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愛しき殺し屋  作者: 海華
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白い幕が下ろされた闇

床を這いながらドアへと向っていた。体がまだ自由にならないから、思うように前に進めずにいた。

この部屋の雰囲気に私は覚えがあった。

松永恭次郎の別荘……私が連れてこられそうになっていた別荘。その別荘にあんな牢獄があったなんて、きっと出入り口がわからないように別々になってるんだわ……

体さえ自由になれば、ここから逃げ出すのに。この体じゃどうにもならない。

私は祥に対しても、自分の今の状況に対しても腹が立って立って仕方がなかった。

微かに誰かが階段を駆け上がってくる音がする。祥かもしれない……

そうは思ったけれど、今の私の体力ではすぐにベッドに戻る事も、立ち上がって繕う事も出来なかった。悔しいけれどなるようにしかならない。

私は覚悟を決めて、ドアが開くのを身構えて待っていた。

眼の前のドアの前まで走ってくる音がして、いきなりドアが開いた。

ぼやけた世界では、入ってきたのが誰かわからない。仄かに血の匂いを感じる。

「逃げようとしたのか?」

覚悟はしていたけれど、祥の怒りを帯びた声が聞こえてきた。何かされる。咄嗟にそう思った。

祥は私の横まで歩いてくるとしゃがみこんだ。嫌な予感が心を過ぎる。

「まったく、お前等は俺を怒らせるのが得意だな」

お前等? その言葉に一瞬疑問を感じたけど、それを問う暇は無かった。

祥は私の髪の毛を鷲掴みして持ち上げた。私はそれに引っ張られるように体を起こす、だけど体が重くてすぐに立ち上がることが出来ない。それにもかかわらず祥は容赦なく髪の毛を引っ張り上げる。

こめかみが引っ張り上げられ、今にも髪の毛が抜けそうだった。

祥の凄まじい怒りを感じる。

私の視界の中に祥の顔がぼやけて見えていた。その時、祥の平手が私の頬に飛んできて、弾かれるように私は床に倒れ込んだ。

口の中が切れる程の強い力だった……

「ったく!どいつもこいつも……さあ来い!急ぐんだ!」

祥は怒りをぶつけるように私の腕を掴み上げ、私の体を肩に担ぐようにして持ち上げ廊下に出る。

どこかに連れて行かれる。松永恭次郎……その名前が頭を過ぎる。

クソッ! 嫌だ……あのジジイの所に行くのは絶対に嫌だ!

私は力の限り、暴れまくった。祥は私の力を抑えきれずに肩から私の体を床に落とした。

床に落とされた時お腹を打ち、一瞬気持ち悪さを感じる

私の耳に男の声と女の声が混じって飛び込んでくる。一階のフロアが騒がしかった。

「沙羅!」

それは母の声だった。

お母さん……心の中で呟いた。私には母がどこに立っているのはわからなかった。

「沙羅!……沙羅!」

母が私の名前を叫ぶ。その言葉には心配が含まれいているのがわかる。

もちろん祥を含めた周りにいるヤツら全員にそれは伝わっただろう……それは私と母にとってとてもまずい展開だ。

「あのチャン・コウリャンがお前を見てどう反応するか見たくてな……俺の家から連れて来たのさ……思ったとおりだったな。ただの通りすがりだと? 見え透いた嘘をつきやがって」

祥はそう言うと、私の腕を掴み上げて無理矢理立たせると、私を抱えるように歩いて階段を下りる。

母は私の方を見ているようだった……視界がぼやけている事がこんなに不便だなんて……

見える事がどんなに凄い事なのか、あらためて思い知らされる。

「お前等はどんな関係なんだ?」

祥の冷たく淡々とした声が響き渡る。私は母から顔を背ける。

今すぐにでも母の胸に飛び込みたい心境だったけど、ここでそんな事をしては私と母の関係をばらすようなものだ。

母は私のそんな様子を見て、状況を察知したのか、祥を見て睨んでいるようだった。

空気を伝ってなんとなくそんな雰囲気を感じる。

「まあいい……とりあえず総帥に手土産はできた……そろそろ行こうか」

母は男二人に押さえつけられているようだった。私は祥に腕をねじり上げられ、身をよじっても解く事ができなかった。私達が玄関に向かい足を進めた時……

外から何かの音が近付いてくる……何かのエンジン音……

目がよく見えなくなって、なんとなく耳と鼻が利くようになったような気がする。

エンジン音が徐々に近付いてきて、すぐそこまで迫っていた。

家の前で止まると思ったエンジン音が、止まらない!?

