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愛しき殺し屋  作者: 海華
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ひねくれた心の裏の優しさ

遠くの方で大きな爆発音が聞こえた。ここの診療所まで振動が伝わってくるような音だった。玲は大丈夫なのかしら……きっと大丈夫よ。そうよそう思ってなきゃ……玲を信じてあげなきゃ……

私は自分に無理矢理そう言い聞かせた。

微かに外の草を揺らす音が聞こえる。

玲?……ううん、何かが違う。風かな……

「大丈夫か?……玲が如月のひきつけてる間にここから逃げた方がいい」

ヤブ医者がそう言って、私の腕を掴む。

今の気配、ヤブ医者のものとは違うような気がしたんだけど……

私は首を振った。やだ……玲とまた離れるなんて。また離れたらもう会えなくなるような気がする。

「ここで玲を待ってる。」

私はそういいながらベッドの下で壁に身を寄せて、体に力を入れた。

ヤブ医者のため息が聞こえてくる。

「あんたに何かあったら、小百合に申し訳が立たないだろう? だから俺の言う事を聞いてくれ」

ヤブ医者は私の腕を掴みながらそう言う。

「ふ〜ん、そんな所に隠れていたのか?」

聞いた事のある声、さっき玲を追いかけていった人間の声と同じだった。

一瞬、私の腕を握っていたヤブ医者の手の動きが止まり、空気が張り詰めるのを感じる。

「先生……あいにくだったな。俺が探してたのは玲じゃなくて、こっちのお嬢さんの方さ」

その言葉にヤブ医者は私から手を離して、ベッドの下から出て立ち上がる。

空気が凍りくつように冷たく感じた。

「如月……賞金のためか?」

ヤブ医者の言葉に鼻で笑う声が聞こえた。

「……違うよ。松永のジジイに正当な仕事として依頼を受けたんだ。玲の命とお嬢さんの身の確保。命は別にどうでもいいらしいが、生きた状態の方が報酬が多いんでな」

如月の冷やかな声が聞こえた。今の現状を楽しんでいるかのようにも感じた。

次の瞬間、気配が動いてベッドの下に如月が入ってきて、私の腕を力一杯掴むと引きずるようにベッドの下から私の体を出す。

声を出す暇もなかった。

「つ〜かまえた」

如月の淡々とした狂気に満ちた声が耳元で響く。

「玲も終わりだな……女に惚れるなんて、身を滅ぼす事につながる」

「さあ、それはどうかな」

如月の言葉にヤブ医者が、愉快そうに鼻で笑いながらそう言った。

一瞬、如月の私の腕を掴みあげている手が緊張する。

「俺をこんな事に巻き込みやがって……まったく」

ヤブ医者の言葉が聞こえてきた。その言葉に如月が私の腕を掴む力を強くしながら鼻で笑う。

動きのあった空気が、ぴったりと動きを止めて静かだった。

「へえ。先生も意外に人に影響されるんだな。それだけこのお嬢さんが魅力的って事か? 撃てるものなら撃ってみろ……このお嬢さんに当たらない自信があるならな」

如月のその言葉に、ヤブ医者が銃をこっちに向けている事にやっと気付いた。

「なあ如月、松永恭介からもらう報酬の倍を払うから、その娘を放せ」

ヤブ医者は静かだが威圧的な口調でそう言った。

「やだね、この女は俺のものだ……それに玲がどんな反応をするのか面白いじゃないか」

如月はそう言うと嫌な笑い声をたてながら、私の首筋に噛み付いてくる。

な、な、何? 私は全身に寒気が走り、鳥肌が立つのを感じる。

痛かった。それと同時に吐き気がするほど気持ち悪かった。

「お前……」

ヤブ医者の怒りを押し殺したような声が響き渡った。

私の頭の後ろで如月の、愉快そうに笑う声が聞こえてくる。

「撃たないのか? 撃たないなら、俺が撃つ!」

如月が叫ぶと同時に、私を床に放り投げるように落とす。私の体はその反動で床に転がった。

次の瞬間銃声が響き渡る。私のぼやけた世界では何が起こっているのかが、把握し切れなった。

床に誰かが倒れる音が聞こえた。私はその方向を見る。白い色がぼやけて見えていた。

白衣……よね。撃たれて倒れたのはヤブ医者の方だった。

私は必死に壁を伝って立ち上がると、廊下に出て玄関へと向う。とにかく逃げなきゃ。そう思った。だけどこの見えずらい目では逃げるスピードが遅くなってしまう。

私は何かに腕を掴まれて、床に倒される。上を見ると誰かが私の顔を覗き込んでいる。白衣じゃない……如月だ。

「逃がさない」

如月のいやらしい冷たい声が降ってくる。

「させるか!」

ヤブ医者の叫ぶ声がして、走る音が聞こえたかと思うと、如月の体が私の向こう側へと吹っ飛ぶ。私は何が何だかわからないまま、咄嗟に立ち上がり、玄関へと歩き出す。

私の背後で、ヤブ医者と如月はもみ合ってる音が聞こえた。

私を逃がすためにヤブ医者が如月を食い止めてくれたんだ。

足が自然と止まる。私だけ逃げる事への罪悪感が私の足を止めさせた。

「走れ! 逃げろ!」

ヤブ医者の必死な声が響きわたった。私はヤブ医者への罪悪感を振り払いながら前へ進んだ。

「そんなに死にたいのかよ!」

如月の叫び声とともに、銃声が響き渡った。

私は玄関から出て、とにかく草むらの中に走りこんで、体を小さくして息を潜めた。

銃声の音が気になっていた。ヤブ医者は大丈夫かしら。心配だった。私のために体を張って逃がしてくれようとした。

どうしよう……私のために何かあったらどうしよう……

鼓動が心臓を破くんじゃないかと思うくらいに激しく動いていた。

微かに診療所の玄関のガラス戸が開く音が聞こえてくる。たぶん如月の方よね。私は自分の口に手をあてできる限り自分の気配を消す。

冷たい風が枯れた草を揺らしながら通り過ぎていく。

診療所の周りを草を掻き分けながら動き回る気配を感じた。たぶん私の姿を探してるんだわ。このままじゃ見つかってしまう。だけど下手に動けば、それも危険だ……

ふと手元に硬い何かが当たる。拳大ほどの石だった。前に玲が私の前でやって見せた事を思い出す。

私はその石を握り締める。そして私とは反対側に思い切り投げた。石は地面に鈍い音をさせながら落ちた。その音に反応するように草を掻き分ける気配は私とは反対の方向へと移動していく。

うまく行った……私は少しだけ安心した。ただ危険がすぐそこにある事にはかわりはない。私はゆっくりとできるだけ音を立てずに移動していく。少しでも如月から離れなくては、そう思った。

目さえちゃんと見えれば、動くのにも楽なのに、今頼りになるのは耳と鼻と触感だけ。頼りないったらありゃしない。

私はそんな事を思いながら後ずさる。私とは反対側に動いた気配が消えてしまっていた。心臓が激しく鼓動して、耳の血管が波打つのがわかる。

耳からは自分の心臓の音しか聞こえなかった。

え? 一瞬息をするのも忘れてしまうくらいの恐怖に襲われた。

私の背後から手が伸びてきて、口を押さえられて羽交い絞めにされる。

助けて……心が叫んだ。身動きが取れない。

玲……助けて……心は姿なき影に助けを求めていた。



 

金のためならなんでもする如月は、玲に対しての憎しみだけは揺るがなかった。

人に干渉しないと言っていたヤブ医者が、身を挺して沙羅を助けた。


沙羅は後ろから襲われた。どうなってしまうのか!

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