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愛しき殺し屋  作者: 海華
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嵐の足音が近付いてくる

俺のすぐ横で沙羅の寝息が聞こえていた。

ゆっくりと優しくリズムを刻みながら俺の腕を枕に寝ている。こんな安らいだ空気の中に自分の身を置けるとは思っても見なかった。

俺は苦笑する。もう二度と気持ちが揺れたりはしない。自分の気持ちに嘘をつくこともしない。

この俺に安らぎを与えてくれた唯一の存在。沙羅……どんな事があろうと、どんな目に遭おうと、お前を必ず守り抜いてやる。

沙羅の寝顔を見つめる。俺の胸に顔を埋めるようにして寝ていた……

今日は月が綺麗に出ている。窓から月の光が差し込み俺達を照らしていた。

万が一、お互いに離れるような事があったとしても、いつも心はお前の傍にある。俺はいつもお前の傍にいる。

こんなキザなセリフ、とても面と向っては言えないな。そんな事を思いながら俺は鼻で笑った。


しかし沙羅の母親の救出をどうするか。急がなければ命が危ない。今の所はビジネスがらみの人質のような感じだろうが、いつ沙羅との関係がばれるかわからない。

俺は包帯の巻かれた腕を見つめる。この腕じゃあな……助けに行ったところで助け出す前にやられる確率が高い。そんな事……沙羅が泣くような事はしたくない。

今は焦らない方がいい……だろうな……


空気が動く……ヤブ医者とは違う気配だ……俺は一瞬にして神経を尖らせる。

外に一人……歓迎したくない気配を感じる。

俺は沙羅の肩を優しく揺らして起こす。沙羅は眠たそうな顔をしながら、目を擦りながら俺の方を見た。

「な……に?」

「しっ」

俺は沙羅の口を優しく塞いで、耳に口を近づけて空気を微かに揺らすような声で話す。

「いいか、静かに起き上がれ、俺のいうとおりにするんだ」

俺は沙羅を起き上がらせると、わざとらしく布団をめくった状態にして、沙羅をベッドの下の壁側にくっつけるように座らせると、俺の黒のジャケットを着せる。

「いいか、ここでじっとしてろ。俺かヤブ医者が来るまで絶対に動くなよ」

俺は沙羅の耳元でそう言うと、沙羅は心配そうな表情を浮かべて、戸惑いながらも頷いた。

ベッドの下から出る……俺は耳を澄ませた。

診療所の玄関……待合室の窓……窓が開けられる……来るな。

そう直感する。真正面から入って来れないヤツだ……ろくな相手じゃない。

一番奥の部屋のドアが軋みながら開く。

おやおやヤブ医者も気配に気付いたらしい。さあ招かざる気配はどうするのか……

廊下の電気がつけられる。ヤブ医者は俺達の部屋を通り過ぎて玄関へと向かう。

「誰だ? 用事があるなら玄関から入ってこい」

ヤブ医者の動揺の欠片もない声が響いてくる。ヤブ医者の本領発揮だな。

ヤブ医者は金さえくれれば、どんなヤツの仕事でも請け負う。もちろんそれが鬼柳であろうが、如月であろうがな。

客人の方もそれを十分に知っているだろうから、ヤブ医者には手を出さないだろう。

「久しぶりだな」

玄関の方から聞きたくもない声が聞こえてきた。

「何の用だ?」

「人を探していてな、手負いだからたぶん此処にいるとふんだんだが」

「探してる相手は玲か? 玲なら此処へは来たが、もう姿を消したぞ」

ヤブ医者の言葉にちょっと驚いた。胡蝶のお気に入りの沙羅を庇うのはわかるが、俺を庇うなんてな……報酬をいつもの3倍払うとは言ったが、それだけでこの殺し屋である俺を庇うってのか? アイツの今までの言動を考えると信じられないな。

ヤブ医者の話にも耳を貸さない様子で、招かざる客は廊下を歩いてくる。

俺はため息をつく。アイツの性格だ、この診療所の中を虱潰しに探さないと気が済まないだろうな。

足音が近付いて来る。ドアの前で足を止める。ドアに手がかかる気配だ……俺はベッドの上にある窓から外に飛び降りる。そして外から部屋の気配を伺った。

ドアが軋ませた音を響かせて開く。

沙羅……お願いだから音を立てずに静かにしていろよ。

「だからもういないと言っただろう」

ヤブ医者の声が聞こえた。足音が部屋の中を歩きベッドの前で止まっているようだった。

うまくひっかっかてくれるといいんだが……俺は心の中でそう願う。

「まだ温かいな」

そんな微かな声が聞こえて、足音が窓に近付いてくる……うまくいったか……

俺は微かに音を立てながら窓の下から動く。この音に気付けばかならずひっかかるはずだ。

窓の向こうに影が見え、その影が窓から飛び降りて立ち上がった。月明かりに現れたのは如月だった。

面倒くせえな……せっかく沙羅と一緒にいれたのに。俺は小さく舌打ちをして音をわざと立てながら逃げる。

如月もその音に反応するように、俺の後を追って来た。

背後から枯れ草を掻き分け踏む音が後をついてくる。

とりあえずは沙羅から如月を遠ざける事ができる。そろそろ決着をつけなくちゃいけないな。

俺はそう思いながら全速力で車まで走る。後ろからは一定の距離を保ちながら確実に追ってくる音が聞こえた。

ご苦労なこった……俺は皮肉っぽい笑顔を浮かべた。

車が見えた。俺は車のドアに鍵を刺し込む。一瞬何だろう……何かがいつもと違う。そんな気がした。俺は鍵を回す。微かな違和感を感じて、瞬時に飛ぶように走り車から離れた。

次の瞬間、車は爆音とともに炎に包まれ、黒い煙を上げて炎上する。

凄まじい音が夜の闇に響き渡り、空気を伝って周りの建物を震わせた。

俺は地面に飛ぶように転がり炎を避ける……罠だったか……

炎に包まれた車を見ながら立ち上がる。後ろからついてきていた音と気配が爆音で完全に消されてしまっていた。

俺は咄嗟に近くにあったビルの入り口に入り身を隠す。そして辺りに注意を払い隠れられそうな場所を丁寧に見ていく。

どこにいる……まさか……嫌な予感が頭の中に過ぎる。

俺を追って来たのは、カムフラージュなのか……

沙羅……沙羅が危ない。俺は激しい鼓動に急かされる様にヤブ医者の診療所へと走る。

考えが甘かったか。如月の目的は俺じゃなく沙羅の方だったのかもしれない。

1千万の賞金。金のためならなんでもやる男だ。あの雷の日も今思えば目的は沙羅だったのかもしれない。

無事で居てくれ……沙羅……

心の中の嫌な予感を振り払いように俺は強くそう願った。


玲と沙羅の穏やかな時間を邪魔するように、如月が現れる。

玲の車に罠がしかけられていた。

如月の狙いは沙羅だったのか?


沙羅に危険が迫る。どうなるのか!?

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