「若、大変です! アイツ等が!」

男の一人が血相を掻いて別荘の中に飛び込んできた。それにほんの一瞬遅れて、扉に何か重い衝撃が勢いよくぶつかった。次の瞬間、扉は弾け飛ぶように壊れてバイクが一階のフロアーに飛び込んできた!

祥の手に力が入り、私の腕をより一層強くねじり上げる。肩の骨が外れそうな感覚を覚え、私は顔を歪めた。

「ちょうどいいじゃねえか、いっぺんに二人とも見つかった」

聞き間違いじゃなければ、玲の声だ……

眼の前のバイクから二人の人が下りるのが見える。一人は髪の毛が無い。もう一人は……もう一人の方はなんとなく玲に似ていた。

「それ以上、近付くんじゃねえ!」

私の耳元で祥の声が響いた。その声は苛立ちと少し怯えを感じるような声だった。

「……沙羅」

玲の声が私の名前を呼ぶ……助けに来てくれたんだ……

玲……玲……顔が見えないよ……心がねじられる様に締め付けられ痛かった。

私のこめかみに硬くて冷たい何かが当たる……それが何なのかすぐに分かった。

銃口が私に向けられている。

「コイツの命が惜しければ、持ってる武器を全部、足元に置けよ」

祥の声に玲は持っている武器を全て足元に置いている様だった……

ううん、何か考えがあるはず、玲の事だもの簡単にはやられないわよ。私はそんな願いにも似た気持ちで玲を信用していた。

「そっちのチャイナもだ! 早くしろ!」

祥の言葉に、髪の毛が長い人が中国人だと知る。

その中国人は祥にそう言われたけど、微動だにせずに立っている。

「コイツの命がどうなってもいいのか?」

祥は強い口調でそう言いながら、私のこめかみに銃口を強く押し当ててくる。

「シュリュウ!」

母の凛とした声が響き渡る。チャン・コウリャンとしての言葉だった。

その中国人は母にそう言われて初めて動く。体の中に仕込んでいた武器を出して床に置く。

祥の鼻で笑う声が聞こえてきた。その時、私は思った。今だ!って

体は相変わらず重かったけれど、これくらいなら瞬時にできる。

私は自分の後頭部を祥の顔に勢いよくぶつけた。こめかみに当てられていた銃口が私から離れ、ねじり上げられていた腕が開放される。

ただ、今の私にはそれが精一杯で、そこから走って逃げる事は不可能だった。

私は床に座り込むように崩れる、玲がそこへ走りこんできて、怯んだ祥に体当たりをした!

眼の前のぼやけた視界の中で、あの中国人が男達を相手に大立ち回りをしていた。

沢山の男達の声が飛び交っている。

お母さんは何処? 玲は?

私は見えない視界の中にいる玲を必死に探す。玲と祥は私の後ろ側でもみ合っていた。

たぶん祥の手にはまだ銃が握られている。

私は一生懸命目を擦ってみる。だけどやっぱり見えなかった……

見えない……見えない……見えない……玲の顔が見えない……

一番この世で見ていたい玲の顔、世の中の綺麗なもの、あの影絵のような風景、野原に咲く花、夜空に輝く星、虹色の光を放つ月……

全てが見えなくなってしまう。

私の心を恐怖に近い悲しみが襲っていた。

頬を伝って涙が流れる。目が見えなくても涙は変わらず溢れてきていた。





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