘘でも頷く事ができれば、そんな顔をさせなくて済んだのか……

景色は後ろへと流れていく。灰色の絵の具で塗られた空の下では景色は色あせ、白黒のように見えた。

雪が降りそうだな……

まだ冬が始まりもしないのに、春を待ち遠しいと思う俺がいた。


沙羅を病院に連れて行き。目の状態を知る。

玲は沙羅を病院に残して、胡蝶の所に向かった。

はたして沙羅の母は無事なのか?

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